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「……ディアさんたちの知力賢力の数値を教えていただけませんか?」


「吾輩が150・110、モトユキが50・130、ミヤビが50・115だったはずだ」


「基準は?」


「30・90が一般人」


「……ディアさんの知力が異様に高いですね」


「昔はたくさん勉強させられたからな。今は使い物にならない学問を」


「興味ありますが、今はおいておきましょう。いつか話してくださいね」


「……分かった」


「あと特筆すべきなのは、モトユキさんの賢力130。何となく理解はできますが、確かに、モトユキさんの脳の性能自体を考えると……やはり漠然とした『物差し』をどれにするかが立ちはだかってきますね」


「計算の速さではないな。ここでそれを特定できるわけじゃないが、『傾向』は分かる」


「傾向?」


「そもそも幻魔がどこへ向かっているのか、という話と関係がある。奴らが何を目標にしているかどうかは知らんが、ともかくコーマとやらの思考プロセスと『近しい脳』が高く評価されるはずだ」





「それって……」


「――――





「そ、それはない話なのではないでしょうか!? だって、あのモトユキさんですよ? 私がロボットであるのにもかかわらず、気さくに接してくれる方が、そんな……」


「吾輩が学んだ精神科学では、人間には『他個体保存本能』が備わっていると解釈していた。これは幻魔の『浄化』という行為に反するが、それに反旗を翻す人間が幻魔にはいない……レベラーによる印象操作もあるだろうが、その裏にあるエーギルン市民の『利己・利他』に働きかける思想があんだろうな」


「……でも、まだそうと決まったわけじゃないですよ。あまりに早計過ぎる推測だと思います!」


「……否定はしない」



 ビルギットは得体のしれない不快感に襲われた。プログラムから、いくつもの危険反応を検出した……だけならよかったが、感覚的に虚無にいるはずの鉄塊が、確かに「感じた」のである。

 同時に、ディアケイレスが「伝説のドラゴン」であることを再認識更新する。ベッドの上に座る少女が、ただ淡々と、主人を否定する言葉を連ねるのだ。それも、とても少女とは思えない、口調と論理で。彼女にとってモトユキという存在は、実はそこまで重たいものではないのかもしれないと……どこか調子に乗っていた自分の目を覚ました。



「……」


「……どうしたんだ? 機械のくせに、苦しそうな顔をしている」


「いいえ、お気になさらず」



 この感情バクは何か。

 彼女は再び分析を始める。「ディア」のオブジェクトを書き換えただけなのに、そこにバグが生じている。元をたどると、とある一つの認識にたどり着いた。

 。この認識は、ホルガ―の死を確認した後に書き換わったものだ。でも、「自分で」書き換えた。そこに何も問題はないはずだった。彼の手となり足となり、任務を遂行する。ホルガ―に仕えていた時と同じように、ただそれだけのロボットになったはずだった。


 ロボットが人間に執着していた……。

 だから、モトユキを否定されたことに不快を覚えた。



「ディアさんにとって、モトユキさんとは何ですか?」


「……友達」


「トモ、ダ……チ?」



 私はビルギット。

 モトユキさんに使えるロボット。

 ディアさんとルルさんはモトユキさんの友達。


 私は?


 私は、モトユキさんにとって、何なのでしょう?

 ディアさんにとっては? ルルさんにとっては?


 私は……?



 コンコン。

 ビルギットの思考回路が堂々巡りになっていたところで、ノックの音が転がった。彼女がドアを開けると、そこには誰もいなかった。


 否、ちゃんといた。

 ただ、地面に這いつくばっていたから見えなかっただけだ。



「あ、あああ、あの!! ディアちゃん!! れ、れれれれれ、例の!! 『汗』を!!」



 月の光をそのまま塗ったような銀髪に、血を封じ込めた宝石のような瞳。そんな彼女が訴えるのは、どう考えても午後十一時に言うようなことではない。相当マニアックなオヤジでも、開口一番に「汗」を欲しはしないだろう。しかもその相手は、「龍」だ。



