第59話 君の隣なら

-side 田島亮-


 本日は6月17日土曜日。岬さんとの勉強会の日である。今日は空は晴れてはいないものの、日が照っていないおかげでほどよく涼しい。うむ、個人的にこういう天気は嫌いじゃないな。


 


「お待ちしておりました、田島様」


 岬家に着くとメイドの大崎さんが門の前で出迎えてくれた。わざわざ俺を外で待っていてくれたようだ。


 つーかいつ見てもデカイ家だな。何回見ても圧倒されるわ。


「お久しぶりです。今日はご指導よろしくお願いします」


 岬さんの話によると今日は大崎さんも俺たちの勉強をサポートしてくれるらしい。ここで一言伝えておくのが礼儀というものだろう。


「お嬢様が地下図書館でお待ちです。早速ご案内致します」


「はい、よろしくお願いしま.....え? 地下図書館?」


「はい、地下図書館でございます」


 え、マジでなんなのこの家? 地下にも施設あんの? え、なに? ここホワイトハウスなの?


「と、とりあえず案内お願いします...」


「かしこまりました」


 大崎さんに色々聞きたいところではあるが、まずはその地下図書館とやらに行くとしよう。岬さんを待たせるわけにはいかないしな。


「ではご案内致します」


 そして俺は大崎さんに連れられて屋敷の中へと向かった。


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「到着いたしました」


「え...? ここが地下図書館なんですか...? 俺にはただ目の前に壁があるだけにしか見えないんですが...」


 大崎さんに案内されたのは岬家最奥の壁際だった。どこを見渡しても壁があるばかりで部屋の入口があるようには見えない。どうやってここから図書館に行くのだろうか。


「ここは地下図書館の入口でございます。少し準備が必要なので少々お待ち下さい」


 大崎さんはそう言うとメイド服のポケットからリモコンのようなものを取り出した。どうやらリモコンにはOPENというボタンとCLOSEというボタンが1つずつ付いているように見える。


「田島様、少し床が揺れますので念のため注意しておいて下さい」


「......え? 今何と?」


 すると大崎さんは俺の質問に答えることなくOPENボタンに手を掛けた。


 その瞬間『ゴゴゴゴゴ』という鈍い音と共に目の前の壁の一部が横にスライドして壁の中から階段が現れた。ふむふむ、なるほど。壁の中にまだ道が続いているということか。


 ...え? 壁の中に道?


「あのー、大崎さん? 一応聞いときますけどこれって何ですか?」


「見ての通り隠し扉でございます」


「ですよね!!」


 まさかリアルで隠し扉を見る日が来るとは思ってなかったな...もはやここダンジョンじゃねえか...つーかここを隠し扉にする必要ないだろ...


「あのー、なんで地下図書館の入口が隠し扉になってるんですかね...」


「旦那様の趣味です」


 理事長さん...


「でもこの扉すごいっすね...結構お金かかってそう...」


「はい、こちら製作費1000万円となっております」


 え、バカなの? ねえ、バカなの?


「じゃあそろそろ行きましょうか...岬さん待たせたらいけませんし...」


「かしこまりました。では地下図書館までご案内します」


「はい、お願いします...」


 そして俺たちはようやく地下図書館へ向かうことになった。



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「うわ、めっちゃ広いっすね...」


 階段を下りた先には想像していたよりもずっと広い図書館があった。いや、マジでその辺の小さい図書館と同じレベルの広さだぞコレ。


「この図書館は旦那様が読書好きのお嬢様のために元々は地下倉庫だったものを改装して出来た施設です。館内中央部には学習スペースもあり、お嬢様は自室での学習に集中できない時はよくそちらで勉強なさいます」


「な、なるほど...」


 娘のために図書館作っちゃったのか...やっぱ理事長さんって結構な親バカだよな...体育祭の時も岬さんにマスターキー渡してたし...


