引っ込み思案なわたしと、ハロウィンパーティー

オリーブドラブ

引っ込み思案なわたしと、ハロウィンパーティー

 お祭りは好きだ。

 皆でわいわいはしゃいで、楽しんでいる輪の中にいれば、弱くて引っ込み思案な自分を忘れていられる。自分の気持ちひとつ口に出せない、臆病な自分の弱さを、忘れられる。


 その中でもわたしが一番好きなのは、ハロウィンだ。夏が終わって涼しくなる頃だし、何より仮装まで出来る。

 明るく能天気で、空元気だけが取り柄。そんな偽りのわたしが、ボロを出すことなく自然に溶け込めるお祭りだから、一番気楽なんだ。


 本当のわたしを知っている、昔からの友達は皆……そんなわたしをいつも心配してくれているけど。弱虫なわたしは、そんな「お祭り好きで能天気なバカ」でい続けないと、のそばを歩くことさえ出来ない。


 もちろん友達には感謝してるし、心配掛けてごめんねって、いつも思ってる。それでもわたしには、これしかないんだ。恋人になりたいなんて、結婚したいなんてワガママは言わない。

 ただわたしは、いつも笑顔なのそばに、いられたら……それだけで、いいんだ。演じることをやめてしまったらきっと、それすらも叶わなくなってしまうから。


 だからわたしは、ただ純真に仮装を楽しむ子供達に混じって――弱い自分を隠し通すために。かぼちゃの帽子を被り、黒いマントを羽織って、いつものように「能天気なわたし」に仮装・・する。


 はそんなわたししか知らないし……そんなわたししか、見せたくないし。きっとだって、本当のわたしなんて、見たくないだろうから。


 ……ねぇ、そうでしょ? 耀流あかるセンパイ……。


 ◇


「トリックオアっ! トリートメントぉ!」

「トリートメントぉ!」


 仮装を終えた近所の子供達を引き連れて、夕暮れ時にインターホンを鳴らす。そして、いつものようにひょっこりと顔を出すセンパイに、毎年お決まりのセリフを皆で言い放つ。

 それがわたし達にとっては毎年恒例の、ハロウィンパーティーなのだ。そしてわたし達の期待通りに、玄関から出迎えてくれた先輩は――小さな子供達と一緒に仮装しながら、視線と笑顔でお菓子をねだるわたしに、呆れたような笑みを零している。


「……梨子りこ、お前なぁ。いい加減ちゃんと正しいセリフ使えっての。ハロウィンの法則が乱れる」

「えへへー、なんか普通に言うよりこっちの方がウケちゃったものでして」

「ウケちゃったものでしてー!」

「ホラ見ろ、すっかりお前に汚染されてんじゃねーか。いいか皆、お菓子が欲しけりゃ『トリックオアトリート』だ! メントはいらん! ウチにハロウィン用の整髪料なんか置いてねぇぞ!」

「はーい!」


 すらっとした長身と艶やかな黒髪。吸い込まれそうな切れ目に、しなやかでありながらも筋肉質な身体つき。ずっと昔から消防士を目指しているだけあって、耀流センパイは去年よりもずっと逞しくなっている。

 こうして対面しているだけで、顔だけでなく全身まで熱くなってしまいそうだ。気づかれていないだろうか。わたしはまだ、「能天気なわたし」でいられているだろうか。


「全く、このやり取りも何回目だっつの。だいたい梨子、お前は来年受験だろうが! トリートメントしてる場合かっ!」

「だからですよぉ! 毎日毎日勉強勉強で、もう部活引退前よりヘトヘトなんですっ! 戦意高揚のためにも、気分転換は必要なんですよっ!」

「わかったわかった、とりあえず上がれよ。あといちいち叫ばんでいい、近所迷惑だから」


 それを誤魔化したい一心で、声を張るわたしにひらひらと手を振りながら。センパイはわたし達を、自宅に招き入れてくれる。

 ちょっと上擦った声だったかも知れないが、なんとか乗り切れたようだ。危ない。もしわたしの気持ちがバレようものなら、こうやって毎年一緒に過ごしていられる「日常」まで壊れてしまう。


