Lost phase-11

『鬼道、私の話を聞いていたか?』

「はい。その上での判断です」

 正義は冷静に答える。

 彼の言葉に、室内のほぼ全員の表情が変わる。

 ある者は安堵の顔を。

 ある者は視線を逸らしながらも安心する。

 ノアだけは、何か考えているような表情だったのだが。

『わかっているな? その言葉、後悔するかもしれないぞ?』

「承知の上です。では」

 そう言って、正義は一方的に通話を切った。

「……やはり、わからない」

 ノアが問う。

「データでは、あなたは効率を重要視する人物のはずだ。だが、今のあなたはそれから大きくかけ離れている。データに間違いがあったのか、それとも別の要因なのか、わからない。いったい、あなたは何なんだ」

 そう、全く理解できないが故の問いだった。

 既存のデータと異なる彼のこれまでの行動は、ノアには異様な何かに見えたのだ。

 それは、普通の人間から見れば恐怖を感じただろう。

 知ってるはずの人間が、外見は同じでも中身が違う。

 そんな異様で奇妙な姿は、見た者に得体のしれない恐怖を与えたかもしれない。

「……そうだな、昔の俺なら、風間を見殺しにしていただろうな」

 正義は語り出す。

「昔、『闇』としても副業の殺し屋としても、僕は効率や殺傷能力を重要視していた。確実に仕留めるために手段を択ばず、時によっては女子供を人質にしていたこともあった。

 でも、今はダメなんだ。今の僕にはそれはできない。愛する妻と彼女との子ども、佐久弥が生まれてからは、非道な手段はとれなくなった。仮に、昔の自分に戻ることがあるとしたら、佐久弥達がいない世界に行ってしまったときだろうさ」

 まあ、そんなことはないだろうけどね、と、独白を締めくくった。

「……」

 理解できなかった。

 鬼道正義の言っていることが、ノアには理解できなかった。

 彼の言ったものを形容する言葉を、彼は知らない。

 それは、人だけが持つ感情。

 機械であるノアが、持ったことのない感情。

「……これが、愛、か」

「ん? 何か言ったか?」

「……いえ、何も」

 消えるようにつぶやいたノアに聞き返す正義。

「ああ、もう! 今はそんなことはどうでもいいでしょ!?」

 ヒステリックに割り込んできたのは、先程まで顔を青くしていた瀬見だった。

「今しなきゃいけないのは、あの風間とかいう緑色を救出することでしょ!? どうでもいい話してる場合!?」

「……人の大事な心の内を、どうでもいい、ね。でも、確かにその通りだ」

 そう言って気を取り直す正義。

「これより、風間奪還作戦を開始する」

 瞬間、全員の気が引き締まる。

「まずは、連中の逃走先を探す。簡単には見つからないだろうが、問題ない。当てならあるさ」

「当て? 何か、いいルートでも知ってるのか?」

 木登が尋ねる。

「ああ。それも、公安の連中よりも信頼できるルートさ」

「?」

「それも、すぐ近くにね」

 そう言うと、正義は視線を、ある人物に向ける。

「……え、私?」

 彼の視線の先にいたのは、いきなり視線を向けられて驚く瀬見だった。

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