12-2

 それから俺はある程度のことを話した。

 俺には念力と言う能力があり、これは転生する前から持っていた能力だということ。ディアケイレスという滅茶苦茶な強さのドラゴンを仲間にしたが、「敵」の前には無力だったこと。「敵」はダラムクスの人々を惨殺していたこと。自分は、逃げ込んだ先にいた「白髪の女の子」の「キス」によって、ここに来てしまったこと。



「君は、その白髪の子にさっき初めて会った。でも、相手は君のことを知っていて、魔法か何かでここに飛ばされた……下手したらその子が君を『殺した』と言う可能性もある。そして、もしそうでなくとも意識のない状態の君は『暴走』してしまうから、どちらに転んでもダラムクスが危険。だから焦っている、か」


「『敵』の目的はダラムクスの侵略とかではなく、ただの快楽殺人かと。でなけりゃ『半壊』させる理由も無ければ、わざわざ『魔物』を使う必要もありません……いや、でも『敵』のリーダーの能力には回数制限があって、ダラムクスの人すべてをカバーできるほどの力はない可能性も……」


「いや、その考え方で大方合ってると思うよ。そもそもダラムクスはクソ田舎だったはず。だから侵略する必要もない。普通に『遊んでいる』だけなんだろう。それに能力に回数制限があるなら、魔物を操るにはもっとコストが必要なはずだ」


「……冷静ですね」


「そう見える? 結構焦ってるつもりだけどね」



 不思議な感覚だ。俺の部屋で、俺は骸骨と一対一で話している。お茶もちゃんと冷蔵庫に入っていたし、味もある。テレビやインターネットは、情報があの日のまま固まっているが、ところどころがぼんやりしている。恐らく俺が覚えていないんだろう。



「そうだなぁ……標準を当てるとしたら、『白髪の子』が敵か味方かのところだね」


「『敵』の場合は……」


「君はもう死んでるね。でもそれはないと思うよ」


「どうしてですか?」


「『キス』をして殺す……あまりにも変だとは思わないか?」


「……というと?」


「君が、自分が死んでいることを、さっき『嘘だ!』って全力で否定したよね? つまり、急に風景がここに変わった、そういうことでしょ? 痛いとか苦しいとかそんなものが一切なく」


「……まぁ、その通りですね」


「何秒くらい?」


「はい?」


「キスをされてから何秒くらいで意識が飛んだ?」


「一、二秒くらいですかね……」


「ということは、『毒殺』ではない。どれだけ強い毒でも飲み込んで回るまでには少なからずラグがあるし、痛みも苦しみも眠気も何もないなんてありえない」


「なら、『魔法』?」


「そうなる。だが、魔法を発動させるトリガーが『キス』は、あまりにも効率が悪すぎる。脳にダメージを与えたかったのなら、わざわざ口から口にではなくて、頭に触れればいいだけの話だった。その女の子が、『形』を気にするような子でない限り……」


「ほんの少しの間しか見ていませんが、あの子にはとてもそんな妖艶な雰囲気はなかった。それに、『殺す』ことを目的としているなら、ファンヌはすでに……いや、ファンヌもグル?」


「まだ他に人がいたの?」


「ファンヌっていう女の子が。私はその子を以前から知っていたので、少なからず『味方』だとは考えているのですが、しかし何もされていなかったところを考えると、グルなのではないかと……」


「どんな子なの?」


「明るめの茶髪を肩まで伸ばした、七歳くらいの女の子です。生命アルカナという魔力の持ち主で、回復魔法が使えます。アウジリオという兄もいます」


「ふぅん、なら、端的に言ってグルじゃない」


「……ですね」


「『敵』ならば、もっと実力のある者を従えられただろう。ギルドを抑えられるほどの力があるならば、わざわざ『超能力少女』を使わずとも、敵を排除できる。加えて、その『ファンヌ』という子が回復魔法を使えるのなら、『戦場』に置くべき。わざわざ家に、それに君を排除するために仕込んだとは思えない」


「『白髪の子』が敵でないなら、私は殺されていないと結論付けて良い……?」


「断定はできない状況だが、そう考えを決め打っていいだろう。それから、『敵』が君のことを把握していた訳ではないから、『未来予知』みたいな能力もない。だから、君やディアケイレスが来たのは『敵』にとって想定外だった。まぁ、皮肉にも問題は無かったみたいだけど……。で、次に考えないといけないのは……」


「『目的』……つまり、私とホルガーさんを会わせた理由」


「そもそも、その話をするためには、白髪の子が『意識の世界』のことを知っていたかどうかを考えないといけないけど……わっかんないねぇー」


「……情報が少なすぎますね」



 ホルガーは、その肉のない腕に顎を乗せる。そのまま何かを考えこみ、黙り込んでしまった。



「『目的』を満たせば、解放されるのでしょうか?」


「……うん、多分ね。僕と君が何らかのアクションを起こせば、『君は』帰れる」



 君は、と言う言葉が悲しげに聞こえた。意識の世界なのだから、当然感情も送られてくる。骸骨だから表情は分からないけど。



「何をすればいいんだろうね。僕とてダラムクスを壊されたくないから、早く返したいんだけど……一つ思い浮かぶのは、『情報交換』だと思うんだ。何か思い当たる節はない?」


