13 「圧倒的な念力と呆気ない終幕」

 目を覚ました時に最初に感じたのは、「寒さ」だった。


 豪風……いや、俺が。高速で吹き飛ばされている状況のようだ。それに加えて体が濡れているから、体感温度は相当低い状態にあるのだろう。



「……!」



 空中で体勢を立て直し、辺りを見る。眼下に広がるのはダラムクス周辺の森のようだ。



 ――――そして爆音とともに……否、、それとともに「誰か」が俺に攻撃を仕掛けてきた。


 念力の出力がかなり大きくなっていることに気が付いた。が、「それ」を防御するために使わなければいけない力はそれ以上に必要だと、半ば勘で悟った。



「アハハハハハッッ!!」



 擦れた喉にさらに負担をかけるような、そんな笑い声を聞いた。瞬間、莫大な力がぶつかり合い、音が衝撃波となって森林を揺さぶる。まるで雷にでも打たれたかのような感覚だった。


 ……彼女は、ミヤビだった。何があったのか大体想像がついてしまう。

 「魔力の暴走」。何やら黒いアザが浮き上がり、ミヤビの顔を根を張るように覆っている。彼女の光のない瞳から流れ出るのは、赤い血の涙。魔法の才のない俺でさえも、身震いするような禍々しさのオーラをまとい、笑顔で俺を殺しに来ている。



 ――――――――ルベルが殺されたのか。



 あぁ、クソ……ッ。

 もう、終わらせよう。



「がっ……は……!!!????」



 簡単に終わらせることができたんだ。

 俺がしくじらなければ。



 俺はミヤビを気絶させるために、拘束し、そのまま振り回す。脳を揺らすんだ、ギルバードのように体を自分で壊してしまわないように。人間が気絶するレベルではまだまだ元気だった。どうやら身体能力も向上しているらしい。

 だからなんだ? もっと強く。もっと強く……!!


 あるとき、ミヤビの体から力が抜けて行った。あのアザも無くなって、血の涙の跡だけが彼女の頬に線を描いている。眠る彼女を、俺は潰さないように慎重に持った……というより、皿のような形のイメージをして乗せている。



 ……ダラムクスに戻ろう。

 まだ、「復讐」なら間に合うかもしれないから。



 出力が大きくなりすぎているから、乗り物のような形をイメージして空を飛ぶ。だが加速しすぎて体が潰れそうになった。ミヤビも元に戻った(身体だけだが)のだから、丁重に扱わなければ殺してしまう。一人でも多くを救う事を考えろ。


 戻ってきたとき、そこに「敵」の姿は無かった。代わりに、魔物、死体、魔物、死体、死体……。

 直視したら吐いてしまう。そうでなくとも、息が荒くなって、胸が苦しくなる。耐えなければならない、大人なのだから。だが、あまりにもこれは、これは……。


 急げ。まだ「敵」が死んでいるとは限らない。

 ……ぶっ殺すんだ。



「……あれは」



 俺が見たのは、ギルドの裏にいるファンヌ、アビー、白髪の子……それから、倒れているルベル。

 すぐにそこへ降りたち、状況を聞く。



「敵の情報をすべて教えて下さい!」



 そう怒鳴った俺を、どこか恐怖の目で見つめるアビーとファンヌ。白髪の子は先に「檻」で拘束しておく。これ以上好き勝手はさせないが、今は殺さない。敵か味方か分からない上に、今後の重要参考人になるかもしれないから。



「……助かった、の?」



 ファンヌがいち早くこの状況に気づき、俺に問いかける。「まだ分からない」と俺は答えたが、「分かっている」とでも言いたげに真剣な表情で頷いた。アビーがミヤビを能力で見たが、生きていることにほっとして腰を抜かしたようだ。



「敵は今どこにいますか!?」


「え、えぇと、あなたが、吹き飛ばした、のよ?」


「今はどんな状況ですか!?」


「……最悪、ね」


「聞きたいのはそうじゃないっ……まぁいい。敵の特徴は、能力は!?」


「……レン・アメノ。すべてを統率する、リーダー、よ。多分、あいつを、殺せば、全てが終わる、けど……強すぎる、の。どうやら、敵の目を見ただけ、で、無力化して操る、みた……」


「そいつの特徴は!?」


「……中肉中背の男、赤いマントローブを着けていて、それ以外は、特に。ねぇ、一体何を……」



 ……中肉中背、マントローブ……!


 心臓が叩き鳴っている。全身から汗が噴き出すほどに焦っている。過呼吸を起こしている。

 「失敗」を顧みるな! そうやって思い聞かせて、「念力探知」を発動させる。


 出力の大きな念力探知を操るには、集中力と精神力が必須。加えて、違う誰かを殺してしまいかねないように、慎重に、尚且つ迅速に、迅速に……!!

 

 ビルギットの残骸を見つけた。……戦ってくれたのか。

 ディアがドラゴンのまま倒れているのを見つけた。……まだ生きている!





 ……見つけた、奴を。

 壁に寄りかかって、虫の息だ。





 ――――――――死ね。





 奴の首の骨を折ってやろうとしたが、勢い余って内臓をぐちゃぐちゃにしてしまった。どちらにしろ、痛みは無かったが……。


 まだ安心はしない。魔物をすべて潰す。もしかしたらこの中に誰かのペットが含まれているかもしれないが、なりふり構うものか。それから、仲間だと思われる、同じつくりのフードマントを身に着けた女たちを拘束する。詳しい事情は分からないが、男は仲間にいないようだった。



「アビー! レンって奴の仲間は『操られて』いたんだな!?」


「えぇ」



 なら、殺す必要は無い……?



 ……。



 …………。



 ……………………終わった、のか。



 そう思った瞬間から、雨が弱まり始めた。「なにが起きたの?」と聞いてくるファンヌを無視して、俺はその場にへたり込む。体中が寒くて、怖くて、震えだす。

 「念力探知」を使ったとき、誰かの死体を触らなければならなかった。ぬるっとしたあの血の感覚と、雨で急速に冷えてしまった冷たさ、折れた骨の堅さ鋭さ……一体何人が、殺された?



 何の目的でこんなことをした!!?

 人々に何の罪があった!!?



 犯人への怒りが爆発すると同時に、自分の愚かさを呪う。



 何で考えられなかった!!?

 どうして逃げてしまった!!?



 あの時、推理を複雑にしなければ。慢心をしなければ。いや、もっと前に、ダラムクスから逃げなければ。もっともっと前に、周辺を探索していれば。



 ……防げたかも、しれないのに。



 思いきり、拳を地面に打ち付けた。皮膚が破けて血が滲み、砕けるほどの痛みが腕を昇るが、気分は晴れない。

 「力」の出力が弱まっていく。ミヤビの拘束を解き、アビーに預ける。もう一度、魔物がいないか辺りを探索する。もう一度、ディアの安否を確認する。


 雨が弱まっていく……。

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