第88話【夏休み 手に入れたサイン】


 ふふ、色々とあったけど、本当に最高だな.......。

 先生のサイン........。ふふ

 俺の顔まで書いてくれて.......一生の宝物確定だ。


 そんなことを考えている俺は今、渋谷さんからもらった加瀬先生のサイン色紙を眺めながら帰りの電車に揺られているところ。


 あー、ほんとずっと見てられるな......これ。

 笑みが自然と顔から滲みでてしまう。止まらない。

 

 マジで感謝だ。渋谷さん。


 興奮しすぎて今日は多分.......眠れないな。


 「ふふっ、間宮健人。今日は楽しかったわね。って本当にその作品が好きなのね。まさかあなたがそんな笑顔を私に見せてくれるなんて。ふふっ」


 「あぁ、ありがとう。」

 嬉しすぎてやばい........。 


 って、渋谷さんもすごい笑顔だな.......

 彼女にも何かこの後にいいことが待っていたりするのだろうか?


 あぁでも本当に最高。天にも昇る気持ち。


 「........。」


 .........た、ただ、さっきから思ってたけどちょっと近すぎないか?

 距離が......。

 座席の空きにはかなり余裕があるのに、そ、そんな密着して座らなくても.......ちょっと肌があたってその........  


 「でもあれから私も読んでみたのだけど、確かに面白いわね。普段あんまり漫画は読まないんだけど、気が付いたら最新刊まで読んでしまっていたわ。」

 

 「え? よ、読んだのか。」

 渋谷さんがあのホワイトギャンブラーを?


 「ええ、私は特にあの主人公の隣にいる子分みたいな男の子が好きだわ。初めは駄目駄目だけど、主人公の隣で色々と頑張っているうちにいつの間にか彼もすごく頭がキレるかっこいい男に成長するのよね。」


 「お、おお。そうなんだよ。そ、そうか。あの男の良さがわかるのか。」

 こ、これは本当に読んでいるな彼女。しかもちゃんと。かなり意外だな。


 「ええ、昨日の夜も読んでて夜更かししちゃったわ。だから全然眠れてないのよね。」


 「お、おお。気持ちはわかる。ついつい時間を忘れて読んでしまうよな。」


 「ええ。でもまぁ.......今日のことが楽しみで寝られなかったって感じでもあるんだけどね。ふふっ」


 彼女はそう言ってまた俺の目をじっと見ながら微笑んでくる。


 あぁ、やっぱりこの後何かあるのか。

 ほんと嬉しそうに笑ってるもんな彼女。

 俺も十分満足したし、彼女にも楽しんできてもらいたいものだ。


 それにしてもやっぱり本当に最近表情が豊かになったよな........。

 ちょっと前までは気が強そうな凛とした表情しかしらなかっただけに......まだ彼女の笑顔には少し違和感を感じてしまう。

 まぁ悪い意味ではないんだけれど。


 とりあえず学校でもずっとそうやって笑っていればいいのに.....


 「だ、だからちょっとだけ眠らせてもうわね。いいかしら?」


 あぁ、全然大丈夫だ。起こしてやるからゆっくり寝てくれ。

 「あぁ、大丈夫だ。」

 俺はまた先生からのこのサインにゆっくりと浸らせてもらうとするか。


 「あ、ありがと。じゃあ、ちょっとだけおやすみさせてもらうわ。」


 「あぁ。ごゆっくり」


 って.........え?


 いや、ちょ、え?


 な、何してる.......?

 俺の肩が少し重く......な、なんで。

 

 そう。何故か彼女は今、俺の肩に寄りかかって目をつむっている......。

 

 え?

 「し、渋谷さん?」


 反応がない......。

 え、もう寝た?はやすぎない?

 少し彼女の肩を揺らしてみるが、それも反応がない.....。


 いや、え......。

 どういう状況だよこれ。


 こ、こんなところ学校の誰かに見られたら.......。

 

 ちょ、あ、駄目だ。何故か動かせない。

 でもこれ以上力を入れるのもあれだし.......。


 「.......。」

 え、まじかまだ結構下車まで時間があるぞ......。


 ず、ずっとこのまま.....え?

 ちょっと、え、嘘だろ.......。

 って、す、すごくいい香りが彼女から......。


 ちょっとこれは身体が.......。

 

 ブッブルブルブルブブブブブブルブルブルッ


 って、あれ? 着信?


 珍しいな俺のスマホに着信.........。

 そんなことを思いながらゆっくりとジャージのポケットから震えているスマホを取り出す俺。


 そしてその画面には、でかでかと『山本サヤ』という文字が浮かんでいる。


 山本か........。

 どうかしたのだろうか。

 とりあえず今は電車の中にいるからメッセージで対応するしかない。


 『どうかしたか? 電車の中にいるからすまないが電話はとれない。』


 『そうなんだ。やっぱり今って渋谷さんと一緒にいるのかな?』


 『あぁいるけど。』

 いるけどなんでわかるんだ.......。


 って、あれか。テレビか.......それしかないよな。うん。

 見てしまっていたのか.......。

 

 『テレビか。』

 『うん。まぁそんな感じかな........。』


 「.......。」

 やっぱり.......。


 『ちなみに何の番組?』

 『ピルナンデスだったと思う。』


 「.......。」

 まじか......あのお昼の超人気番組に。

 まじか......。


 『ところで、その..........何で渋谷さんと一緒に海に?』


 なんで.......?