「ええ……!?」



 イブ・ゲルシュターだ。スパイのお姉さんモードが解けて、おどおどしたあの状態に戻っている。「お慈悲をー」とか言いながら、小さく丸まっている。どうしてもディアの汗が欲しいらしい。

 どう見ても変態だったが、すぐに追い出しはせずに、ディアの方を見る。ディアは特に興味が無いようだった。こちらを一度も確認することはなく、自分の思考に集中している。



「体温の著しい低下を確認。推定『衰弱』」



 よく見れば、体がカタカタと震えはじめている。やせ細った体は、デフォルトなのかどうかは分からなかったが、もしこれが今の状態と関連があるのなら危険な状態だ。ひとまず、暖かい部屋の中へ入れることにした。


 「一体何があったんですか」の「あ」まで発音しかけたとき、イブは人間とは思えない動きでディアの背後を取った。ビルギットのカメラで認識するのがやっとの速さで、吸血鬼の片鱗を見ることができた……のはさておき――



 ――――べろん。



 ディアの首筋を舐めた。

 時が止まったような感覚だった。恍惚な笑みを浮かべるイブと、目を見開くディアケイレス、更に目を見開くビルギット。彼女は、意味もなく高速な計算を繰り返し、状況を分析し、やっと出た答えは「やばい」だった。そう、「やはい」。とにかくやばい。ここら一体が吹き飛ばされかねない。イブの命は助けられないから、とにかくこの建物にいるほかの人間を救い出すことを、女子供優先で行動プログラムを構築。マップは叩き込んである。敵が攻め込んできたときのルート計算は完璧だ。最悪戦闘になっても、モトユキに気付いてもらえれば勝ちだから、イブ以外は誰も死なない。



「ごめんなさいイブさん、見捨てます」


「え? あれ、私はどこですか? ここは誰ですか?」


「……落ち着け」



 ディアはイブの胸ぐらを掴んでいたが、どうやら冷静なようだった。一番取り乱したのはビルギットで、ディアの声で思わずそこへ正座をした。なぜこの行動をしたのかは自分でも理解できなかったが、何かしらの恐怖を感じていたのは確かだ。



「急に舐められたからびっくりしたぞ」


「……え? ええと、え? ちょ、ちょ、え、ええええ?」


「落ち着けと言っている蝙蝠女」


「ひゃい!」



 親猫に首を噛まれた子猫のように、イブは大人しくなった。下手に彼女を刺激しないように、ディアはゆっくりと尋問をし始めた。



「何がしたかった?」


「ええと、ええと、記憶にございません。はい、本当に」


「お前の記憶はどこまで残ってる?」


「お、お腹が空いて、きき、気が付いたらここに」


「吸血鬼の末裔で、今は血以外の体液をもらっているらしいな?」


「ふい」


「それ以外では腹を満たせないクチか?」


「す、少しは満たせますけれど、けれど……ななな、何分もう一ヶ月くらい、に、人間の体液を摂取していませんでしたから」


「吾輩の汗にこだわる理由は?」


「せ、生命力に満ち溢れていて、すすす、素敵だった、だったからです!! です!!!」


「……んじゃ、少しの間なら、汗を分けてやる」


「えええええええ!? いいいいいいい、いいいいいい良いんですか!!??」



 それから就寝までの二時間ほど、ぺろぺろとディアは首筋を舐められ続けることになった。イブはその間、麻薬でも取り込んだかのような表情になって、上も下も右も左も分からないくらい幸せそうだった。そんな状況でも死ぬのは怖かったらしく、その細い首筋に嚙みついて血を吸うことはなかった。一方で、ディアは苦い表情をしながらも、「殺意」は一切見せることはなかった。


 二人ともかなり顔は整った方だったので、この光景は春画として売れそうだった。そんな狂気を孕んだものを見ながら、ビルギットはこう思った。


 自分自身の認識についての思考は後回しにしましょう。これが終わった後にしばらく時間はありそうですから、その時にモトユキさんとたっぷりお話しすればいいだけの話です。

 でなければ――――この人たちについていけませんから。

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