おはよう リトル
たかや もとひこ
第1話 はじまり
「モトヒコ君!」
ちえ子先生の一言で、5年2組のクラス中がどっと笑った。
あぁ最悪。今日は何度目だろう、また先生に注意されてしまった。しかも気になる存在のイクミちゃんまで、ボクを笑ってるなんて……。
でも、ぼーとしてるからっていう先生の指摘は間違いだ。ただ、いろいろ考えなくちゃならないことがあったから。だから少しだけ授業に集中できなかっただけ。まぁ、元はといえば、ボクが叔父さんの大切な研究標本をあやまって壊してしまったのが原因なんだけど……。
*
ボクの
その週の日曜日、ボクは母さんに頼まれて、そんな叔父さんの仕事場までお使いにやってきた。日曜日なのでインターホンを通じて守衛さんに裏門の鍵を開けてもらい、中に入って自転車を停める。そして広々としたグランドを、てくてく横切ると3階立ての古い建物が見えてくる。その中に入り、階段を上がって長い廊下を一番奥まで進んでいくと、そこが
「叔父さん、こんちは」
「よう、モトヒコか。よく来たな」
部屋の中は相変わらず足のふみ場もない。大きな窓も日の光を取り込むのにひと苦労といった感じに本や資料にふさがれている。まるでゴミ屋敷だ。
「やぁ、モモ」
部屋のすみに置いてある古いソファの上では、
「
ボクは
「そうか。『ありがとう』って、姉さんに言っといてくれ」
「日曜日なのに仕事?」
モモの横には、くしゃくしゃにした毛布が小山のようにかためてあった。
「あぁ。実は研究用に新しい地質標本が太平洋から送られてきたんだ」
「えっ、太平洋? それって海じゃん。そんな所に土なんて」
「正確には海の底。深海の地層さ。オレも初めて見るとても珍しいものなんだぞ」
「すごいや!」
「伝説の古代ムー大陸の秘密がわかるかもな」
まったく、昔から
「ねぇ、見せてよ」
「ダメ、ダメ」
「ちょっとだけ」
「冬前には隣町の国立博物館に展示されることになってるから、そのときに見るんだな」
「それまで待てないよ」
「これはすごく貴重な標本なんだから、ダメって言ったら、ダメだ」
「なぁんだ、つまんないの。ちえ子先生の様子を教えてあげようと思ったのに」
「えっ! ち、ちえ子先生の……」
「知りたくないの、最新情報だよ。スマホやコンピューターなんかじゃ、調べたって、わかんないよ」
「大人をからかうなよ」
ボクは別に
「最近、髪を切ったよ、先生」
「えっ、髪を切ったのか……」
ボクの言葉に、
「ねぇ、なに? どうしたの?」
「んっ……いや、なんでもない」
「本当かなぁ。あっ、そういえば、また理科の実験をしてもらえたら
「なんだって。『また出前授業をしてほしい』って?! そ、そうかぁ」
「また、会えるね」
「な、なに言ってんだ。そ、そうだ。標本だったな。じゃぁ、ちょっとだけだぞ。大切にあつかえよ」
よし、作戦成功!
「これなに? 宝石かなにか?」
「いやちがうな、たぶん。正確なところはオレにも、まだわからないよ」
「専門家でもわからないことがあるんだ?」
「だから研究する価値があるってことさ」
「すごくきれいだね」
ボクは、その青白い光に見とれていた。いや見とれすぎていたのかもしれない。だから、突然、大きな音で鳴りだした机の上の目覚まし時計に驚いたモモがボクにぶつかってきたとき、標本が詰まったガラス容器を思わず床に落としてしまったんだ。
ガッシャーン!
派手な音がした。そしてガラスが割れた瞬間、小さな青い宝石も砕けて、中から小さな青白い煙がぱっと立ち上った。
「ごほっ、ごほっ。叔父さん、ごめんなさい……」
ボクの失敗。
青白い煙を吸い込み、せき込んだボクの横で叔父さんはただただ立ちつくしていた、壊れた地質標本をぼう然と見つめながら。
*
「モトヒコ君。ちゃんと聞いてるの?」
「えっ。あっ、ごめんなさい、ちえ子先生……」
クラス中が、またどっとわいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます