第5話 平手友梨奈の場合 其之1





いよいよ新曲が披露される握手会が近づいてきた。

幕張メッセ握手会に向けて最後の練習が進んでいく。

みんなは新たなポジションを覚え練習にと精を出す。

平手友梨奈は、その中、一人正面でソロでパフォーマンスをすることになっていた。

それは、彼女が分裂騒動に巻き込まれていないからである。

友梨奈は、仲の良い志田愛佳に聞かれる。


「てちも分裂したかった?」


友梨奈は少し考えて口を開けた。


「うーん、見てみたいのはあるけど。恥ずかしいかなぁ」

「だよねえ、私も最初はすごい嫌だった」

「そっくりそのまま返すけど?」


友梨奈の回答にと答える愛佳。

そんな愛佳の隣で、もう一人の愛佳が隣の愛佳の脇腹を肘で突きながら告げる。

友梨奈はそんな二人のやり取りを見ていると、確かにこういう間柄であれば一緒にいる人がいるというのは

面白いかもしれないとそう思った。

志田愛佳だけではない、他のメンバーもみんなもう一人の自分とは仲良くしている。

逆に守屋茜のように仲良すぎなメンバーがいるくらいだ。

友梨奈は考える。

もう一人、自分がいたら自分はどう接していたかなんてことを。


「はい、休憩終わり。レッスン戻ります」


先生の言葉に私は頷いて再びレッスンにと戻る。



レッスン終了後……。



友梨奈が別の仕事で、先に帰った後。

菅井友香が、全メンバーを呼び集めた。

彼女はメンバーだけに話したいということでスタッフや大人、マネージャーを全員退席させる徹底を施した。

それは、最初にメンバーが分裂をした時と同じ構図である。

平手友梨奈以外を除いた20人×2のメンバーが揃う中、菅井友香が二人、メンバーの前にと立つ。


「みんなにはそろそろ話しておかないといけないと思って」


友香が開口一番、そう告げた。


「何人か気が付いている子もいるかもしれないけど、この分裂騒動には意味があるの」


友香は、隣にいるもう一人の友香を見る。

それぞれが抱えていた悩み・不安……それらは、もう一人の自分との出逢いにて、解消されている子が多くいた。

友香もそうだ……。

だが、それは副次的な効果でしかない。

本来の目的とは異なったものである。


「私達は、この時間とは少し未来の時間から来た欅坂46メンバーなんだ」


菅井友香の突然の爆弾発言に、首をかしげる複数のメンバー。


「正確に言えばこのみんながいる時間軸から数か月後のメンバー。

私達は、この時間で起こる……ある事件を止めに来た」

「ちょ、ちょっと待って!」


立ち上がったのは織田奈那である。

彼女は、菅井の言葉の突拍子もない、SF発言に理解ができないでいた。


「分裂したメンバーっていうのは、私達が二人に増えたわけじゃなくて、未来からやってきたってこと?」

「そういうことになるね」


友香ははっきりと頷く。


「いやいや、そんな訳わからないこと信じろって言われても……」

「……今年末のケヤカケで私は、鈴本と二人でロケに行く」

「嘘!?」


もう一人の織田奈那の言葉に、逆に鈴本美愉が大声をあげる。


「そうなんだよ、よかったよね私。本当」


そういって興奮冷めやらぬ美愉の頭を撫でてあげるもう一人の美愉。

織田奈那は、呆然とした顔でその様子を見ている。


「他にもいろいろあるけど聞く?」

「いや、なんだか怖くなってきたからいいや」


もう一人の自分の言葉に、織田奈那は首を横に振り告げる。

他のメンバーは、自分たちの少し先の未来を知るもう一人の自分にといろいろ質問を始めていた。

雑誌の表紙やら、外仕事のことなど……

そんな中、友香は言葉を続ける。


「……みんなとも協力をして止めたい事件があるの」

「その事件って?」


守屋茜が問いかけた。

菅井友香は、全員の方にと向き直る。




「今度の握手会で、友梨奈が……襲われる」




その言葉に、先ほどまでざわついていたメンバーが一瞬にして静まり返った。

本日は2017年6月23日19時30分。

発煙筒が投げ込まれた事件は、翌日6月24日19時40分である。

菅井友香の言葉に、静まり返ったメンバーたち。

その中、齋藤冬優花が静寂を切り裂くように口を開ける。


「ひらては、ひらては……大丈夫だったの?」


冬優花の言葉に、友香は頷く。


「大丈夫、友梨奈は無事だった。発煙筒は投げ込まれたけど……外的な傷もなく犯人は取り押さえられた」


友香の言葉に、その場にいたこの世界の時間軸のメンバーは胸をなでおろす。

周りでは安どのため息が漏れた。

だが、そうなると次の疑問がわいてくる。

なぜ……この場所に平手友梨奈がいないのか?

