18-1 「ルベルという少女」
久方ぶりに、ゆったりとした目覚めを味わった。まるで水中からふわふわ浮かんできたかのような感覚で、「良く寝た」とはこういうことなのかと思いつつ、上体を起こす。
ボトリと太ももに落ちてきたのは、何かの袋だった。中には水が入っている。
隣にはルルが寝ている。鼻に布を突っ込まれていて、それは血で赤くなっていた。あまり能力を酷使させるのはやっぱり良くないようだ。上手く加減できないだろうか?
ディアはベッドに突っ伏すように寝ている。ミヤビはまだ起きていない。ジョンはどうやら仕事に戻ったみたいだ。
至極静かな空間で、今が大分夜更けだということを理解する。
なるほど、この水袋は俺の熱を冷ますための物だったらしい。それをディアが用意してくれた。まだ完全に風邪が治ったとは言えないが、だいぶ気持ちが楽になっている。
よく考えたら、俺ってめっちゃ美人に囲まれてるな。死ぬのかな、もうすぐ。
ゆっくりとベッドから降り、代わりにディアを寝かす。雨上がりの涼しさを感じながら、水を飲みに行く。異世界の水道はそれぞれが独立している。水魔石とやらが水を出してくれるようだ。見た目は普通の水道で、レバーを引けば当たり前のように水が出てくる。良い技術だ。
おいしくは無い。普通の水だ。ただ、カラカラの喉には染み渡る。
「何か、大事なものを忘れている気がする」
呟きは静けさの中に消えた。ぼんやりとする頭が、ゆっくりゆっくり冷えていく。どこか引っ掛かりを覚える俺の頭は、様々なことを思い返し、数分の時が過ぎた。
そして、思い出した。
「そうだ、ルベルは……!?」
彼女は、俺がここへ戻ってきたとき、どこかに行っていた。家の中を探してみたが帰ってきた形跡はなく、赤い上着も仮面もなかった。ちなみに靴は、海外と同じで履きっぱなしだ。
「モトユキサン、ドウナサッタンデスカ?」
「ビルギット、ルベルを見なかったか?」
「イエ。カエッテキテマセンシ、デンゴンモアズカッテイマセン」
「……」
「ジョンサンハ、ケイビニムカイマシタ」
「そうか……」
暗闇の中で話す彼女は、どこか不気味だった。
俺は眠い頭を叩きながら、念力探知で辺りを探ってみることにした。冒険者たちはどうやら死体の処理を終えたようで、ゆったりと警備を行っている。至る所に松明があった。それが死者を想うものなのか、それとも警備を強化しているものなのかは分からなかったが。
さらに広げると、ふと、違和感を感じる場所がある。ビルギットの家から少し南東。少し開けた森の中で、フードをかぶった少女が土いじりをしていた。仮面をつけているから、絶対ルベルだ。
「うお」
急に抱き着かれて、そいつを見ればルルだった。
「起きたのか?」
「……」
やはり、彼女が何かを言うことは無かった。
しかし、俺はこれを好機だと思った。ルベルの心情を、彼女を通して理解できるかもしれない。体力が心配だが、あともう一度だけ協力してくれないだろうか?
「ルル、少し付き合ってくれないか?」
「……」
彼女は頷いた。
夜更け。昨日とは違って、美しい銀の月が昇る。快晴とは言えないまでも、ちらちらと雲の隙間からこちらを覗いている。
ぬかるんだ地面を歩いている間、依然としてルルはべったりくっついてくる。嫌ではないんだけど。
「……あれか」
例の場所にたどり着き、俺はそうっと隠れるように見た。ルベルは土の小山の前に膝を抱えて座り、そして仮面をじっと見つめている。
ルルに肩を叩かれて振り向くと、唇を指さした。
「またキスか……他の方法ない? 傍から見たら、悲しみムードの中でいちゃつくクソカップルだぞ」
「……」
彼女は首を横に振った。他人の思考をインプットするには唇を使わなくても良いらしいが、アウトプットには必要らしい。……すなわち、体液の交換。
いや、別に俺は良いんだ。美少女とキスをする機会など、前世からやり直さなければ無かったようなものだし、ラッキーと言えばラッキーだが、そこにはどうしても罪悪感が重なる。俺は二十八の、お兄さんからおじさんへなりかかってる男だ。中学生くらいの子とそういうことを致すのは、なかなか罪の意識を拭い切れない。元の世界ならお巡りさんのお世話になってしまう。
それに、ルルだってLOVEではないはずだ。LIKEだ。
何女子みたいなこと言ってんだ俺。
瞬間、俺の中にルベルの記憶が流れ込んでくる。
今までの彼女の行動の意味を知る。すべては「ガス」という少年に唆されてやったこと。だが、自分自身に非を感じ、さらにガスが殺されたときに笑ってしまったことを重く受け止め、自分が「嫌な奴」であると強く認識していた。
加えて、ヴェンデルガルドとの過去の関係、ミヤビとの関係も、はっきりと伝わってくる。
彼女は今、殺してしまったフラギリス・ウルフの子供の墓を作っているようだった。昼間の間に、傷つけてしまった友達の家をまわり、仮面を外し、はっきりと謝ってきたようだった。もちろん、ほとんどが死んでしまっていて家族がきょとんとしているだけだったが、中にはルベルのことを信じなおしてくれる友もいた。彼女の中で、何か、強い覚悟が生まれている。
くだらない。
思春期らしい、くだらない悩みだった。
そんなもの、ガスがすべて悪いに決まっている。彼女の古傷をえぐり返すようなことをしたんだ。死んで当然……俺はそう思う。そう思ってしまう。だが彼女はその考えを悪徳として決めつけ、全ての怒りを自分に向けている。
さらに、ルルンタースの存在が現れてしまったせいもあって、ミヤビの愛を感じられずにいる。そんなわけないだろ。
「ルベル」
「……モトユキくん。それにルルちゃんも。どうしたの?」
振り向きざまに彼女は仮面を着けた。
「こっちのセリフだよ。こんな夜中に何をしてるんだ?」
「お墓。アタシが殺してしまった……」
「フラギリス・ウルフ?」
「どうしてわかるの?」
「君の記憶を見させてもらったよ。全て」
「……!? ……どうやって?」
「ルルンタースの力を借りたんだ」
「それで、どうするつもり?」
「どうしようか?」
「……」
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