6-4

 ダラムクスの学校。ルベルが活動しているのは、西にある「高学年」の校舎。子供たちは、いつもここで魔法の練習や勉強をしている。

 モトユキたちがホルガーの家を訪れている間、ルベルのクラスでは魔法の実践授業が行われていた。と言っても、小さな港町の学校だからそこまで立派な施設があるわけではない。教師が魔法で作り出す、的用の「木の人形」を海を背にして置き、それめがけて魔法を繰り出すのだ。


 この授業は子供たちに人気である。

 だから、この時間は子供の楽しそうな声が浜辺に響く。



「……はぁ」



 ところが、ルベルは、今日この日だけは乗り気でなかった。

 魔法が得意である彼女は特にこの授業がお気に入りなのだが、明朝の出来事があって、仮面の下でため息ばかりついている。



「次、ルベルちゃんの番だよ?」



 そう言う彼女は、不思議そうにルベルの顔を覗き込むが、仮面をつけているので表情は見えない。

 クラスメイトは仮面を不思議に思うことはない。初めのうちは不思議であったが、冒険者として名高い「ミヤビ」の子であることを理解してからは、そこまで不思議に思わなくなった。



「うん」


「……また、ビルギットのことで怒ってるの?」


「別に」



 紅い月の夜の後にルベルの機嫌が悪くなるのは、今回に限ったことではなかった。彼女はやれやれと言わんばかりに息を吐き、渋々魔法を打つ準備をするルベルを眺める。

 ルベルは魔法が達者であった。風魔法ウェントスの使い方を真面目に学ぶことはなくとも、彼女自身が持つ魔力が大きいため、その威力は絶大。クラスメイトが傷一つ付けられない人形に、えぐったような痕をつけることが可能なのだ。


 「ちゃんと真面目に授業受ければ、最強なのにね」と彼女らは話した。

 風魔法ウェントスは万能魔法と呼ばれるくらい、ダラムクスでは便利とされている。移動に使ってもよし、攻撃に使ってもよし、火おこしや物資運び、夏場では涼むこともできる。

 だが、ルベルができるのは、「風の刃ウェントス・グラディウス」のみ。高濃度で圧縮した風の魔力で刃を作り出し、相手を切り裂く初級魔法だ。



「風よ来たれ。その力以って……あぁ、めんどくさいなぁ」


「ルベル。しっかり詠唱しなさい!」


「……チッ」


「こら!」


「……」



 教師に怒られたが、ルベルが謝ることはなかった。代わりに右肩に左手を置き、慣らすように動かす。そして、ゆっくりと、手を人形へ向けてかざした。

 同時、そこへクラスメイトの視線が集まる。



 次の瞬間、辺りに突風が吹いた。

 強い魔力を込められた数多の刃はひゅううという音とともに、人形を幾度も切り裂く。あわや胴体がちぎれんばかりに損傷したそれは、まるで絶命したかのように地面へ伏す。


 沈黙。

 無詠唱で、かつ、「風の刃ウェントス・グラディウス」とも言えないくらい雑な魔法。ただ魔力を放っただけに過ぎないにも関わらず、周りの魔法の威力をはるかに凌駕した。


 ……妖精種エルフの才能だ。


 クラスメイトはいつになくルベルの機嫌が悪いことを察した。もしかしたら、「機嫌が悪い」の枠を超えて「怒り」に達しているかもしれないとも思った。仮面に覆われたその素顔が見えることはなかったが。



「……ご、合格」



 戸惑いながらも言った教師のその言葉。

 それが、授業内で放たれた最後の言葉となった。



 ☆



 昼食の後、休憩時間。

 クラスメイトはあの後ルベルをなだめようと試みたが、ルベルの機嫌が直ることはなかった。


 ……いや、直ってはいる。完全にとは言えないまでも、苛立ちはおさまっていた。今、ルベルが不貞腐れているのは最早「意地」ともいえる。思春期特有の、大人に対する意地なのだ。

 そして、後悔していた。あまり怒りに身を任せた行動をすると、周りが離れて行ってしまう。そのおかげで寂しい休憩を取らざるを得なくなっていた。


 けれどもやはり、ビルギットは嫌いだ。

 何を企んでいるか分からないあの目、作られたように不気味な笑顔、機械の露出する傷、人間に近しい合成音声。思い出すだけで鳥肌が立つ。


 なぜ、皆は怖がらないのだろう?

 あんなに異質なのに。


 そんなことを考えながら、図書室で絵本を眺めていた。

 同年代の女の子はもう少し難しい本を読む。ところが、どうしてもルベルはそういう類の本は苦手だ。途中で眠くなってしまうから。

 絵本はそれなりに好きだ。まだ小さい頃、ミヤビによく絵本を読んでもらっていたから。もう一度読んでほしいが、そんなこと、十三の自分が飄々と言えるわけがない。

 仕方なく自分で読むが、何か物足りない気分になる。



「……あれ? ルベルっち、今日は外で遊んでいないんですか?」


「まぁ、ちょっとね」


「んんー? なかなかに子供っぽい本を読んでるんですねぇ。やっぱり、普段から本を読んでないと、そんな本しか読めなくなるんですねぇ」


「うるさい、きのこ」



 きのこ、そう呼ばれた彼は「ガス」という少年。

 ルベルと同じクラスであり、キノコのようなヘアースタイルをしてるから、「きのこ」と呼ばれているのである。今日も今日とて、白いYシャツに、黒い短パンをはき、丁寧語で上から目線にものを話す。


 「そんなだから嫌われてんだよ」と言いたいのを、ルベルはぐっとこらえた。



「ふひ、そんなことより、今日の実践授業、ルベルっちかなりキレてましたよねぇ。やっぱり、、腹立ちます?」


「……まぁ」


「ふひひ、やっぱり! 流石僕ちんの推理力!」


「……何がしたいの?」


「そうそう、ルベルっち、耳よりの情報があるんですよ、その、ビルギットについて。実は僕ちん、あいつの居場所をつかんだんです!」


「……!」


「どう? 今日の夜、一緒に行きません? どうせ大人たちは宴で子供なんて見てませんし、紅い月のあとは警備もザルになります。家を荒らして、あのロボットをぎゃふんと言わせちゃいましょうよ」


「……」



 ガスもまた、ビルギットを嫌っている少年だった。

 ルベルは彼と行動するのに少しだけ戸惑ったが、この件を承諾することにした。


 そうすると不思議と、腹の底がむず痒くなった。

 私利私欲のために行動する自分と、わずかに残った自分の良心が、かみ合わなかったからだろう。

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