11-2

 名もなき技がぶつかり合う。


 バケツをひっくり返したかのような豪雨の中、その攻撃の一つ一つが爆音をまき散らし、衝撃波で何もかもが壊れてしまいそうな雰囲気だった。少なくとも、二人が上空で戦っているおかげで、ダラムクスを壊滅させるようなダメージは無かったわけだが。

 いや、まだわからない。もしも何かの拍子で二人が落ちてこようものなら、そこに生命は残らないだろう。


 一人は、「絶望」の御子、ミヤビ。ルベルが殺されてしまったことが「トリガー」となり、魔力が暴走をしている。絶望が魔力を、魔力が激痛を、激痛が絶望を、絶望が魔力を……彼女の中で繰り返される負の連鎖は、皮肉にも、彼女を動かす力の源となっている。


 もう一人は、ただの超能力者、モトユキ。ルルンタースに気絶させられたことが「トリガー」となり、ミヤビと形は違えど、暴走をしている状態である。ただ、彼の内部に起こっていることは、周囲の人間はおろか、当の本人にでさえも分かっていない。



 ――――ドォォォンッ!!! バァァァンッ!!!



 二人とも素手であったが、そもそも武器などあっても意味がない。純粋な「力」のぶつかり合いだからこそ、そこに積み上げた経験や磨き上げた技など要らないのだ。他の冒険者たちとは次元が違う。



 ……そして、そこに戦う理由はない。



 彼らの戦闘の弊害……いや恩恵のおかげで、ダラムクスを囲っていた結界が破れた。ダラムクスの住民たちは、逃げだす者、建物に隠れる者、それでも魔物と戦う者……と未だ混乱の最中にある。だが、さっきまでの状態よりは確実に余裕が生まれている。

 一つは、結界が壊れたことによる、魔物の拡散と逃げ場の増加。もう一つは、幻魔による統率を失った魔物たちが、ミヤビやモトユキの魔力に恐れて混乱していることによる、敵戦力の低下。主にレベル1の魔物たちがこれに当てはまる。


 それでも死者は増え続けているが。


 だが、人々の間には一つの希望があった。「ミヤビ」が戦闘していることだ。事の全容を詳しく知らなくとも、ギルドのエースがものすごい戦いをしているのだから、「助かるかもしれない」と少しずつ思い始める。それが士気を高め、いつしか、壊れかけていた人々の心は、再び気力を取り戻していた。



「……はぁ、なんか、もう俺死んでるのかな」



 一部、取り戻せていない人間もいたが。

 彼はジョン。禿げ頭をいつもミヤビに馬鹿にされる冒険者。彼は、ミヤビの能力を知っている。今、起こっている壮大な戦闘の全容も、理由は知らないが、なんとなくの勘だけで真実に辿り着こうとしていた。

 要するに、状況は最悪だとはっきりわかっていた。



「お、おじちゃん、お母さんは、大丈夫だよね」


「ぼく、ぼく……こわい……」


「しんじゃうのやだ!! しんじゃうの、やだ!!!!」


 

 彼の周りには、喚く子供たちがいた。レベル1のときの子供たちの生き残りだ。二十人くらいの結構な大所帯で、どうやら年齢が上の子たちが先導して逃げてきたらしい。

 ここは、どっかの誰かさんの家だった。詳しいことは知らない。ただ、他の家に囲まれていたり、街の外れに在ったりしたため、魔物からの被害は少ない。事実、まだここに魔物は侵入していない。



「大丈夫、俺が、守ってやるから」


「で、でもおじちゃん……腕が……!」


「あぁ、食われたな……」



 ニックが死んだ。

 ジョンとニックは、初めは大人たちを守ろうと戦っていた。だが、食われそうになったジョンを、ニックが助け、ニックはそのまま魔物の餌に。その油断した隙に、ジョンは左腕を食われてしまった。そして自分の恐怖の赴くまま、大人たちを「見捨てて」逃げた先が、ここだった。子供たちに救助されて手当される様は、今思い返しても情けない。