それよりも、どうして彼女たちはこの世界にやってきたのかということになる。


「……精神的な問題が?」


冬優花の問いかけに、友香は頷いた。


「友梨奈は、ファンとの握手をそれ以後すべて取りやめた」

「ったく、こっちが頑張ってれば調子のって、ホント最悪」


吐き捨てるように告げる志田愛佳。

そんな彼女を抑える渡邊理佐。


「愛佳の気持ちはわかるけど、一部のファンっていうか……犯罪者だから」


もう一人の愛佳もまた愛佳にと声をかける。


「それで、ひらちを助けようと?」


今泉佑唯が話を元に戻す。

友香が再び頷いた。


「この世界の友梨奈を助けても、私達の世界が変わるわけじゃない」

「そんな!?それじゃあ、どうして?」

「でも、わかっている最悪な未来を止めれるのなら、この世界の友梨奈には幸せになってほしい。

だから……協力してほしい、私達を信じてほしい!!」


そういって、未来の時間軸からきたメンバーが頭を下げた。

深々と頭を下げるもう一人の自分達に、友香は、もう一人の自分の肩を掴んで、顔を上げさせる。


「そんなの、協力するに決まってるよ」


友香は笑顔でつぶやいた。


「友梨奈が、そんなことになるのなんて見てられないもんね」

「そうそう、あー見えて凄い子供なんだから」


尾関梨香、鈴本美愉もまた頷いた。

平手友梨奈とはよく話すメンバーでもある二人にとって、見過ごせない事態だ。


「てちが元気なくなるなんて想像できない」

「私達にしかできんことなら、やるしかないもんな」


土生瑞穂、小池美波もまた自分たちで止めるという使命感を持つ。

おそらくは、アニメをよく見ている二人だからこそ、こういったSFの事件に巻き込まれているという非現実感にも胸を躍らせているのだろう。


「いつも、平手ちゃんには助けられてるし……」

「私達で恩返しをしたい」


石森虹花、佐藤詩織が声をあげる。

ダンスレッスンで全体を見て指示を出す平手友梨奈に助けられているのは自分達だけではない。

彼女の存在感こそが、欅坂46の原動力にとなっている。


「てちには、いろいろ励まされた。だから、そんなことでいつものてちじゃなくなるのなんてイヤだ」

「本当に……、てちにばかりこれ以上負担欠けるようなことしてられないんだから」


上村莉菜、米谷奈々未もまた相談をした・相談を受ける立場としてそれぞれ友梨奈という大切な存在を強く認識をしていた。


「てちこがいなくなったら、ますます私が最年少とか言われちゃうんだから」

「それは置いといてもいいんじゃ……」

「友梨奈ちゃんが……いなくなるのは嫌だ」


原田葵の言葉に抑揚のない言葉で突っ込む長沢菜々香と、はっきりと告げる渡辺梨加。


「みんなの気持ちは一緒だね」


長濱ねるは、みんなの言葉を聞きながら、正面にと立つ菅井友香を見た。


「ありがとう、みんな」

「よし!決まったなら、明日の手順を再確認して、てっちゃんの前に犯人が近づけないようにするよ!」


守屋茜が拳を突き上げてメンバーを鼓舞する。

こうして、全員で平手友梨奈を守るための作戦が練られることになった。

茜は明日の握手会会場の、見取り図を取り出してレッスン室の床にと置く。

それを取り囲むようにしながら、メンバーが集まっていろいろと話しだしていた。

その様子を見つめる未来世界の友香。


「なんで最初から言ってくれなかったの?」


現在世界の友香が問いかけた。

未来世界の友香は、その問いかけを聞きながら静かに笑う。


「さっきみたいに質問責めされるんじゃないかとか、こんな事件言い出したらみんなのファンへの対応とか変わっちゃんじゃないかなとか

