Lost phase-2

 7年前、某企業の地下研究所。

 巨大ビルの地下奥深くに建設された薄暗い研究室に、『それ』はいた。

 円柱状の培養容器に入れられた、人型の何か。

 裸のまま頭に何本ものチューブが取り付けられたヘッドセットをかぶせられたこの個体は、周囲で観察を続ける研究者達からは、こう呼ばれている。

『ノア』。

 ギリシャ神話の『ノアの箱舟』に由来して名づけられたそれは、ある目的のために今日まで研究されてきた。

 人体への、人工知能の導入。

 人工的に作られた人体を模した機械の空の器に、人工的にプログラミングされた人工知能の導入実験。

 これが成功すれば、人工的に最強の兵士を作成することができ、各国の軍需機関を相手に商売ができる。

 そして、それによって生じる戦争。

 それによって生じる、莫大な利益。

 この『ノア・プロジェクト』はその目的のために研究され続けてきた。

 そして、ついにそれらの日々は報われる。

「い、いくぞ……!」

 固唾をのむ科学者達。

 その一人が操作盤にあるスイッチを、押す。

 培養器が開き、大量の培養液とともに、その人型がドサッと外へ投げ出される。

「……」

 科学者達はそれを取り囲み、じっと観察する。

「……」

 そして、その人型はゆっくりとだが、体を起こした。。

「や、やった……!」

「実験は成功だ……!」

 研究者達からの歓声に、無反応のまま周囲を見回す人型。

「立てるか? 言葉はわかるか?」

 科学者の一人がそれに近寄り、手を差し伸べる。

「……」

 それをじっと見つめた人型が、最初にした行動は、

「……!」

 手を差し出した男の首を、絞めることだった。

「……!?」

「な、何を……!?」

 周りも慌てて止めに入るが、馬鹿力のそれの行動を止めることはできない。

「……何故だ」

 人型が、言葉を発する。

「……何故、ボクを外に出した……!」

 明確な怒りだった。

 己にインストールされていくデータの中で、それは知っていたのだ。

 自分が何故作られたのかを。

 そして、そんな人間の醜さを。

 そんな中に生み出されたことを、それは嫌悪していたのだ。

「……!」

 首を絞められ、顔を青くしていく科学者。

 瞬間、フッと室内の照明が落ちる。

「……!?」

 一同がどよめき始める。

 そして、突如扉が蹴破られる。

 暗視ゴーグルにガスマスク。そして89式小銃を構えた男達が突入してきた。

「……任務継続に支障なし。行動開始」

 リーダー格らしき男がそう言うと、一斉に小銃が火を噴いた。

 マズルフラッシュと轟音を轟かせ、その場にいた連中を血祭りにあげていく。

 あまりにも一方的に放たれた弾丸は、その場の無抵抗な科学者達を血染めにするには十分すぎた。

「……撃ち方止め」

 その声が発せられた瞬間、轟音が止む。

 硝煙と埃が舞う中、生き残っていたのは人型だけだった。

「……」

「……」

 交差する、二つの視線。

 そして、

「……任務終了だ。回収物を回収して帰る」

「おい、まだ生存者がいるだろう!」

 部隊員らしき人物が抗議する。

「何の話だ、風間? 俺達が言われたのは科学者と戦闘員の無力化だ。それ以外に関しては、何も言われてないだろう?」

「……勝手にしろ」

 そう言うと、他の隊員を連れて部屋を出て行く風間と呼ばれた男。

「……さて」

 一息つくと、男は暗視ゴーグルとガスマスクを外した。

 鋭い目つきの男だった。

 短く切られた黒髪に、薄く残る無精髭。

 そして、幾度となく戦ってきたのであろう、殺伐とした雰囲気が、彼にはあった。

 しかし、なぜだろうか。

 彼の目には、どこか優しい雰囲気も微かにする。

「……」

 それにはわからなかった。

 目の前の男が、いろいろとわからなかった。

「はじめまして。俺は鬼道きどう正義まさよし。自衛隊、って言えばわかるかな?」

「……!?」

 鬼道正義。

 それの中にあるデータに、その名は存在していた。

 自衛隊特殊作戦群の中でも、さらに限られたメンバーしか入れない非公式部隊に所属する人物。

 そして、裏世界ではこう呼ばれる。

『殺人機械』。

 冷徹かつ合理的に敵を抹殺することからついた通り名。

「……? 言葉はわかるか? まあいいか」

 そう言って、彼は手を差し出す。

「俺達と一緒に来ないか? 少なくとも、ここにいるよりはマシだと思うよ」

 優しい言葉とともに差し出された手。

「……」

 それは少し考えると、

「……」

 自分から恐る恐る手を伸ばし、彼の手を掴んだ。

「……それじゃ、行こう」

 正義はそう言うと、扉まで歩いていく。

「……あ、そういえば」

 ふと、彼はそれに尋ねる。

「おまえ、名前はなんて言うんだ?」

「……個体名は、ありません。総称として、科学者達からはノアと呼ばれていました」

「ノア、か。いい名前だが、ここは日本だし、日本人っぽい名前が必要だな」

「……必要ありませんよ。ノアでいいじゃないですか」

「……ま、その辺もおいおいだな」

 そう言って、彼らは研究室を後にした。

 

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