「……あ、それなら」


「何かあるの!?」


「……これは私の仮説ですが、私とホルガーさんは『イレギュラーな転生者』なんだと思います」


「……え?」


神霊種オールドデウス、って知ってますか?」


「うん。この世界の『概念』の権化だったね。実際見たことないから、にわかには信じがたいんだけど」


「ディアケイレスが、ある程度『転生者』について話してくれました。それから、私はもう一人の転生者にもそれについて聞いたことがあります」


「ど、どんな話?」


「認識の違いはあれど、二人とも、『転生者は神霊種オールドデウスにレベラーと祝福をもらう』と言っていました。しかもそれが、


「……レベラー? 祝福?」


「レベラーは、ステータスが見えるようになったり、言語を理解できるようになったりする能力です」


「ステータス? どんなふうに見えるの?」


「確か、筋力、魔力、知力、賢力の四つが、数字で」


「……良く分かんないけど、今はいいや。祝福は?」


神霊種オールドデウスが持つ能力の一部が分け与えられるみたいです。その転生者は、絶望の神セウス=ベラによる『絶望』という能力で、負の感情を魔力に変換できる能力だと言ってました」


「……じゃあ君は、『念力』……でも、それは生まれつきだったよね?」


「はい。というか、私も神霊種オールドデウスに関しては、その時初めて知りました」


「……あれぇ、僕は?」


「……私たち二人に共通しているのは、与えられた能力が『言語理解能力だけ』という部分です。そして違うのは、『念力』と、『神の声』という部分……」


「神の声?」


「……すみません。あなたの日記を見ました」


「えっ、ハズカシっ」


「……で、それで気になったのが『神の声』を聞いた、という部分です」


「あぁ、あれか」


「あれって、いったい何だったんですか?」


「……分からない。ただ、単純に聞いたんだ。『なにがしたい?』ってね。『機械に命を与えたい』って答えたんだけど、それきり」


「幻聴と言う可能性は?」


「……ごめん、正直分からない。でも、なんだか違う気がする。根拠はないんだけど」


「……」


「……ま、『イレギュラーな転生者』に関しては概形だけだけど分かった。てことは、『敵』は『レギュラーな転生者』と言った方がいいね。出鱈目な力も、その『祝福』ってやつだろう」


「……」


「おっと、結構、しょげてる?」


「……えぇ、まぁ」



 正直、胸が張り裂けそうだ。

 何も起こりそうにないから。



「ホルガーさんは、『魔力』、感じられますか?」


「いや、できないけど……あはは、ごめん」


「いえ、私もなので……これで、『イレギュラーな転生者』の条件が、いくつか浮き彫りになってきました」


「担当の神霊種オールドデウスがいないから、レベラーも祝福も無いし、魔力も感じ取ることができない。だけど、『言語を理解する能力』は与えられている……ってことは、『誰かの意思がある』ってことなんだろうけど……指摘する必要はないかな?」


「えぇ、まぁ、なんとなく分かっていましたけど……」


「……んじゃここも、『誰かの掌の上』なのかもしれないね」


「……」


「だとしたら、僕に話しかけてきた『神』かなぁ……ハハハ、なんだか空論になってきちゃった」


「――――実は、『中間地点』というものを、転生する際に経由してきたんですが」


「『中間地点』?」


「……どうやら、こことは違うみたいなんです」


「どんなふうに?」


「……まずそこでは、イメージが具現化しません。それに私自身の『念力』も使うことができます」


「ここでは使えないの? 『念じる力』なら……」


「――――あ」



 俺は忘れていたことを思い出し、話を切って空間に穴をあけてみることにした。ホルガーは不思議そうな顔でこちらを見ている。

 念力は、使えないことは無い。そもそもイメージが具体化されるのだから、誰でも念力は使うことができるのだけれど、でもそうじゃない。「念力」として、「物理的な力」として発動できている。……根拠はない。ただ、感覚がそう言ってるだけ。ホルガーが「神の声」を聞いたと言い張るのと同じように。「念力探知」はどこまでも広がる闇を掴んでいる。


 集中。どこまでも莫大なエネルギーを一か所に……!


 ――――割れた、が、どこかおかしい。

 あのときの白い光が漏れ出ているが、なにか、なにかが違う……。



「あ、できたの?」


「はい。ありがとうございました」



 ――――――――だが、ダメだった。

 眩い光に包まれたかと思えば、広がった光景は、再び同じもの。



「どうしたの……?」


「駄目みたいです……」



 クソッ……。



「……で、その中間地点ってどんなところなの?」


「白いタイル張りの床が、どこまでも広がっている空間です。空は黒く、何も見えません。空気は無く、少しだけ肌寒い。心臓は動いていないのに、嗅覚以外の感覚が研ぎ澄まされているような感じがありました」


「イメージじゃない空間……」


「その時私は、念力を使って空間を裂きました」


「んな馬鹿な」


「ええ、馬鹿でしたね」


「……それでワープした先が、異世界」


「はい」


「で、今それをやったけど、駄目だった」


「……はい」


「……僕はそんなのなかった。もしかしたら君の『念力』が作用しているかもしれないが……そもそも力で空間を裂けるものなのだろうか、仮にそうだとしても異世界につながっている理由がない。もしかしたら別の並行世界に飛ばされる可能性も……あぁ駄目だ、結局オカルトだ」


「……私もいつもそうなります」



 再び、沈黙が流れる。

 話す内容が無くなってしまったから。


 何かないか? 何か、引っ掛かることは……。



「情報交換、か。なら、僕がビルキットについて話した方が……いや、関係ないか」


「……いえ、可能性は片っ端から試しましょう。聞かせてください」


「まだ諦めないんだ、君。すごいね、流石侍だ」


「侍はもういません」


「おっと」



 まだ。

 まだ諦めない……ッ。

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