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「嬉しい。やっと会えた」
本当に嬉しそうな顔でにっこりと笑って、その女性は言った。
田辺はなんで、この名前も知らない、今日会ったばかりの見知らぬ女性が、自分と会うことをこんなにも喜んでくれるのか、その理由がわからなかった。
僕のファン、ということなのかな?
……可能性としては、それが一番高いと思うのだけど、(小説家の田辺にとって、他人に誇れるものは自分の作品しかなかった。あとはすべてゴミだと、田辺は自分自身の存在も含めて、そう思い込んでいた)……まあ、ないかな。
田辺はホットコーヒーにミルクを入れて、それを少しスプーンでかき混ぜて、温度を冷ましてから、飲んだ。(田辺は徹夜をしていたから、コーヒーはいつも以上に、とても美味しかった)
「お名前を伺ってもよろしいですか?」
田辺は言った。
「あ、すみません。私ったら、自分のことばかりで、頭の中がいっぱいになってしまって。『私と田辺さんは、この世界ではまだ出会ってはいないんでしたよね』。本当にすみません」とにっこりと笑って女性は言った。
私と田辺さんは、この世界ではまだ出会ってはいないんでしたよね? 田辺はコーヒーを飲みながら、女性の言葉を頭の中で繰り返す。
なにを言っているのだろう? そういう設定を自分の中で勝手に作り上げている人なのだろうか? ……まあ、わからなくもない。空想が好きで、創作が好きなら、プロとか、アマとか、そういうことは関係なく、自分の世界の中で生きている人はたくさんいる。(……というか、自分の世界の中でしか、生きられないのだけど。もちろん、僕も含めて)
「私は深雪と言います。『田辺深雪』(たなべみゆき)です」
にっこりと笑って、深雪は田辺にそう言った。
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