第四章 春の嵐

22. 守り刀

 長かった一日がようやく終わって、次の朝。


 朝はもちろん五時から掃除だ。

 今日も寝ぼけるのどかをたたき起こして、着替えて、気持ちのいい一日の始まり!


 朝日がのぼりきる前の境内には、今日も氏子さんとスズメがいっぱいだ。


 と、その中に昨日会った金髪色黒セーラー服のお姉さんを見つけた。


 お姉さんは、鳥居にもたれかかって、ぽろろろんと木製の楽器を弾いている。


 その楽器は教科書で見たことがあるような気する。

 音楽の教科書ではなくて、社会の教科書で。


 そうだ。思い出した。琵琶だ!


 どうしてまたお姉さんはそんな古風な楽器を弾いているのか。

 というか持っているのか。

 お姉さんの謎は深まるばかりだ。


「おや、しずかちゃん。おはようです」


「おはようございます。えっと……」


「オレンジのメガネかわいいです。ちゃんと買ってもらったですね。感心感心」


「アドバイスありがとうございました。いや、そんなことよりですね」


 ぽろろろん。


「……何でもないです」


 こっちに来てから、学ぶことが本当に多い。

 本日最初の学習。不良中学生は朝早くから神社に座りこんで琵琶を弾く。




 朝ごはんをいただき、授与所の前を竹ぼうきで掃いているときだった。


 社務所から出てきたみちるさんがわたしたちを呼んだ。


「さっきニオちゃんから電話があったわよ。今日午後になったらうちに来ないかって。せっかくだから行ってらっしゃい。出かけるときはこれを持っていくように」


 みちるさんが小さな木の棒を取り出した。長さは定規くらい。


「何これ?」


「守り刀よ」


 みちるさんがさやを外すと、鈍い銀色の刀身がぎらりと光った。


「おおー!」


 みちるさんから守り刀を受けとる。小さくて軽いけど、不思議と心強い。


「これで不審者を刺すのね!」


「刺さない!」


 さっそく取りあげられた。


「のどか、あんたが持ってて」


 のどかは守り刀を受けとり、刀身を空にかかげた。


「銃刀法違反で捕まらない?」


「刃はついてないからだいじょうぶ。あくまでも祭具だから」


「それで何を切るの?」


神気かむきよ」


「神気って切っちゃっていいの!?」


 みちるさんがうなずく。


「神気のむすび目はね、きれいなものばかりと限らないの。ときにはぐちゃぐちゃにからまっていて、切って御解みほぐししないといけないこともあるわけ」


「刃がなくても切れるの?」


 と、のどかが刃先を見て首をかしげる。


「ええ。道具としての機能は重要じゃないの。御解しも御寧みやすめも、あくまで人がおこなうものよ。祭具はその手助けをするだけ。大事なのは道具としての意味。刀や剣は古来より切るもの、鎮めるものだった。それが大事なの」


「なるほど」


 のどかがうなずく。


「ということで、しずか」


 みちるさんがわたしの両肩に手を置く。


「守り刀はのどかに預けるけど、魂鎮たましずめのときにはあんたが使うの。まちがっても振りまわしたり、のどかを刺したり、木の枝を切ったり、のどかを切ったり、みずうみに投げたり、のどかを削ったりしちゃダメよ」


「……はい。よくわかりました」


 みちるさんがわたしをどう思ってるかがね。


 この言われよう。さすがにちょっと自分のおこないをかえりみるよ。

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