そう……いろいろ考えてたんだけど、正直なところはね、怖かった」


友香は友香を見る。


「私達を、私達が受け入れてくれるかが……怖かった」


自分達が二人になったと言って騒いでいる私達以上に、もう一人の自分達も同様に怖がっていた。

受け入れられるか……うまく仲良くなれるかということに。

こうして一緒に協力していくには、仲良くなるのは信用されるようになることが大前提である。

だからこそ、彼女たちもまた必死になって仲良くなろうと努めたのだろう。


「ふぅー……嫌いになるわけないでしょ?自分を」

「だって!」


未来世界の友香は、最初に出会った時のメンバーのそれぞれの反応を聞いていた。

だからこそ、皆、戸惑っていたことを知っていたのである。


「それは最初はびっくりするけどね、でも……」

「でも?」

「自分を嫌っても、そんな自分を私達は受け入れるしかないんだから」

「……うん」


うつむく未来世界の友香を見ながら、現在世界の友香は身体を寄せる。

触れ合う身体に、未来世界の友香が現在世界の友香を見る。

重なり合う視線。

現在世界の友香は、未来世界の友香の手を握った。


「どうせ、私のことだから、友梨奈がそうなったのは自分のせいだって思ってるんじゃないの?」

「はあ……私自身には隠せないな」

「自分を責めないで……友香のせいじゃない」

「ありがとう……友香」


友香たちは顔を見合わせて微笑み合う。

その日の作戦会議は、日を跨ぐまで続けられた。

過去と未来の欅坂46メンバーは今という時間を変えるために、協力する。




……そして、彼女たちは運命の日を迎えることになった。




2017年6月24日

場所:幕張メッセ

欅坂46握手会開催……。


多くのファンが押し寄せる中、アルバイトとして招集された警備が荷物チェックを行っている。

AKBによる握手会襲撃事件後、厳重な警戒を敷いているという誇大広告が、かえって全ての人間を油断させる原因となった。

安全になった……もう事件は起こらないと言った土台のない安心感。

アイドルと呼ばれるも、それはまだ年齢20にも届かぬ少女ばかり。

拝金主義の大人たちは、彼女たちを守ろうとはするものの、それは商品としての彼女達であり人間としての彼女達ではない。

アイドルが大量生産されるようになった日本という異常な文化は、アイドルとしての価値を逆に低くしてしまっていた。

そして、身近になりすぎてしまった偶像(アイドル)は、

結果、その偶像に囚われてしまった人間さえ無視をすることとなる。

アイドル・ファン……感情を持つ人間を人間として見ることなく、アイドルはただの商品流通システムと化した。


それがどういう副作用を生み出すことになるのか。


人は……いまだにそれに気が付かない。


襲撃した犯人は、平手友梨奈が好きであった。

ただの好きではなく熱狂的で一方的な好意を抱いていた。

握手会などで参加をして話をすることで疑似的恋愛を抱くようになってしまった可能性があることは捨てきれない。

会って、話して……それは偶像とは言えない。

一般人の距離感と変わりない。

だからこそ、人は誤解をしてしまう。


「事件を起こせば同情が集まる」……事件後、犯人はそう供述をしている。

ネットによる誹謗中傷を止めたかったとも告げている。


そこにはもはや偶像という名前ではなく、商品流通システムという言葉にアイドルが置き換わったということなのだろう。



時刻19時……。



「時間が勝負だから、なんとしてでも犯人を見つけ出して」


守屋茜が全員に告げる。

握手会は都度実施をしているため、