「私は1度地上の方に戻り、お2人にお出しするコーヒーを準備してから後ほど合流いたします。お嬢様は学習スペースにいらっしゃいますので田島様は館内中央部に向かって下さい。」

 

「あ、わざわざありがとうございます。勉強教えてもらう上にコーヒーまで出してもらうなんて」


「いえいえ、田島様はお客様なのですから遠慮など無用です。砂糖やミルクはお入れになりますか?」


「ブラックで大丈夫ですよ」


「了解しました。ではまた後ほど」


 そう言うと大崎さんは階段を登って1階へ戻っていった。



 ふぅ...やっと岬さんと合流できるな...隠し扉とか地下図書館のインパクトが強くてまだ勉強してないのになんか疲れたわ...これから勉強に集中できるように気を引き締めないといけないな...


「...よし、行くか」


 そして俺は改めて気合を入れ直してから学習スペースへと向かった。





-side 岬京香-


「多分田島くんそろそろ来るよね...」


 私は今地下図書館の学習スペースの長机で勉強しながら田島くんを待っている。まあ実際はソワソワして今やってる勉強の内容なんて全然頭に入ってないんだけど。


「緊張するなぁ...」


 実は今私はいつもと違って眼鏡と前髪で顔を隠していない。つまり素顔を出したまま田島くんと会おうとしている。こんなことをするの初めてだからどうしても緊張してしまう。


 でも緊張するからといってまたいつもみたいに顔を隠しちゃダメだ。きっと顔を隠したままじゃいつまで経っても彼との関係は変わらない。そして関係を変えたいならまずは自分が変えられるところから変えなければいけない。勇気を出して一歩を踏み出さないといけない。そして...



ーー私はトラウマを克服しないといけない。




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 私は小学校3年生の時に起きたとある出来事がきっかけで周囲の目に怯えて顔を隠すようになった。実はその出来事が起きる前までは顔を隠していなかったの。まあ当時も気が弱くて話すのは苦手だったからあまり目立たない立ち位置だったのは今と変わらないんだけどね。


 その出来事が起きたのは小学校3年生になったばかりの4月のことだったわ。


「京香ちゃん! じ、実は俺京香ちゃんのことがずっと好きだったんだ! 俺の彼女になって下さい!!」


 それは本当に突然のことだった。同じクラスの男の子に体育館裏でいきなり告白されたの。しかも彼は性格が明るくてクラスの中心にいた人気者だった。そんな子が地味で目立たない私なんかに告白してくるわけなんてないと思ってたから当時はとても驚いた。


「ご、ごめんなさい。まだ私彼氏とか彼女とかよく分かんないから...」


 私は彼の告白を受け入れなかった。だって彼とは今まで全然話したことなかったし、その時私は

まだ小学3年生だったんだもの。まだ付き合うとか付き合わないとか全然分からなかったのよ。


 結局彼はその後『急に変なこと言ってごめんね』と一言私に告げてその場を去ってしまった。



 私の周囲の目が変わったのはその次の日のことだった。


「え!? お前京香ちゃんにフラれたの!?」


「バカ!! お前声デカイって!!」


 その日の朝、教室に入ると隅の方から突然男の子達の声が聞こえてきた。自分の名前が出てきてとても焦ったのを今でも忘れられない。


 その男の子の声は教師中に響くほど大きかった。当然のごとく教室が一斉に騒がしくなり始める。


 そして話題に挙げられた私は一斉に好奇の目に晒された。ニヤニヤしている男の子たち、そして私を睨みつけている一部の女の子たち。


 今は私を睨んでいた子達は私に告白した男の子のことが好きだったんだろうな、というのはなんとなく分かる。でも当時の私は自分がなんで睨まれているのか全然分からなかった。何も悪いことをしてないのに女の子に睨まれるのが怖かった。そして冷やかすような目で私を見てくる男の子たちの目も怖かった。その2つの視線は気が弱い私にはとても耐えられるものじゃなかった。


