4-4
「……ディアさんたちの知力賢力の数値を教えていただけませんか?」
「吾輩が150・110、モトユキが50・130、ミヤビが50・115だったはずだ」
「基準は?」
「30・90が一般人」
「……ディアさんの知力が異様に高いですね」
「昔はたくさん勉強させられたからな。今は使い物にならない学問を」
「興味ありますが、今はおいておきましょう。いつか話してくださいね」
「……分かった」
「あと特筆すべきなのは、モトユキさんの賢力130。何となく理解はできますが、確かに、モトユキさんの脳の性能自体を考えると……やはり漠然とした『物差し』をどれにするかが立ちはだかってきますね」
「計算の速さではないな。ここでそれを特定できるわけじゃないが、『傾向』は分かる」
「傾向?」
「そもそも幻魔がどこへ向かっているのか、という話と関係がある。奴らが何を目標にしているかどうかは知らんが、ともかくコーマとやらの思考プロセスと『近しい脳』が高く評価されるはずだ」
「それって……」
「――――
「そ、それはない話なのではないでしょうか!? だって、あのモトユキさんですよ? 私がロボットであるのにもかかわらず、気さくに接してくれる方が、そんな……」
「吾輩が学んだ精神科学では、人間には『他個体保存本能』が備わっていると解釈していた。これは幻魔の『浄化』という行為に反するが、それに反旗を翻す人間が幻魔にはいない……レベラーによる印象操作もあるだろうが、その裏にあるエーギルン市民の『利己・利他』に働きかける思想があんだろうな」
「……でも、まだそうと決まったわけじゃないですよ。あまりに早計過ぎる推測だと思います!」
「……否定はしない」
ビルギットは得体のしれない不快感に襲われた。プログラムから、いくつもの危険反応を検出した……だけならよかったが、感覚的に虚無にいるはずの鉄塊が、確かに「感じた」のである。
同時に、ディアケイレスが「伝説のドラゴン」であることを
「……」
「……どうしたんだ? 機械のくせに、苦しそうな顔をしている」
「いいえ、お気になさらず」
この
彼女は再び分析を始める。「ディア」のオブジェクトを書き換えただけなのに、そこにバグが生じている。元をたどると、とある一つの認識にたどり着いた。
ロボットが人間に執着していた……。
だから、モトユキを否定されたことに不快を覚えた。
「ディアさんにとって、モトユキさんとは何ですか?」
「……友達」
「トモ、ダ……チ?」
私はビルギット。
モトユキさんに使えるロボット。
ディアさんとルルさんはモトユキさんの友達。
私は?
私は、モトユキさんにとって、何なのでしょう?
ディアさんにとっては? ルルさんにとっては?
私は……?
コンコン。
ビルギットの思考回路が堂々巡りになっていたところで、ノックの音が転がった。彼女がドアを開けると、そこには誰もいなかった。
否、ちゃんといた。
ただ、地面に這いつくばっていたから見えなかっただけだ。
「あ、あああ、あの!! ディアちゃん!! れ、れれれれれ、例の!! 『汗』を!!」
月の光をそのまま塗ったような銀髪に、血を封じ込めた宝石のような瞳。そんな彼女が訴えるのは、どう考えても午後十一時に言うようなことではない。相当マニアックなオヤジでも、開口一番に「汗」を欲しはしないだろう。しかもその相手は、「龍」だ。
「ええ……!?」
イブ・ゲルシュターだ。スパイのお姉さんモードが解けて、おどおどしたあの状態に戻っている。「お慈悲をー」とか言いながら、小さく丸まっている。どうしてもディアの汗が欲しいらしい。
どう見ても変態だったが、すぐに追い出しはせずに、ディアの方を見る。ディアは特に興味が無いようだった。こちらを一度も確認することはなく、自分の思考に集中している。
「体温の著しい低下を確認。推定『衰弱』」
よく見れば、体がカタカタと震えはじめている。やせ細った体は、デフォルトなのかどうかは分からなかったが、もしこれが今の状態と関連があるのなら危険な状態だ。ひとまず、暖かい部屋の中へ入れることにした。
「一体何があったんですか」の「あ」まで発音しかけたとき、イブは人間とは思えない動きでディアの背後を取った。ビルギットのカメラで認識するのがやっとの速さで、吸血鬼の片鱗を見ることができた……のはさておき――
――――べろん。
ディアの首筋を舐めた。
時が止まったような感覚だった。恍惚な笑みを浮かべるイブと、目を見開くディアケイレス、更に目を見開くビルギット。彼女は、意味もなく高速な計算を繰り返し、状況を分析し、やっと出た答えは「やばい」だった。そう、「やはい」。とにかくやばい。ここら一体が吹き飛ばされかねない。イブの命は助けられないから、とにかくこの建物にいるほかの人間を救い出すことを、女子供優先で行動プログラムを構築。マップは叩き込んである。敵が攻め込んできたときのルート計算は完璧だ。最悪戦闘になっても、モトユキに気付いてもらえれば勝ちだから、イブ以外は誰も死なない。
「ごめんなさいイブさん、見捨てます」
「え? あれ、私はどこですか? ここは誰ですか?」
「……落ち着け」
ディアはイブの胸ぐらを掴んでいたが、どうやら冷静なようだった。一番取り乱したのはビルギットで、ディアの声で思わずそこへ正座をした。なぜこの行動をしたのかは自分でも理解できなかったが、何かしらの恐怖を感じていたのは確かだ。
「急に舐められたからびっくりしたぞ」
「……え? ええと、え? ちょ、ちょ、え、ええええ?」
「落ち着けと言っている蝙蝠女」
「ひゃい!」
親猫に首を噛まれた子猫のように、イブは大人しくなった。下手に彼女を刺激しないように、ディアはゆっくりと尋問をし始めた。
「何がしたかった?」
「ええと、ええと、記憶にございません。はい、本当に」
「お前の記憶はどこまで残ってる?」
「お、お腹が空いて、きき、気が付いたらここに」
「吸血鬼の末裔で、今は血以外の体液をもらっているらしいな?」
「ふい」
「それ以外では腹を満たせないクチか?」
「す、少しは満たせますけれど、けれど……ななな、何分もう一ヶ月くらい、に、人間の体液を摂取していませんでしたから」
「吾輩の汗にこだわる理由は?」
「せ、生命力に満ち溢れていて、すすす、素敵だった、だったからです!! です!!!」
「……んじゃ、少しの間なら、汗を分けてやる」
「えええええええ!? いいいいいいい、いいいいいい良いんですか!!??」
それから就寝までの二時間ほど、ぺろぺろとディアは首筋を舐められ続けることになった。イブはその間、麻薬でも取り込んだかのような表情になって、上も下も右も左も分からないくらい幸せそうだった。そんな状況でも死ぬのは怖かったらしく、その細い首筋に嚙みついて血を吸うことはなかった。一方で、ディアは苦い表情をしながらも、「殺意」は一切見せることはなかった。
二人ともかなり顔は整った方だったので、この光景は春画として売れそうだった。そんな狂気を孕んだものを見ながら、ビルギットはこう思った。
自分自身の認識についての思考は後回しにしましょう。これが終わった後にしばらく時間はありそうですから、その時にモトユキさんとたっぷりお話しすればいいだけの話です。
でなければ――――この人たちについていけませんから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。