 それだけは絶対に回避しなければならない。わたしはその想いを胸に、子供達を連れて玄関に入ると――センパイの匂いが漂う、彼の自宅にお邪魔する。思わず頬が緩んで、恍惚の笑みを浮かべてしまった。

 ただ意中の人の家に入ったと言うだけで、こんなにも満たされてしまうのだから……もし、もしわたしの願いが全て実現してしまったら、わたしはきっと正気ではいられなくなるのではないか。


「ほらっ! お望みのお菓子だぜ、皆! たっぷり持ってけドロボウ!」

「わぁーいっ!」

「トリートメントぉっ!」

「整髪料じゃねぇっつってんだろ!」


 そんな幸せな妄想に浸る間も無く、わたし達はリビングにたどり着いてしまう。そこのテーブルに広げられていた、たくさんのお菓子に――子供達は大喜びで群がっていた。

 耀流センパイはツッコミを入れつつも、その様子を微笑ましげに見守っている。わたしは子供達に紛れて、お菓子に手を付けながら――その貌に見惚れていた。


 ――もしセンパイが「パパ」になったら。あんな風に、笑ってるのかな――


「……梨子」

「はぅあ!? な、なんでしょうか!? まだそういうコト・・・・・・に励む時間ではありませんよ!」


 などと。邪な未来予想図を描いて、にやけていた瞬間。不意を突くように声を掛けられ、わたしは思わず跳ね上がってしまった。

 ショートボブに切り揃えた栗色の髪がふわりと揺れ、最近不相応に育ってきた胸がぷるんと弾み、わたしの顔は火が出たみたいに熱くなってしまう。


 一方。思わず耳まで真っ赤になってしまったわたしに反して、終始冷静なセンパイは、何もかも見透かしたような眼差しでわたしを射抜いていた。

 そんな風に見つめられただけで、条件反射的に舞い上がってしまいそうになるが……彼の眼の色は、ちょっとそういう雰囲気じゃない。


「励むってなんだ励むって。……お前、なんか悩んでるんじゃないのか。最近特に……例えば受験のこととか」

「な、悩むって……あっははは、何を仰いますか! この明月梨子、ご覧の通り悩みなんてひと〜つも――」


「――あるんだろ、なんか。いつものことだけどさ。お前、俺の前だとなんかヘンになるだろ」


「……!」


 そして。わたしを呼び寄せ、子供達から離した彼は。


 その見透かしたような瞳でわたしを一瞥し――長年続けてきた「演技」を看破していたことを、明かす。


 わたしはその瞬間、金縛りにあったかのように動けなくなってしまい――とっくに慣れたはずの「演技」さえ、忘れかけていた。


「……っ、ヘ、ヘンだなんて……はは。そんなの、いつものことじゃないですか」

「そうだな。いつもお前は能天気に振舞って、何かをオレに隠してる。去年も、一昨年も、お前はずっとそうだった」

「……!」


 一度そうなってしまったら。あとはなし崩し的に、どんどん化けの皮が剥がされてしまう。本当のわたしが、出て来てしまう。


 元々、大の引っ込み思案で。教室の隅で、いつも縮こまっていたようなわたしが。勉強もスポーツも出来て、中学でも人気者だったあなたに憧れて――無理に自分を変えようと、柄にもなく運動部に入ったわたしが。

