第37話 奴隷
本来この場面は俺がビンタをもらうところなのだがティアは俺じゃなく後ろにいる雪奈を見て固まっている。
「せ、雪奈。とりあえず俺たちは出よう。ティア、悪かった。着替えたら教えてくれ」
「……うん」
外に出て待つこと5分、扉が開いていつものローブを被ったティアが出てきた。
「あの、こちらの女性は?」
「俺の……妹の雪奈だ」
「初めまして、でいいのかわかりませんがスノウこと雪奈です。よろしくお願いします。ティアちゃん」
「はい……タクマ様の奴隷のティアです」
「ティア、マルグレットさんが食事の用意ができたから呼んでくるよう言われたんだ。夕食のあと話があるから俺の部屋に来てくれ」
「わかりました」
誰の目にも明らかにティアの表情は絶望に満ちていた。そして夕食に向かう廊下でもティアは必ず俺達の後ろを歩き、食堂に着いても俺が座るように言うまで立ったままだった。
このどんよりとした空気に耐えかねたのかマルグレットさんは話題を振ってきた。
「スノウ君の中身がこんな綺麗な女性だったとは驚きだな」
「隠していてすみませんでした。中々言い出すことができなくて……」
「ふむ、まぁそれはそれで一悶着あったようだな。若いっていいものだな。しっかりと悩み抜いて結論を出すんだぞ。タクマ殿」
「えーっと、このあと話し合うつもりなので……」
「そうかそうか!っで、明日になるべく引きずらないように頼むぞ」
「へ?明日?もしかしてロルフの補助の件ですか?」
「別にすることもないだろうから良いだろう?それにあのワガママジジイのことだ、タクマ殿が依頼を受けないと絶対に昇格させないだろう。好かれたようで良かったじゃないか!ハハハ」
もうここじゃなくて東の都市国家で活動したくなってきた……。
こうして黒い霧がかかったような食事が終わり、部屋で待ってるとコンコンとノックが鳴った。
「どうぞ」
「来ました。……タクマ様」
やはりティアは雪奈がいるから兄とは呼べないのだろう。
「ティア、お兄ちゃんと呼んでくれないのか?」
「セツナ様がいますので、奴隷の私は分を弁えるべきかと……」
きっと俺が”命令”すればいつものように呼んでくれるだろう、だがそれは違う気がする。意思をねじ曲げてでもやることじゃない。
「頼む、俺はお前も妹として……」
ティアが俺の言葉を遮るように大声をあげた。
「私が奴隷だからですか!可哀想な奴隷だから施しのつもりなんですか!私には家族がいません。勇者の伴侶として製造される神の子ですから!せっかく家族ができたと思ったのに……なんで今更あの人が出てくるんですか!!」
それはティアの心の叫びだった。ライラ護衛の際にロルフからある程度は聞かされていた。勇者の伴侶……異世界人のサポーター、それはきっと世間からすれば名誉なことだろう。だが、本人たちにとってはどうだろうか?自由な生き方もできずに使命である勇者も来ない……おまけに裏切りの一族として世界の端っこでひっそり暮らす毎日。
いつからなのかわからないが、灰色の尖兵にすら狙われる始末……。
───でも
「ティア、聞いてくれ……。俺はお前に救われたんだ。一人になって初めて自分が孤独に弱いことに気づいちまった。ティアに会ったとき俺はすでに折れかけてたんだ……ティアは俺を抱き締めてワガママも聞いてくれた」
「そ、それは奴隷だから……」
俺はこの女性を抱き締めて本音を伝える。それは嘘偽りのない真実。
「きっかけはなんだっていいんだ。あの時あの瞬間に俺が救われた、だから俺もティアを救いたい」
俺はティアの奴隷の証であるチョーカーに触れる。普通の主人であれば絶対にしないであろうこと俺はしてみせる。彼女を信じているからだ!
「俺は……異世界人なんだ。だから世界救済の報酬にティアをいただく!そして元の世界に帰ったら、家族になってほしい」
「……ッ!───はいっ!」
このまま解放してもティアは雪奈に遠慮するだろう。だから俺は絶対的な理由として『勇者枠』であることを明かした。
そして俺はティアに影響がでないようにチョーカーに毒を付与して破壊する。
ティアは涙を流して俺の肩を濡らした。そして正面から向かい合う。
「あの……不束者ですが、よろしくお願いします。……私の勇者様」
俺とティアの唇がそっと重なる。
少し経ってお互いの顔が離れ、ティアは顔を赤くして微笑む。
「えへへへ、お兄ちゃんありがとう。今日は戻るね!おやすみなさい」
──ちゅ
最後にティアは俺に軽くキスをして出ていった。俺はふわふわとした余韻のまま月を見ようと窓見る。
ああ、これじゃ月は見えないな……まぁ、当然だろう。
窓が凍ってるからな。
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