15-3

 レンの仲間のうち、一人だけ声を出して泣く女がいた。黒いフードから見えるのは、明るく美しい金髪と、どこかルベルを想像させる端正な顔。

 ……恐らく奴が「ヴァン」だ。今この場で涙を流す者は何人かいたが、「悲しみ」という意味で泣いているのは彼女だけだ。主人だったレンが死んだことが悲しいのだろう。クソくらえ。



「な、何があったんですか!?」


「ここから解放してください!」


「……」



 俺は何も言わずにその場を離れる。繰り返しになるが、俺がそれを判断することはできない。ダラムクスの人々の判断に任せることにする。

 小さな悲鳴といくつかの罵声が、背中を刺してきた。いろんな気持ちが俺の中を渦巻くが、全てを飲み込んで、振り返らずに突き進む。



 ルルがうざったい。

 確かに俺は彼女を信用することにしたし、彼女は俺の心が読めるようだから、距離が近くなるのも当然だ。しかしながら、物理的距離が非常に近い。ずっとベタベタくっついてくる。歩きづらい。

 だが、彼女もまた、可愛い顔の造りをしている。本当の人形みたいに、大きな目と小さくも美しい鼻、肌が白いことからより目立つ唇の赤さもまた、雪の精霊のような雰囲気を後押ししている。歳はルベルと同じくらいで、俺よりも頭一つ分背が高い。

 俺の精神年齢が十歳に戻ってしまった可能性が……いや、多分そうでなくとも、心の底から嫌がることができない。だからこそ、彼女は調子に乗るのだろう。


 ……だが、彼女に「性愛」の感情は無さそうだ。

 アルビノは、顔の紅潮が現れやすい。色素が少ないのだから、血の色が良く見えるのだ。俺に抱き着く彼女の表情は、一切それが無い。「親子愛」とか、そういうのが近いのかもしれない。猫とじゃれている気分だが、今この状況ではあまりよろしくない。


 ルルを引き剥がし、問いかける。



「ルル、用事は終わったのか?」


 コクリ、と頷いた。


「なら、ミヤビとディアも起こしてやってくれないか?」


 再び彼女は頷いた。



 レンの能力によって操られていた人物たちを、彼女が起こせるのなら……いや、彼女にしか起こせないのなら、頼むしかない。ただ、心配なのは彼女の体力だ。昨日はディアをドラゴンに戻す段階で、鼻血を出して倒れてしまった。もしも彼女の能力の疲労度が、対象の魔力量によって変わるのなら、ディアやミヤビを起こすのは骨が折れそうだ。



 帰る途中で、再びアビーの元へ行った。未だ死者の記録をつけている。

 ルルンタースについて話すと、どうやら彼女のことは知らなかったらしい。それから、敵は「幻魔教」という集団で、リーダーのレンが、ダンジョン調査団が帰ってきたと同時に攻撃を始めたため、調査結果については未だ情報が入ってきてないらしい。


 ――――「幻魔教」。

 人間を魔物の餌として献上する、狂った集団。


 そして、「紅緋派」と名乗ったことも聞いた。ということは、様々なグループがあることも考えられる。レンが死んだことを知った場合、再びここが襲われる可能性もある。引き続き、警戒しなければならない。



「――――アビーさん。何故あのとき、僕たちを『幻魔』と疑ったんですか?」


「……!」



 アビーが豆鉄砲を食らったような顔をして、俺の方を見た。

 そう、俺たちが出発するというとき、彼女に「幻魔」かどうか疑われていた。これらから推測することができるのは、彼女はもともと幻魔教について知っていて、そしてその「条件」も知っていたのではないか、ということだ。



「……ごめん、なさい。本当は、私の、せいなの。今回の事件」


「……今聞きたいのは、疑った理由です」


「『知っていたから』、よ」


「何を?」


「幻魔教、を」


「俺とディアの何を疑ったんですか?」


「……『転生者』、であること、と、『滅茶苦茶な強さ』なところ、よ」


「転生者? それと幻魔が何の関係が?」


「――――奴らは、転生者を、戦力として、引き入れている。神霊種オールドデウスと、別の世界に、干渉する魔法を、知っている……つまるところ、それは、『転生魔法』」


「転生魔法……!?」


「ディアちゃんの言う、昔、はどうだったのか知らない、けど、私の知る『転生者』は、皆、幻魔教出身、なの」


「……なら、ミヤビも?」


「えぇ。あの子は、脱獄者」



 ミヤビはもともと、幻魔教……。



「……それで、今回の騒動を『私のせい』と言う理由は?」


「幻魔教が、どんなものかを、知りながら、信用して、しまったこと……本当に殺されるべきは、アタシ。……気に食わないなら、殺してもらって、いい、わ。あなたに、モトユキ様に殺されるのなら……本望、よ」



 アビーは真っすぐな目で、俺を見つめる。その目に一切の迷いはなく、本当に死を覚悟している。

 彼女を戦犯だとするなら、俺も同じだろう。俺に彼女を裁く権利はない。それに、賢い彼女が信用してしまったということは、レンはそれなりに名演技をしていたと考えられる。もしくは、「信用した」というのはブラフで、本当は「信用するほかなかった」というのが、正しかった可能性も無くは無い。



「……なら、孤児院増強の第一人者にします。今ある孤児院では事足りないので、部屋や人員を増やすことを、アビーさんを中心として行ってください……僕も手伝えることがあれば、やります」


「……フフ、もう、なってる、わ。他にも、色々な指示を、出してる。皆の、衣食住は、なんとかなりそうだから、心配しないで。――――ありが、とう」


「……アビーさん、あなたは何者なんですか?」


「冒険者の、落ちこぼれ。魔物を殺せない、臆病者」



 その後も様々な情報を貰った。


・幻魔教の本拠地は、北の大陸スクルーの「エーギルン」という国であること。

・アビーは、エーギルンのすぐ南の「アンラサル」という国出身であること。

・幻魔教は、周辺国に対しては布教活動程度で、侵略戦争は起こしていないこと。

・アンラサル、および周辺国では幻魔教を潰そうとする動きがあるが、法律や戦力、倫理など様々な問題により、防衛団が結成される程度でとどまっていること。

・アンラサル国内では、幻魔教に対して、「放置」「撃退」「輸入」と、大きく分けて三つの派閥があること。(アビーは一応放置派)

・レンは、幻魔教の中でも桁違いの強さであること。



 ……大陸スクルー、魔導士エミーがいると推測されるところだ。

 これらの情報を踏まえて、次に進むところを決めよう。



「それ、で? モトユキ君は、浮気、したの?」


「コイツが勝手にくっついてるだけです。ってか、浮気って……!?」



 アビーが、ずっと俺に張り付いているルルに突っ込みを入れてきた。剥がしても剥がしてもくっつこうとしてくるから、面倒になって放っておいた。



「ディアちゃんが、恋人だったんじゃない、の?」


「……ただの友達です」


「あら、あら。喧嘩始まっちゃう、かし、ら?」


「何の喧嘩ですか?」


「勿論、ディアちゃんと、その子の」


「……してくれたら嬉しいですけどね」


「ウフフ……ちょっとだけ、辛いことを、忘れられた、わ」



 アビーは悲しそうな目で笑った。

 その手に持っているノートには、たくさんの人の名前が書きこまれていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る