5-4

「そうですね……先ほどの、『元の世界に帰れない』という話を、もう少し分かりやすくお願いできますか?」


「ふむ、そうじゃのう。お前さんの『体』が無いから、帰れんというのが結論じゃ」


「体が、無い……」


「お前さんのその体は、魔力で作られた仮の物。母親から生まれたはずの本物は、もうどこにも無い。魂……今は便宜的にそう呼ぶが、それだけを元の世界に戻してやることは可能じゃ。じゃが、その先で肉体が生成できない限り、お前さんは空気中をさまようことになる。無論、体が無いのだから、意識もなく動くこともできん――――つまり『死』と変わらんのじゃ」


「……」


「ショックか?」


「まぁ、そうかもしれませんね。そもそもあまり実感が沸かないというのもありますが」



 もう戻ることができない。この体は本物ではない。この二つの事実を目の前にしても、変に心が落ち着いている。当初の目的が潰れたはずなのに、なんだか呆気なく飲み込んでしまった。薄々勘づいていたことだからだろうか? 改めて言われても、覚悟ができているのと同じ状態だったのかもしれない。



「私は、この体になってから妙な現象が起きました。まず、私の年齢自体は二十八だったはずなのに、一番初めの肉体年齢は十歳でした。その後、十五歳の思い出をとある人物に語ったところ、今の……十五歳の体に変化しました。これらから何か、分かることはありませんか?」


「……いや、何も。肉人形の年齢は、その人間の最も使い慣れた年齢なるように設計されているはずじゃが、お前さんの話を聞いている限り、そんなことはなさそうじゃからの。これは一種の『欠損』かもしれんのう」


「欠損……」


「ミスってやつじゃ。大賢者が無理やり一つの魔法陣にねじ込んだ魔法だから、どこかミスったのじゃろう。だから、法則性はよく分からん。ただ、思い出を語るというのがトリガーであるならば、あんまりネガティブなことを考えると、死ぬかもしれんから気を付けなさいな」


「分かりました」



 俺の精神状態がトリガーとなる……でも、あまりそれは的確とは言えない。現に俺は大人だった時の思い出をガンガン思い出しているが、体はあまり変化していない。思い出の総量で言えば、大人の時の方が圧倒的に多いのだが。それに、『一番使い慣れた』を基準にするなら、この体と使い勝手はあまり変わらないが『二十歳超えたあたり』が妥当なはずだし。



「そういえば、大賢者や混沌邪神龍のことを知っているようですが、どこまでご存知なんですか?」


「……別に、大した話じゃないがの。混沌邪神龍が暴れて、それを転生者である大賢者が封じた。あとは、その大賢者の築き上げた魔法理論が今の第三類魔法学の元になっておるということと、大賢者はもともと幻魔によって転生させられた人間であること……それぐらい」


「邪神龍については?」


「当時、幻魔が戦争を仕掛けていた相手を壊滅させ、初めは幻魔から崇拝されていたが、後に自分たちも襲われるようになり、そんな名前が付いた。奴の出所は分からずじまいじゃが、幻魔の敵国の文明……つまり『古代文明』を見る限り、そこの生物兵器なのではないか、という説が有力じゃの。まぁ、全てを破壊し、混沌を導いた伝説の邪神龍だから、その辺の文献がすべてすっからかんなのが現実じゃ……というかお前さんの方がワシよりも詳しいはずじゃろ?」


「ええまぁ。今は一緒に旅をしています」


「ほう。ということはお嬢ちゃんが?」


「いえ、こいつは違います。紫の髪の女の子で、ディアケイレスという名です。今はちょっとした事情で別行動をしています」


「ということは、だいぶ穏健になったようじゃのう。なるほど、大賢者、詳しく言えば『奴の魔法』に選ばれた人間の事だけある。お前さんは相当優しいのだろうな」


「……いえ、私は、『念力』が使えまして。それもちゃちなものではなく、使っていて限界が見えたことがありません」



 そういうと俺は、紅茶の入ったカップを持ち上げて見せた。エミーは特に驚きはしなかったが、顎をしゃくり、何かを深く考え込んでいる。



「面白いのう。魔力とは違う力の感覚……これで飼い慣らしておるのか」


「まぁ、そうですね。というか、話の本題はこれなんです」


「……というと?」


「昨今のアンラサルの状勢は、最悪だということは身に染みて感じていることだと思います」


「そうじゃな。最近は『内戦が起こりうるかも』とかいうやばい状況だから、そろそろ子どもたちを避難させねばと思っておったところじゃ」


「私は、この力をどうにかして役に立てたいと考えています。でも、使い方が分かりません。仮に内戦を食い止めたとしても、国が疲弊している事実は揺るがず、刻一刻と命は失われていきます。何か、いい方法をご提案頂けないでしょうか?」



 エミーの微笑みが唐突に消えた。こちらに向けられていたはずの視線が、どこか空を眺めてぼんやりしている。そして、軽く息を吐き出すと、頬杖を突き、ぽつりと呟くように話し出した。



「お前さん、そう思ったのは今回が初めてじゃろ?」


「……つまり?」


「今までは人のために使うことは無かった……もしくはほとんど無かった。そのはずじゃ。さっきのワシの邪神龍の話を聞いて、眉をピクリとも動かさんかった。即ちディアケイレスという奴の過去を知っていて、それを『許容』しておったの? つまりお前さんは、『正義への執着』が薄い。普通『力を役に立てたい』と本気で思ってきたならば、ディアケイレスの過去を知った時点でとっくに殺しておるはずじゃ」


「……ディアケイレスを殺せなかったのはもっと簡単な理由です。『可哀想だったから』です。私には見えていないんですよ、過去の人の痛みや苦しみ、悲しみは」


「『自分が活躍することは人々の為にならない』、そう思ってはおらんか?」


「……」


「別に、叱っとるわけじゃない。寧ろ逆じゃ。もしさっきの言葉通りなら、ワシと似たような考えの持ち主なはずじゃから」


「似たような、とは?」


「……ワシの昔話、聞くか?」


「是非」

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