 悔しいが、レンの言う通りになってしまった。

 本当は左腕のせいにして、「戦えないから隠れている」と言い訳したい。だが……そんなことを考えているだけで、情けなくなる。情けない、嗚呼、情けない。



「大丈夫。俺が守ってやるから、安心しろ」



 一つも信用できない、へなちょこな声。震えて、大人なのに軽い声。でも、この言葉で強く頷く子供もいた。たとえ頼りない禿げの言葉だろうと、彼の鍛え上げた身体は、とても強そうに見えるのだ。



「えぇと、その」


「ジョンだ」



 多分、子供のリーダーだと思われる人物が話しかけてきた。

 彼の名はドナート。この中の最年長でもなければ、チビで声変わりもしていない男子。だが、他の誰よりも落ち着いていて、凛とした態度をとっている。



「……ジョンさん」


「おう」


「僕たちは何をするべきですか? まだ、外には避難できていない子たちも……」


「何もするな」


「……でもっ……!」


「何もするな。何もできないくせに」



 ドナートの言葉に続いて、正義感の強い子供たちは次々に言葉を投げかけた。「みんなを助けなきゃ!」「僕たちにも何かできることはある!」「私たちの他も守ってよ!」……それがなんだか、黒板を耳の奥で引っ掛かれているような、気持ちが悪い感覚がした。



「――――生きろよ、良い子なんだから」



 ジョンは、自分が泥を吐きそうな気分になった。それは、ずっと前から思っていたことで、「道理」に反する事かもしれない。だけど、この追い詰められた状況で、それを吐き出すのをやめられなかった。

 彼の少しだけ強くなった口調に、周囲は、ほんの少しだけ恐怖を抱きながら注目する。



「――――ずっと思ってたんだよ! 自分のために生きる事って、そんな悪い事かよ!?」



 ジョンは叫ぶ。自分の評価が下がっていくと分かっていても。



「お前らはなんで、そんなに『良い子』でいられる!? どうして、自分を捨ててまで、他を大事にするんだ!? 死んだら、終わりなんだぞ、何もかも……! 今を乗り越えて、あとから頑張ればいいじゃないか!? そうすれば死ぬことも無い!!」



 子供たちも、大人たちも、「見捨てる」と選択した者は少なかった。皆が皆を助けようとする。冒険者たちはジョンの知っている者はすべて、「守ろう」とした。冒険者じゃない大人たちも、その手に武器を握って、魔物に立ち向かおうとしていた。生きているかどうか分からない我が子を守るために、もし死んでいるなら敵を討つために……無駄に、命を捨てる。



「じゃないと俺が、俺が……悪者みたいじゃないか。確かに、あいつら幻魔の言っていることは、逃げる奴を『悪者』として後ろ指を指しているように聞こえるかもしれない! ……だけどさ、人間は、だろ?」



 ジョンは、生きたい気持ちでいっぱいだった。

 本当は、力があるなら、救いたい。

 でも、不可能なんだ。ミヤビが無理なら。



「お前らは、作り話の主人公じゃねぇんだ!! 正義のヒーローでもねぇんだ!! 今ここに生きてる人間なんだ!!! 宝物なんだよ!!! だから、簡単に死ぬ!!! なんでそんな簡単なことが分からない!!??」



 情緒が不安定だ。頭がおかしくなってる。

 分かっているけど、分かってるけど……。





「――――――――生きろよ!!!!!」





 言いたいことは、言ってやる。



 子供たちは、その言葉が伝わったのか、それとも呆れただけなのか、絶望しただけなのか、それは分からなかったが、もう何も言ってくることは無かった。しかし、喚くことが無くなった。一人一人が、なにかしらの「覚悟」を決めた顔つきになっていた。ただ、恐怖するだけじゃない。どこか一点を見つめ、深く考え込む。



 ……誰一人として、その部屋を出る者はいなかった。

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