 どうしても勉強が苦手で、だからといって暗い顔なんて見せたくなかったから、「能天気なおバカ」を演じるようになったわたしが。そんなわたしの本当の顔が、出てしまう。


「オレも、長いことお前と一緒に過ごして来たからさ。……なんか違うなって、さすがに思うようになったんだ。クラスの奴らからは、鈍い奴だって今でも言われてるけど」

「……」

「オレが口を挟めるような悩みじゃないってんなら、それでいい。その代わり助けて欲しいことがあるなら、助けてくれそうな奴にちゃんと頼れ。だんさんでも、オレでも」

「……お父さんはバカだから、アテになりませんよ」

「かもな。でも、頼りになる人なのは知ってる」

「そうじゃないんです……! 頼れるだとか、助けて欲しいだとか、そんなことじゃないんですっ!」

「……」


 まずい、これはまずい。止まらない、止まらなくなってしまう。

 このままでは全部、壊れてしまう。演技のおかげで培って来れたものが全部、台無しになってしまう。


 暗くて引っ込み思案で、臆病で好きの一言も言えないわたしなんて……耀流センパイが、好きになるわけないのに。


「わたしはただっ……センパイと、ずっと一緒にっ!」


「……」


 それでも気持ちが、溢れてしまう。よりによって、一番バレちゃいけない、センパイの前で。


 ――その時だった。


「にーちゃん、にーちゃん! もうお菓子ないのー?」

「……んっ!? ちょ、お前らもう全部食ったのか!」


 無邪気な子供達の声に振り返ったセンパイは、あっという間に食べ尽くされたお菓子の跡に目を剥き、固まってしまったのである。育ち盛りなだけあって、去年とは比べ物にならないペースで完食してしまっていたらしい。


 さすがにこれ以上は用意していなかったのか、センパイはどうしたものかと口元に手を当てている。先程までのクールな雰囲気とは打って変わって、ちょっと困り果てているような仕草が……なんだか、可愛い。


「……っ!」


 ――そして、わたしは。

 この窮地を乗り切るための、起死回生のセリフを思い付く。


「……皆ぁ! どうやらセンパイはもう、お菓子がないみたいですよぉ! お菓子をくれなきゃ〜?」

「ちょっ!?」

「イタズラだ〜!」


 わたしが意地悪な笑顔を咲かせて、子供達を焚きつけた瞬間。無邪気にセンパイに群がった子供達は、問答無用のこちょこちょ攻撃を敢行する。


「ま、待っ――あ、あひひひひっ! ちょ、やめっ、ひゃあはははっ!」

「食らえにーちゃん! こちょこちょこちょこちょっ!」

「や、やめろってマジで! オレほんとにそういうの無理――あはははははっ!」


 センパイはわたしのことなんて、なんでもお見通しかも知れないが――わたしだって、センパイの弱点はよぉく知っているのだ。案の定、センパイは涙目になりながら笑い転げており、子供達は容赦ない追撃を重ねている。


「……よーし! わたしもやっちゃいますよ〜! センパイ、お覚悟っ!」

「はぁっ!? ちょ、ちょちょタンマ! 梨子、お前マジでそれやったら……だはははははぁっ! や、やめっ、ひぃいいっ!」


 そのどさくさに紛れて、合法的なスキンシップを堪能しながら――子供達と一緒にこちょこちょに興じるわたしは。人知れず、「決断」を迫られていた。


 このまま有耶無耶にして、何事もなかったかのように隠し通すか。バレた可能性を鑑みて、開き直ってしまおうか。

 ……わたしの答えは、後者だった。


 普段鈍いくせに、時折妙に鋭いセンパイのせいで――わたしの気持ちは、バレてしまったのかも知れない。それを確かめるのが、今は怖い。

 けど、おかげで踏ん切りはついた。どうせいつかは、壊れてしまう「日常」だというのなら。その前に、もっと幸せな未来を掴んでやる。


 だから、センパイ。わたしは来年も、再来年も……トリックオアトリートメント、しちゃいますからね。

 どれだけ怪しまれたって、わたしは偽りの自分を、突き通しちゃいますから。突き通したまま、行くところまで……行っちゃいますから。


 覚悟、しててくださいね……あなた。


 ◇


 ちなみにその翌日、センパイはこちょこちょ攻撃で笑い過ぎたせいか。日頃から鍛えているにも拘らず、学校を休むほどの筋肉痛になっていた。


 ……恥ずかしかったからって、ちょっとやり過ぎたみたい……あ、あはは……。

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