第20話 恋の魔力

-side 田島友恵-


 帰宅直後の自室。シャワーを浴び終え、少しくつろいでいると、私のスマホには少し意外な人物からのメッセージが届いていた。


【岬京香:友恵ちゃん久しぶり! 急な話になるんだけど今度休みの日に一緒に出かけない? 田島くんも誘って3人で!】


 ......京香さんからメッセージなんて半年ぶりくらいじゃないかしら。それにしても唐突なお誘いね......ちょっとビックリしちゃった......


 まあ、でも京香さんと出掛けるのは別に悪くないわね。中学校の時も何回か一緒に2人でショッピングに行ったことあるし。


 それに京香さんは部活中は物静かだったけど、私と2人で居る時はいつもより喋ってくれたし。だから一緒にいて結構楽しかったのよね。


 でも......兄貴も誘う理由がイマイチ分からないわ。今までみたいに2人で行けば良い気がするんだけどな。ていうか兄貴が居たら私的にはむしろ邪魔だと思うんだけど......


 まっ、その辺は本人に直接聞いてみればいっか。


【田島友恵:お久しぶりです京香さん! お出かけに誘ってもらえて嬉しいです! でも......どうして兄貴も誘うんですか?】


【岬京香: え、えーっとね! 私、ちょっと前に田島くんと友達になったの! だから、田島くんともそろそろ一緒にお出かけしたいなーと思って......】


【田島友恵:あー、なるほどです。でも、それなら私と出かけるのとは別の日に兄貴だけ直接誘っちゃえば良いんじゃないんですか? 2人で出かけた方が仲も深まると思いますし。確か京香さんと兄貴って同じクラスでしたよね?】


【岬京香:い、いや! そんなことできないよ! それって私からデートに誘うみたいになっちゃうじゃない!】


 あー......言われてみれば確かにそうかも。


【田島友恵:うーん、だったら勘違いされないように『友達』ってことを強調した上で兄貴を誘ってみればいいんじゃないですか?』


 まあ、あの鈍感兄貴にそこまでする必要も無いと思うんだけど。


【岬京香:いや、なんか友達ってことを強調するのは気が進まないというかなんというか......】


 ......え? どいういうこと? 友達として見られたいってわけじゃないの?


【田島友恵:えっと、京香さん? それってつまりどういう意味ですか?】


【岬京香:いや、なんか......友達ではあるけど、ずっと友達として見られるのはちょっと嫌だな......みたいな』


 ん? 友達として見られるのは嫌なの?


 えぇ!? じゃあ、それってもしかして......!

 

【田島友恵:そ、その...もしかして京香さんは兄貴に異性として見られたいんですか?】


【岬京香:えーっと、はい、そうとも言えなくはない......かな

......】


 ......まさかこんなにあっさり認めちゃうとは。


 うーん、もしかして京香さんは性格上、今まで誰にも兄貴との事を相談できなかったのかな? でも恋愛関連のことを1人で溜め込むのが辛くて、今回は私を頼ってくれた......みたいな感じなのかな?


【田島友恵:あ、あのー、じゃあ、つまり京香さんは兄貴のことが好きってことなんですよね......?』


【岬京香:ま、まあ、そうなります......あ! でも、このことは誰にも言わないでね!?』


【田島友恵:いやいや! そんなこと誰にも言えるわけないじゃないですか!!】


 まあ、あんな兄貴でも京香さんにとっては命をかけて自分を守ってくれたヒーローだもんね......好きになっちゃってもまあおかしくはない......かな?


【田島友恵:そのー、つまり京香さんは兄貴と出かけたいってことなんですよね?】


【岬京香:う、うん......】


【田島友恵:兄貴に女の子として意識して欲しいってことなんですよね?】


【岬京香:そ、そうです......】


【田島友恵:よぉし! だったら私に任せてください!】


 ごめん、咲さん! 咲さんにとって京香さんはライバルなのかもしれないけど、私は京香さんの恋も応援してあげたいって思っちゃうの!


【岬京香:え、友恵ちゃん? それって私に協力してくれるってことなの......?】


【田島友恵:はい! そういうことです! 私は恋する乙女の味方なのです!】


【岬京香:友恵ちゃん...!】


【田島友恵:はい、というわけで京香さん。早速ですが、今週の日曜はお暇ですか?】


【岬京香:うん、一応暇だけど......急にどうしたの?】


【田島友恵:では日曜日に天明高校前の駅に来てください。集合時間は朝10時で。私が兄貴を連れて行きますので】


【岬京香:え!? ほんとに!?】


【田島友恵:えっへん! 任せといてください! 電車で隣町に映画でも見に行きましょう! 3人で!】


【岬京香:でも......なんか悪いよ。そこまでしてもらうなんて】


【田島友恵:いいんですいいんです! 私がやりたくてやってることなので! じゃあ当日はバッチリおしゃれしてきて下さいね!】


【岬京香:う、うん、わかった! 友恵ちゃんがそこまで言ってくれるなら厚意に甘えさせてもらうね! 本当にありがとう!】


【田島友恵:いえいえ! では日曜に会いましょう!】


【岬京香:うん、分かった! じゃあまた日曜ね!】


 ふぅ、これでよし、と。


 じゃあ......早速兄貴にも日曜の事を伝えないとね。


 



-side 田島亮-


 特にやることも無く、暇を持て余していた俺は部屋の床の上でダラダラと寝転がってラノベを読んでいたのだが......


「兄貴ぃー、入るぞー」


 なぜか友恵が急に俺の部屋に入って来た。


「......急に何の用だよ。あとパンツ見えてるぞ」


「黙れ変態」


「いや、冬なのにミニスカを履いてる友恵ちゃんが悪いんだよ。普通床から見上げたらパンツ見えるじゃん。これはアレだ。不可抗力ってやつだよ」


「いや、普通パンツ見えてても何も言わないから」


「いやいや、防御力が低いスカートを履いてる友恵さんサイドにも問題があるのでは?」


「はぁ......なんで咲さんと京香さんはこんなのを......」


「ん? 今何か言った?」


「......いや、別になんでもないわ」


「そうか。で、友恵さんよ。俺の部屋に来るなんて珍しいじゃないか。一体何の用だ?」


「ああ、そうそう。兄貴って、今週の日曜暇? ていうかどうせ暇でしょ?」


 失礼な。俺だって日曜が暇じゃない時はある。そう、例えば日曜はラノベ読んだり、漫画読んだり、ゲームしたり、あとは......あとは.......


 うん、普通に暇だわ。


「まあ暇だな」


「そう。じゃあさ、一緒に映画見に行かない?」


「え、友恵と2人で? 何それ嬉しいんだけど。え? 友恵って実はブラコンなの?」


「いやいや、天地がひっくり返っても兄貴と2人で映画とか行かないから。他にも人が来るに決まってるじゃん」


 おいおい我が妹よ。そこまで言わなくても良くないか。お兄ちゃんも傷つく事だってあるんだけど。


「つーか他に人が来るっつっても、俺と友恵の共通の知り合いとか咲くらいしかいないよな? ってことは、咲が来るのか?」


「いや、来るのは京香さんだよ」


 ん? 京香さんって岬さんのことか? 


 いやいや、まさかな...


「あのー、友恵さん? 京香さんって誰のことなの?」


「いや、そんなの岬京香さんに決まってるじゃない」


「え、岬さんと映画!? 唐突過ぎない!? どうしてそんなことになってるの!?」


「私と京香さんは部活仲間だったって話は聞いてるよね? その時から私と京香さんは2人で出かけるくらい仲良かったのよ」


「な、なるほど......ん? でもそれって俺も一緒に行く理由にならなくね?」


「そ、それは......京香さんがもしよければ兄貴も一緒にどうかって言ってくれたの!」


 え? マジ? 俺も誘ってくれてるの?


「岬さん......なんて良い人なんだ......」


「なるほど。誘ってくれた相手を『良い人』って思っちゃうのか......これは重症だな......京香さん、この先大変そう......」


「なあ、お前、さっきからちょいちょい俺に聞こえないように何かブツブツ言ってない?」


「いや、気のせいでしょ。じゃあ日曜朝10時に天明高校前の駅に集合で」


「ああ、まあ、分かったよ」


「じゃあ用件はこれだけだから。バイバイ」


 そう告げると、用を済ませた友恵は俺の部屋からそそくさと出て行ってしまった。


「いやぁ、まさか岬さんと映画見に行くことになるなんてな......」


 そういや......岬さんとはメッセージのやりとりは結構してるけど学校では全然話してなかった気がするな。なんか岬さんは人目が苦手みたいだから、学校では話しかけない方が良い気がするっつーか......


 いやー、でも日曜は友恵が来てくれるから安心だわ。もし"隠れ美人"の岬さんと2人きりとかだったら絶対耐えられなかったわ。主に思春期男子のメンタル的な意味で。





 ......あ、そうだ。岬さんに誘ってくれたお礼を伝えないといけないよな。早速メッセージでも送ってみるか。




-side 岬京香-


 友恵ちゃんとのやりとりを終えた私はベッドの上であれこれと考え事をしていた。


「はあ......友恵ちゃんに田島くんが好きってこと話しちゃったな......」


 いや、最初は私が会話の流れを上手い具合に操作して自然な感じで誘うつもりだったのよ? 好意を漏らすつもりなんて微塵も無かったのよ?


 でも.......なんか気づいた時には完全に会話の主導権を友恵ちゃんに奪われてしまってたのよね。うん、友恵ちゃんのコミュニケーション能力が異常に高いってことを完全に忘れてたわ。


 ていうか、普段他人と話さない私が友恵ちゃんとの会話の流れを操作するなんて無理に決まってるじゃない......はぁ......なんでもっと早く気づかなかったのよ、私......