 それは加瀬先生のサインがもらえるし........。

 でも山本は絶対知らないよな。『ホワイトギャンブラー』


 『まぁ色々あって。』

 うん。色々あって。でもそうか。まさか【ぴるおび】に......。

 やばいな.......やっぱり結構皆見てるかも。でもそれでも榊たちは見てないよな。あいつ等はさすがに情報番組は.....な。それによくよく考えたら、他の人たちも普通はお昼は.......。

 

 『い、色々? その色々をちょっと詳しく教えて欲しいかな.......。』


 って、詳しく教えて欲しい? な、何でそんなのを彼女が気になるんだ......。

 まぁ、別に全然教えられるけど。


 『そ、そういう関係とかではないんだよね......彼女とは』

 え、そういう関係?


 『そういう関係?』

 ん? 


 『いや、その......恋人とか。』


 は?


 『そんなわけないだろ。絶対ないだろ。』

 な、何を言ってるんだ.......。俺と彼女がそんなことがあるわけないだろ......。

 何度も実感させられるが、生きている世界がまず違う。

 

 『ほんとに?』


 「.......。」

 尚も俺の肩には彼女が寄りかかっている.....。


 『当たり前だろ。何でそんな嘘をつかなければならない。』

 あ、当たり前だろ。


 『そっか。良かった。ところで今電車ってことはこのまま家に帰る感じかな?』

 『うん。そうだけど。』

 ......良かった?


 『ならこの後、ちょっと会えないかな?』


 え、この後? 


 って、あ


 『おい、ケント。また私に黙ってなにしてくれてるネ。明日じっくりと話をきかせてもらうからナ。覚悟しておくネ。まさかとは思うケド彼女とはそういう関係にはなってないよナ.......。』


 リンリン.......って、またそう言う関係って。

 だからそんなわけがないだろ。何度もいうけど俺だぞ......リンリンまで一体どうした。

 それに覚悟って何を.......。


 って、うお


 『けんちゃん。あの美人な女の子は誰かな? ちょっと詳しく教えて欲しいなー。もしかしてあの子も私のライバルなのかな?』


 ひ、柊さんまで.......。

 なんで芸能人が一般人のlineにそう何度も......い、いいのかよ。


 そ、それにライバルって何だよ......


 「........。」


 「ん?間宮健人。誰かとlineでもしてるの?」

 

 「ん、あぁ何か色々と......。」

 いきなり連続でlineが......。


 って、もう起きたのか。

 さっきまで全く起きてくれなかったのに。 

 まぁ起きてくれた方が俺的にはいいんだけど。


 気が付けば彼女の顔が俺の顔のすぐそばにある光景。


 「ふふっ、間宮健人。わかってると思うけど......デ、デート中は他の女の子との連絡は駄目だからね。」


 え? って近い、本当に顔が近すぎる.....ってデート中?


 「デ、デート中?」

 な、何を言っているんだ?


 それに起きたのに何故そのまま俺の肩に彼女は頭を.......。

 

 「そうよ。うん......デート中。だ、だから駄目なのよ。間宮健人は私に夢中になってくれないと........」

 そう言って俺のことをそのまま至近距離から上目遣いで見つめてくる彼女。


 む、夢中に? な、なにをいきなり.....。


 「と、とりあえずその、あの、頭を........」


 ほんとにこのままだと心臓が.......。

 勘違いをするつもりはないけど.....さすがにこれは。


 「ふふ、何? うん......デートだからこれでいいのよ。」


 「で、でも他の人も見てるし.......。」


 って、またデートって.......。

 一体何を彼女は......。


 「ふふ、私は何にも困らないわ。」

 気が付けば、また俺に向かって彼女はそう微笑んてくる。


 彼女らしくない.......いい意味で小さな少女のような笑顔を俺に。

 真っ赤な顔で.......。


 な、なんだよその表情.....

 

 「ま、間宮健人は嫌........?」


 え.........。

 って、今度は何だよその質問は......

 し、しかも何故かさっきより更に顔が赤くなってる?


 「い、嫌ではないけど.......でも」


 「そ、そっか....ならもうちょっとだけお願いするわ。」


 「........。」

 え?


 い、いやまじで、な、なんでそうなる。

 なんだよ。この状況.......。


 お、おかしいだろ.....。


 こ、これじゃあまるで本当に......


 そしてさっきしまったスマホが、またポケットの中でずっと震えているのは気のせいだろうか......。


 いや、気のせいではない.....はず。


 このしつこさは......おそらく彼女からだ。


 でも、とりあえずこの状況はどうすれば.......。


 く、クーラーかかってるよな。電車だもんな。

 

 でも......暑い。い、今も彼女の身体が俺に.....。


 ほんとに何なんだ.......。


 し、視線も......やばいし。


 って、まだ鳴ってる.......。


 ど、どうしようか.......。



_____________________________________


いつも読んでいただきありがとうございます。

「彼女いない歴=年齢の小早川くん」も更新しましたのでお時間があれば。

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