18-3

 ミヤビは自身が目を覚ましたことに気が付いた。なんだか気だるくて、このまま眠ってしまいたい気持ちになる。しかし身体はもう睡眠を欲していないため、どんどん頭が冴えていく。今が夜中であることは分かっていたが、ゆっくりと起きてみることにした。

 上体を起こしたその瞬間、体中に激痛が走る。筋肉痛である。



「痛ったぁ……!」



 くしゃくしゃと頭を掻く右手でさえも、悲鳴を上げているような感覚だった。ふと、モトユキに撫でられたことを思い出し、自分で頭を撫でてみる。



 ……もっきゅんって意外と大胆なんだなぁ。



 もう成人してるのに、男の胸で子供のように泣きじゃくった。それが精神世界であり、現実の世界で起こっていなかったこととはいえ、少し気恥ずかしい。



 ――バン、と勢いよく開けられた扉にびくっと体が反応する。直後に痛みが走る。

 扉を開けたのは、雪の精霊ルルンタースだ。雪の精霊じゃないけど。



「ど、どうしたの?」


「……!」



 ルルンタースは起きているミヤビに気が付くと、彼女のベッドに乗った。ミヤビは抱き着かれたのかと思って抱き返そうとしたが、その予想に反して顔を近づけてきた。吐息がかかるレベル。



「え、え、え? 何?」



 ――――ちゅ。



「!?!?!?」



 瞬間、ミヤビの頭の中に記憶が流れ込んでくる。

 ルベルの記憶だ。まるで土石流のように激しく頭の中を駆け巡り、その苦しみ、その嘆きをはっきり理解する。また、事の流れも大体理解した。これから自分がするべきことも。



「え、へ、あ?」



 なんでそれを理解したのかは分からなかったが。



「もっきゅんまた難しい話をルベルに吹っ掛けてんだなぁ……」



 「いい加減にしなよ」。自分が言い放った言葉を、あの子は真摯に受け止めすぎていた。加えて、自分がルルンタースを連れてきたことを考えすぎて、結局辛い思いをさせてしまった。その罪悪感に駆られるも、ルベルが自分で一歩を踏み出したことを知って、嬉しい気分にもなる。



 ってかなんで、ちゅーで?

 ちゅーだよ? マウストゥーマウスだったよ?



 ルルンタースが自分に何をしてほしかったかは理解した。ただ、記憶を渡す方法に関しては良く分からなかった。



「――――はぁ。夢じゃなかったかぁ」



 この惨劇がすべて、夢であればよかったのに。

 半分。半分だ。もう、声を聞くことができやしない。「アネゴ」と呼ぶその声が、半分しかないんだ。酒を飲む仲間も、冒険する仲間も。


 何度も、頭の中で彼らの声が木霊する。やがてそれは遠のき、深い闇の中へ沈んでいった。

 誰が生き残っているだろうか。数時間後に顔を合わせることになるかと思うと、気が滅入る。


 だが、「これがらすべきこと」を決めたのだ。

 ぐずぐずしてはいられない。まずは、ルベル。「親」としての役目を果たさなければならない。正面切って、「愛してる」と伝えなければならない。



「……よし、ありがと。ルルちゃん」



 彼女の頭をポンポンと撫で、立ち上がる。

 ……がくんと力が抜ける感覚がして、床に転がった。



「なんてこったい。ここまでボロボロとは……」



 筋肉痛。本当に、ぶった切れてないのが奇跡なくらいだ。でも、少し無理をすれば医者のお世話になる未来が見える。

 その状況を察したルルンタースが肩を貸した。情けないと思いながらも、我が子の元を急ぐ。



 町を抜ける直前で、彼女らはモトユキとルベルに会った。ルベルはあの仮面を外し、その表情は悲しみに暮れていたが、どこか活き活きしている。月明かりに照らされた火傷の跡は、ルベルの覚悟をより一層伝えるスパイスとなる。



「アネゴ……!? 起きられないんじゃ……」


「へへへ、もっきゅんも意地悪なことするよね」


「……さぁ? 知らないね」


「……!?」



 悲しみの夜空の下、親と子は再会を果たす。少々意地悪な中身おじさんの少年が、一足先にルルンタースの行動の意味を悟り、「あとはできるだろ?」と微笑みかけた。「まかせて」と、ミヤビも笑い返す。