 しかも田島くんのことが好きってことまで話しちゃったし! もう! すぐに好意を漏らしちゃうなんてチョロすぎるでしょ私!


 でも......仕方なかったのよ。この気持ちを自分1人で抱え込むのって結構辛いの。言いたくても言えない想いを溜め込むのって結構苦しいのよ?


 だから......私はせめて自分がどんな想いを抱いているのかを誰かに知って欲しかった。この想いを誰かと共有したかった。


 そして、私にはこの気持ちを共有できる人物なんて1人しかいない。


 それが友恵ちゃん。中学生の時にいつも人を避けていた私と友達になってくれた優しい子。この子にならこの気持ちを吐露してもいいと思えた。


 だから、きっと私は友恵ちゃんとの会話の中で田島くんが好きだということをあっさり認めてしまったんだろう。


 でもあの子って田島くんの妹なのよね......友恵ちゃん、複雑な気分になったりしてないかな......ちょっと心配になってきたな...


 と、そんな具合で友恵ちゃんのことを案じていると、突然枕元に置いているスマホが鳴動した。


「え!? た、田島くんからのメッセージ!?」


 なんと私のスマホの通知画面に表示されたのは田島くんからメッセージだった。


「よ、よし......早速確認してみよう......」


 そして私は、手を少し震えさせながらメッセージアプリを起動してみる。


【田島亮:岬さん、この度はお誘いいただき誠にありがとうございます。日曜日、とても楽しみにしております】


 あぁ、そっか。友恵ちゃん、日曜のことを田島くんに伝えてくれたんだ。


 ......って、安心してる場合じゃないわよね。早速返信しないと。


【岬京香:それにしても田島くん、なんで私に敬語を使ってるの笑】


【田島亮:いや、なんとなくだよ】


【岬京香:ふふふ、なにそれ笑】


【田島亮:まあ、とにかく誘ってくれて嬉しいよ。日曜、楽しみにしてるね】


【岬京香:うん! 私も楽しみにしてる!】


【田島亮:あ、それと1つ確認しときたいんだけど】


 ん? 確認......?


【田島亮:岬さんは日曜日もいつも通り前髪を下ろした状態で映画館行く感じ?】


【岬京香:ん? なんでいきなりそんなことを聞くの?】


【田島亮:いや、なんか、その.......もし岬さんが前髪を上げたまま街を歩いてたら、ナンパとかされちゃいそうだなと思って』


【岬京香:え、なんで?】


【田島亮:い、いやー、なんていうの? ほら、この前岬さんの家に行った時にさ、前髪上げて俺に素顔見せてくれたじゃん?】


【岬京香:え? うん。まあ、そうだね】

 

【田島亮:で、まあ、その......あの時見せてくれた顔がすごく綺麗だったなーって思ったから......』


 え!? 私の顔が綺麗!?


 え、こ、こんなことを男の子に言われたのなんて初めてなんだけど......! しかも、よりにもよって田島くんに言ってもらえるなんて......!


 す、すごく嬉しい.....!


 あー、で、でも、どうしよう! 今の一言だけで胸がドキドキ言っててうるさいんだけど! あぁ、もう! 早く田島くんに返信しなきゃいけないのに全然頭が回らない!


 もう! 思ったことをすぐに言っちゃうのは田島くんの唯一嫌いなところよ! 急にこんな不意打ちするなんてずるい! 田島くんのバカ!


【岬京香:た、田島くん! そういう冗談を軽々しく言っちゃダメよ!】


【田島亮:あ、え、えーっと! なんかゴメン!】


【岬京香:じゃあ私そろそろ夜ご飯の時間だからこの辺で失礼するね! バイバイ!】


【田島亮:あ、うん、わかった! じゃあまた明日ね!】


 はぁ......頭が回らなさすぎてつい会話を強制終了させちゃった......ほんとはもっとお話ししたかったのになぁ......


「でも......"綺麗"って言ってもらえたのはやっぱり嬉しかったな」


 彼のたった一言で私の心は嬉しさや動揺で乱れてしまって。私の顔はさっきから緩みっぱなしで。きっと今の私は、とても他人には見せられないようなだらしない表情になっているんだろう。


 ただ『綺麗』と言われただけで、私の心はこんなに幸福感に満たされてしまって、それがとても心地良くて。トーク履歴を見ただけでニヤニヤしちゃったりして。それが今はとても楽しくて仕方がなくて。


 きっと......こんな感情は私が今恋をしているから味わえているんだろう。


 ほんっと、恋って不思議なものなのね。ひとたび恋が関われば、些細なことで一喜一憂してしまうし。喜びも苦しみも普段より強く感じてしまうし......本当に不思議。






「ふふふ......日曜日、楽しみだなぁ......!」

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