22-1 「ルルンタースは撫でられたい」

 モトユキがダンジョンから帰ってきた次の日。ダラムクスの曜日では「水」の日であり、平日だったが、学校再開までにはしばらく時間がかかるため子供たちは暇を持て余していた。

 もっとも、遊ぶ気力など無かったが。


 いち早く立ち直ったルベルでさえも、友達を誘おうとすることは無かった。一人森の中に立ち寄り、「仮面の冒険団」と遊んだ跡地を回り、一人物思いにふける。

 おにごっこ、かくれんぼ、秘密基地造り、冒険ごっこ……同級生と比べれば、どこか幼い遊びばかりだったが、そのすべてが宝だった。もうあの四人で遊ぶことは叶わない。年齢は下だったが、兄のような存在だったアウジリオを失ったこと。事実を何度も何度も拒んでは理解し、拒んでは理解する。


 ディアは暇をつぶすのには慣れていた。ただ、あのときと同様にぼうっとしているだけ。蝶々が彼女に集まり、一種の妖精と化している。最近のお気に入りは、ビルギット宅の崖。どこに続いているかもわからない海を見ながら、何も考えずに。

 いや、本当は何かを考えていたのかもしれない。「無」の感情ではなく、どことなく嫌な感情はあったのだ。しかし、それをどう形にしていいか分からないまま、まるで波の如く消えていった。


 モトユキは、図書館で資料を探している。過去、特に二千年前について書かれたものを探しているが、見つかる可能性は薄かった。



 ……そして、今、大きな罪悪感にとらわれているのがルルンタース。

 彼女は、感情が表情にほとんど出ない方だから、周りは気付けない。ふらふらと町を散歩している彼女は、事件のことなど考えていないアホの子のように映っただろう。


 だが、その心内で考えるのは「罪」。知らなかったとはいえ、あの非常事態の時に、モトユキに能力を使ってしまった。何故、それをしたのかは自分でも分からない。ただ、「しなければならない」という衝動に襲われた。今、それは無いが……。

 ……自分の所為で、誰かが死んだ。「死」という概念も、「悲しみ」という概念も、「罪」という概念も最近覚えたばかりなのに、妙に馴染むというか、ずっとその感情にとらわれてきたような感覚さえもする。



 故に――――撫でられたい。



 ミヤビの記憶を見た時に、ふと浮かんだ感情だった。全てを受け入れて、自分を肯定してくれるようなその行為に、羨望の念を抱いたのだ。


 しかしそう思うと同時に、「モトユキの難しさ」を悟る。彼はいつも他人とは違うことばかり思い浮かべて、感情が混雑している。他人よりも圧倒的に思考の量が多く、ノイズだらけで上手く読み取れない。

 特に、「欲」が分からない。奥深くに潰されているそれを、見抜くことができない。だから、「好感度を上げる」方法が分からないのだ。



 今、彼女は、一人考えている。お日様はチクチクするから苦手だったが、影を見つけては飛び込んで、影を見つけては飛び込みながら、いろんな人間を見て回っている。そうしたら、何かのヒントが見つけられるかもしれないと思ったから。



「あれ、どうしたの?」



 話しかけてきたのは、ミヤビだった。仮面を外し、こちらを覗き込むように見てくる。ルベルが使わなくなったから、仮面を着ける意味はなくなったのだが、彼女はなんとなくで未だ着け続けていた。

 パトロール中だったが、白く美しい少女が見えたのでやってきたのである。



「……」


「……? やっぱり話さないねぇ」



 ミヤビは小首をかしげてにっこり笑った。「仲良くなりたい」という純粋な感情が分かる。



「……! ……。 ……!! ……? ……!」


「……うん? どうしたの?」


「……! ……!」


「……ほうほう。私が、頭を撫でられた記憶を見たの? えぇ、ちょっと恥ずかしいなぁ」



 身振り手振りで、ルルは伝えてみる。


 キスをすれば一発なのだが、「好きな人としかしない」という常識を知ってから、抵抗が生まれ始めたが、それは「本質」といえなかった。その事実とともに人間の交尾について知ったのだが、そもそも「エロ」という概念がいまいち理解できない彼女は、特に恥ずかしがることが無かったからだ。

 故に、皆がしないからしない、くらいの気持ちだった。


 何故話さないのか、自分でも良く分からなかった。言葉は出せるし、その気になれば喋れる気もする。だが、いざとというときに喉元がつっかえるような感じがして、話したくなくなるのだ。



「ほうほう、それで、ルルちゃんも撫でられたい……と。でも、もっきゅんのことが良く分からないから、悩んでいる、とな」


「……」



 ルルはうんうんと頷いた。



「……そうかぁ。撫でられたい、かぁ。ルルちゃんなら、『撫でてー!』って甘えに行くだけで禿げるくらい撫でてもらえると思うけど……あんまり深く考えない方がいいんじゃない?」


「……」


「でも緊張するんだ? もっきゅんの身体がおっきくなったから?」


「……」


「じゃ、プレゼントとかは?」


「……?」


「ほら、私が買ってあげた服も着られなくなっちゃったでしょ? 新しく買ってあげようと思ったんだけど、ルルちゃんが選んであげたら?」


「……」


「それをしたら撫でられるか、って? うーん、そうだなぁ……普通の陰キャなら勘違いして撫でてくれるだろうけど、いかんせんもっきゅんは陰キャでも変人の部類に入るからねぇ」


「……!!!」


「え? もっきゅんは陰キャじゃないって? ええ、そんなに怒る!? 別に悪い意味で使ったわけじゃないよぉ」


「……!」


「ま、前者は悪い意味で使ったけどさ」


「……」


「大丈夫だよ。私の経験上、背も低くて声も低い男は性欲が強いのさ。ああやってクールぶってるもっきゅんだけど、女の誘惑には弱いはずだよ」


「……」


「色仕掛けが私にできるのかって? できるんじゃない? 実際ロリコンじゃない男っているの?」


「……!!」


「え、言いたいこと違った? ごめん」



 脳内ピンクなミヤビは少しアホっぽいが、人間、特に男に関しては理解が深い。ピンクの向こう側にあるのは、大人のしっかりとした考えだ。



「で、どうする? 服、買いに行く? 私の仕事が終わる夕方くらいになるけど」


「……」



 うん、と頷いた。

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