「ルベル、私今、ちょっと歩けないんだ。ルルちゃんと代わってくれない?」


「い、良いけど……。な、何があったの?」


「……んふふ」



 モトユキは、ルルンタースを連れて先に帰る。

 その場に残ったのは、正真正銘の親子だけ。赤と青の、同じ上着を身に着けている。



「ルベル。ありがとね。もっきゅんたちを呼んできたのは、ルベルだったんでしょ?」


「……アタシは、何も」


「凄いことだよ。皆が半分も生き残った」


「……でもっ、半分も死んだんだ!」


「私ももっきゅんに、おんなじこと言った。おんなじこと言ったけど、のらりくらりと躱されたね」


「……どんなふうに?」


「みんなが死んじゃったことを嘆いても、何も変わらない。今を変えられるのは、私たちだけ。だから、『どうするか』を一生懸命話し合ったの」


「アタシも、同じようなこと言われた」


「……ルベルはどうするの?」


「……アネゴと喧嘩する。そして、何かを見つける。そう答えた」


「……へぇ。どうして私と?」


「……アタシが悪いことをしてたことや、ルルちゃんを連れてきたこと。その他諸々を通して」


「悪いことをしてたのは『ガス』のせいなんでしょ?」


「『ガス』だけじゃない。アタシも悪いんだ。怖かったんだ」


「そうだね。愛するルベルを傷つけたあいつは、私的には許せないけど、でも、ルベルにも非があったことは確か。それに、私もね」


「あ、アネゴは……無い、よ?」


「ううん。分かってあげられなかった。気づいてあげられなかった。それは親失格なんだ。本当なら、もっと徹底的にルベルのことを信じて、調べるべきだった。仕事なんて放ってね」


「……」


「ルルちゃんを連れてきたことも、怒ってるんだよね?」


「……そうだよッ。アタシは、そんなことに怒っちゃう悪い奴なんだ」


「……悪い子なんかじゃない。とっても良い子。それに怒ってはいけないって、分かってるもんね」


「……分かってるけどっ……! 悔しいんだ! 辛いんだ!」


「……うんうん。分かるよ。私も同じ」


「アネゴ、『どうしたら』いいの?」


「……私は、もう、明日から冒険者として活動する」


「こんなにボロボロなのに?」


「大丈夫。明日になれば回復魔法を使える人も復活するだろうし」


「……アタシは? どうすればいいの?」


「……私にも分からない。もっきゅんには……分かってるかもしれない」


「……分からないよ。アタシにできることなんか……っ」


「でもね、そうやって『考える』ことも、凄く大事。分からなかったら分からなかったで、必死こいて考えるの。今自分に何ができるか、突き進むべき道は何か。私の自慢のルベルなら、きっと、答えに辿り着ける」


「……」


「ねぇ、ルベル。もっきゅんは、最後に、一番大事なことを教えてくれたの。なんだと思う?」


「……今自分にできる事を探す、じゃないの?」


「違う。それも大事だけどね」



 ぎゅっと抱きしめたルベルの体は、華奢で、恐怖なんかに触れれば溶けてしまいそうだった。だけど彼女は、悩み、あがき、走った。その行動は、自尊心に基づいたものだったかもしれない。でも、どんなに理論を立て並べたところで、ルベルが「ダラムクスを、自分を救った」ことは変わらない。


 それを深く理解し、現れる感情。

 「感謝」。



「――――ルベル。愛してる。助けてくれて、ありがとう。生きていてくれて、ありがとう」


「……」



 一度は、死んだと思った我が子が今、自分の腕の中にいる。暖かく、優しく、弱々しく、そして強い。「生きている」。


 生きているのだ! これ以上素晴らしいことは無い!



「……えっと、その、アタシも……ありがと」



 照れて顔を逸らし、もごもごと言ったその言葉。しかし、ミヤビははっきり聞いた。



 ルベルは顔が熱くなる感覚がした。

 今までは生きていることを、はっきり喜べなかったから。


 一度、捨てようとしたこの命を、たくさんの命と引き換えに繋いだ。悪いことをしているという感覚が、心の根底に流れていた。それを今、掴み取り、そして「考える」。



 生きている。

 アネゴもいる。


 ……「素晴らしいこと」だ、と。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る