休憩中メンバーとそして分裂をしているもう一人のメンバーが変装をして握手会会場を散策する。

勿論、自分たちの身も危ないのは重々承知している。


「背の高い土生ちゃんとおだちゃんを主軸にして見つけていこう」

「手分けして見つけたらすぐに連絡して」


齋藤冬優花、米谷奈々未が各散策チームの隊長として展開される。

大勢の人がこの後のライブを見たいという人間も多く待機している。

だからこそ、警備も杜撰になり始めていた。


「んー見つからない」

「絶対にどこかにいるんやから、頑張らな」


上村莉菜がぼやく中、励ます小池美波。

彼女たちは写真を手にしながら、犯人を捜す。


「時間がない!」


佐藤詩織が時計を見ながら告げる。


「でもこの時間ならてちのレーン近くに向かっていると思う」


尾関梨香がつぶやく中、尾関の腕を引っ張る渡辺梨加。


「なに?」

「あの人……」


それは、平手友梨奈のレーンにと向かっている犯人の姿であった。

荷物を背負って向かう男の姿を見つけた尾関は、すぐに平手友梨奈のレーン付近で待機していた警報装置組に連絡をする。


「見つけたよ!奥から黒バックの男」


それを聞いた守屋茜は、頷いて後ろにいる原田葵・志田愛佳・渡邊理佐の方にと振り返った。


「お願い!」


三人は頷いて、犯人の近くまで行くと、一気に声をあげる。


「「「きゃああ!!」」」


発煙筒を持った犯人近くで深く帽子を被り変装をした原田葵・志田愛佳・渡邊理佐が声をあげた。

けやかけで大声選手権で勝利をした選抜チームによる、悲鳴を上げたことにより、犯人を握手レーンに近づく前に捕まえるというのが作戦であった。

犯人は突然の悲鳴に驚きながら、手に持っていた発煙筒をどさくさ紛れに投げつける。

だが、それは、平手友梨奈のレーンからは程遠かった。

発煙筒から煙が上がり、周りのお客さんが騒然とする中、犯人は逃げようとする。

そんな犯人の前にと立つ守屋茜。


「逃がさない」

「!」


犯人は逃げようと中央突破を試みるが、その犯人を茜は背負い投げで床にと打ち倒す。

身動きを封じた茜の前にと駆け寄る警備員。

茜は後を、警備員に任せてスマホを手にする。


「無事犯人を逮捕」


彼女はラインを送り、一つ息を吐いた。

全てのことには意味がある……もしかしたらこの時のために自分は柔道なんかやっていたんだろうか。

茜はそんなことを思った。


「「やったね」」


一部始終をラインで見ていた二人の菅井友香は、ハイタッチをしながら、事態解決を喜んでいた。

友香は握手会を途中で体調不良を理由に同時間帯の部をキャンセル。

いさというときに、平手友梨奈の握手ブース付近で待機していたのである。

二人は友梨奈の元へと向かった。

これで、友梨奈は守られた。

友香たちは、笑みを零しながら、友梨奈のブースにと足を踏み入れた。


「「友梨奈~~」」


そういって声をかける菅井友香たちの前……。

平手友梨奈の姿が二人の友香の目に入った。

だが、そんな平手友梨奈は、その場に立ち尽くしていた。

友梨奈を背後から抱きしめながら、その握った手には光るナイフが握られている。

呆然とする友梨奈。

そして、背後で彼女を抱きしめているのは……黒髪で長い前髪、そしてショートヘアー。


「嘘……、あなたは」

「……友梨奈?」


自分にとナイフを向ける少女。

それは未来世界の平手友梨奈……彼女は無表情で、ボブの友梨奈にと凶器を突きつけていた。




「……」





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