 そしてついに耐えきれなくなった私は教室を飛び出した。とにかくあの教室から離れたいという思いで無我夢中で自分の家へと走った。


「ママ!!」


 家に帰った私はすぐにママの胸に飛び込んだ。今抱えている恐怖をふり払いたくて思いっきりママに抱きついた。


「え!? 京香ちゃん!? 学校はどうしたの!?」


「ね、ねぇママ...お願いがあるの...」


「......ふふ、京香ちゃんのお願いならなんでも聞いてあげる。ママに話してみて」


「ねぇママ...私転校したい...もうあの教室に行きたくない...皆の目が怖い...」


「......うん、分かった。ママに任せといて」


 たったこれだけのことで転校するなんて普通はありえないかもしれない。でも普段は誰も自分に注目しないのに突然好奇の目に晒されたのが怖かった。当時幼くて気弱だった私にとってはもうそれだけで十分トラウマになるような出来事だった。もう1度あの教室に入るなんてことは当時の私には考えられなかった。


 こうして私は人の目を避けるために顔を隠すようになった。そして結局小学校を転校して以降は高校に入って事故に遭うまで家族以外に1度も素顔を見せることは無かった。




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 私が顔を隠すのはこのトラウマがあるからなの。もちろん周囲の人達が全員私を好奇の目で見るわけじゃないことは分かってるわ。でも素顔のまま家族以外の人と関わろうとするとどうしても『あの時教室で浴びた視線』がフラッシュバックするの。もう何年も前のことなのにまだあの光景が脳裏に焼きついているの。



 ....でももしかしたら田島くんが相手なら私はこのトラウマを克服することができるかもしれない。だって今まで彼の前では一瞬だけど自分の意思で素顔を見せることができたから。そして彼の前なら素顔を見せても大丈夫だと思える自分がいるから。


 ...うん、田島くん相手ならきっと大丈夫。だって彼は家族以外で唯一私が素顔を見せたいと思える人なんだもん。


 心の壁を作っていた私と友達になってくれた優しい人。デートの時私のために自分より大きな男の人に立ち向かってくれた勇敢な人。会話が苦手な私にいっぱいお話を聞かせてくれる明るい人。




 -ー私が初めて好きになった人。



 彼とは素顔のまま一緒にいたい。彼のそばでは何も隠していないそのままの私でありたい。大事な人だから。私にとっては家族と同じくらい大事な人だから。




「こ、こんにちは岬さん...」


「......え!? た、田島くん!? あ、え、えっーと...こんにちは!」


 物思いに耽っているうちに田島くんが来てしまった。心の準備が全然出来ていなかったから思いっきり動揺してしまう。


 うぅ...ついさっきまで田島くんのこと考えていたからなんだか恥ずかしいな...私の顔赤くなってないよね...?


「そ、そのー、今日は前髪上げてるんだね。ちょっとビックリした」


「ご、ごめんね驚かせて...」


「いやいや! 全然謝ることなんてないよ! ていうかそっちの岬さんの方が俺的には良いと思うよ!」


「ほ、ほんとに...?」


「ほんとほんと! 眼鏡無い方が断然良いよ!」



 ...やった! 田島くんに褒められた! 勇気を出した甲斐があった!!




「...えへへぇ」


「...岬さん?」


「あ、いや! な、なんでもないの! ちょっと思い出し笑いしてただけ! と、とりあえず勉強会始めようよ!」


「うん、そうしようか。いやー、マジで俺の数学の点数壊滅的なんで今日はホントよろしくお願いします」


「う、うん! できるだけ分かりやすく教えられるように頑張るね!」


 ...よし、フラッシュバックは無し。いつも通りの私だ。顔を隠さなくても今まで通りやれてる。大丈夫、何も怖くない。怖い視線はどこにもない。





 --うん、そうよ。きっと私は大好きな彼の隣ならありのままの自分をさらけだすことができるわ。

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