4th phase-6
少女が去った後の室内。
外の雨の音だけが木霊するこの空間にいるのは、二人の男。
一方は、全身黒衣を纏う空手家、風間重一郎。
対するは、中国で名を馳せる中国武術の暗殺者、劉 秦戒。
「……」
「……」
二人の男は今相対し、構える。
風間重一郎は空手の手刀構え。
劉も手刀を構える。
構えると同時に脚を持ち上げ、一気に落とす。
ドンっという音が、室内に響く。
劉の足元が陥没するほどの衝撃が、彼の脚力と実力を示しているかのようだった。
八極拳特有の、震脚だ。
これだけで八極拳士の殺気は、即座に満ちる。
「……」
「……」
空気が歪む。
見た者がそう錯覚するほどに、周囲に殺気が充満する。
緊張が双方に走る。
彼らの距離は、1~2 m程。
何かの拍子があれば、いつでも仕掛ける間合いだ。
一瞬の静寂。
そして、不意に天井から瓦礫が落ちた。
「……!」
「……!」
先に動いたのは、劉だった。
軽身功で身を軽くした彼は、瞬時に風間の懐に入ると、内門頂肘を放つ。
下から抉るような肘打ちが、風間に迫る。
「……っ!」
風間はそれを劉の背後に回ることで回避する。
しかし、
「読み通り、だ!」
「……っ!?」
劉の背中が勢いよく迫り、風間を衝撃が襲う。
長年練られた氣と剄は、劉の震脚により、さらに威力を増す。
曰く、鉄山靠。
「……っ」
風間は一瞬、宙を舞うが、そのまま空中で回転して勢いを殺し、着地する。
「今のをほぼノーダメージかよ。やっぱスゲーな、『黒拳』は」
「……」
再度手刀に構える風間。
劉との距離は2~3m程。
先程よりは近いが、互いに必殺の間合いだ。
「……!」
今度は風間が先に動く。
鳩尾を狙った抜き手が劉に迫る。
「見え見えなんだよ、そんな突き!」
劉はその抜き手を化勁で躱す。
ローラーのように腕と体を動かすことで相手の攻撃を受け流し、そのまま風間の顎目掛けて突きを放つ。
しかし、風間はそれを読んでいた。
劉の突きを上段に受け、中段に思い切り蹴り込んだ。
「……っち!」
腹部に蹴りが刺さる瞬間、劉は腕を滑り込ませてまともに蹴りが入ることを防ぐ。
しかし完全に威力を殺すことはできず、宙に浮く劉。
これに対してわざと自分から飛び、さらに軽身功で身を軽くした状態の劉は風間の予想以上に飛んでいき、ホテルの壁が劉に迫る。
それに対して劉は一瞬回転して壁を蹴り、さらに体を捻って回転し、地面に着地する。
ホテルの壁には陥没したひびが入り、その先程の攻防の威力を物語っている。
「……てぇな」
悪態をついて体勢を立て直す劉。
「……」
風間も手刀構えのまま、距離を詰める。
「……」
「……」
再び静寂が訪れる。
「……!」
「……!」
二人が同時に、動く。
突き、蹴り、手刀、肘打ち、裏拳。
互いに必殺の一撃を放ちながら、同時にそれを防御する。
二人の拳の打ち合いに巻き込まれた設備が破壊される。
「……っ!」
「……ぁあっ!」
それでもなお、勢いの止まらぬ二人の攻防。
必殺の一撃が交差する。
殺人拳同士の打ち合いは、まさに拮抗していた。
「……!」
「ぉらぁっ!」
互いの拳が同タイミングで合わさる。
衝撃が二人を襲い、再び距離が開く。
「……」
「……ってぇ」
無言の風間に、悪態をつく劉。
「……しかし、やっぱあんた強いな、『黒拳』」
「……」
「でもよ、ちょっと楽しみすぎたからよ。……そろそろ、決着にしようや」
そう言って、劉は構えた。
片手を手刀に、もう片方を天に構える、杔槍掌の構え。
「……」
風間も、天地上下に構える。
それだけではなかった。
破れた服の肘部分から、カシュっという音とともに円柱状の突起が出現する。
「やっぱり、何か仕込んでたか。道理で硬すぎるわけだ」
これが、風間に移植されたサイバネティクス技術だった。
彼の両腕は特殊な合金で作製された義椀となっている。それは直接彼の神経に接続され、彼の意志で制御することを可能としている。
「……」
「……」
三度目の沈黙。
殺気はさらに充満し、見る者をそれだけで昏倒させてしまうほどの濃度が周囲に満ちる。
本来の武術の戦いとは、一瞬で決まるものだ。
一瞬の油断で生死が決まり、生き残るかどうかが決定する。
まさにこの戦場は、原始の武、そのものだった。
「……!」
「……!」
同時に、動く。
劉が仕掛けるのは、八極拳奥義『猛虎硬爬山』。
風間が仕掛けるのは、林崎流空手奥義『破岩正拳突き』。
二人の奥義が激突する。
そして、勝敗は決した。
「……」
「……へへ」
風間の拳は僅かに触れるのみとどまり、劉の掌底は風間の腹に入った。
「……俺の、勝ちだ」
勝ち誇る劉。
風間は大きく息を吸い込み、丹田に気を集中させる。
空手の『息吹』と呼ばれる呼吸法をした後、
「……イグニション」
風間が発した瞬間、肘部の円柱が作動し、彼の肘へと押し戻される。
パイルバンカーのように作動したそれは、肘を通して腕に連動し、拳の衝撃となって劉を襲う。
「……っ!!?」
衝撃が波として伝わり、劉の内部を破壊する。
「……がはっ」
血を吐き、その場に崩れ落ちる劉。
内臓は潰れ、呼吸さえままならない。
ここに、戦いは決着した。
「……」
風間は彼が崩れ落ちたことを確認すると、佐久弥の後を追おうと背を向ける。
「……ま、待て」
息も絶え絶えな劉が、風間を呼び止める。
「……なあ、一つ、教えて、くれねえか? あの、嬢ちゃんの、親父さん、の、仲間、だったん、だろう、あんた?」
「……」
「なんで、あの、嬢ちゃんに、教えて、やらねえんだ? 知ってん、だろう? 鬼道、正義の、最後を」
「……」
再び劉に背を向ける風間。
敵に答えることなんて、ありはしないか。
諦めて自嘲する劉。
「……俺は」
その声は、風間のものだった。
「俺は確かに、あの人の同僚だった。自衛隊の裏組織『闇』のな。でも、あの子は関係ない。本当は、今も普通の女の子として生きてほしかった。そうしなかったのは、彼女の覚悟だろうさ。あの人のことは俺達の業だ。だからせめて、あの子は俺達が守る」
「……」
彼を知る者からしたら珍しい、本音の吐露だった。
冷静沈着で寡黙な男の、熱い胸の思い。
誰にも語らぬその言葉は、劉へ確かに伝わっていた。
「……ははっ」
笑う劉。
「あんた、やっぱり、最高だぜ、先に、あの世で、待ってるから、よ……」
そう言って、ピクリとも動かなくなった。
「……」
風間は黙とうを捧げると、足早に部屋を出て行った。
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