64話 エブリデイ 支える者たち

「……おはよう」


 自宅の階段をゆっくりと下る、寝ぼけ眼をこすっている龍二。普段見せるキリッとスマートな様相は鳴りを潜め、戦う使命を持った戦士には到底見えない一人の男子高校生の姿がそこにはあった。


「おはよう、早く朝食食べちゃいな」


「随分と寝坊助だな龍二、夜更かしか」


 降りた一階に待っていたのは、龍二の両親だ。本当の所は血の繋がった両親ではないのだが、子に恵まれなかった二人は捨て子として施設に居た龍二を、まだ小さい頃に施設から養子として引き取り今に至るまで実の両親のように育ててくれた。一人っ子の高校生の両親としては若干高齢だが、まだまだ働き盛りと夫婦二人で切り盛りする工場で働くパワフルな人であった。


 そんな龍二の両親は食卓に白米、たくあん、味噌汁、アジの塩焼きと言う、古き良き日本の朝食を並べ、目覚めるのが遅い龍二を待っていた。龍二はあくびをしながら席に着くと自分の頬を手でパチンと叩いて眠気を追い出そうとする。


「友達と深夜までチャットで話し込んでしまった、眠い……」


 昨日の夜はチャットアプリで愛とずっと話していた龍二。恋人同士がする夜通しでの会話となれば甘く睦まじいものかと思えば、テレビで放送されていた映画の感想を言いあったり、そこから愛の得意ジャンルなオカルトをテーマにしたホラー映画を勧められたりと他愛のないものだった。おかげで普段の就寝時間を随分とオーバーし、おやすみとお互いにメッセージを送った頃には、時計は午前2時を示していた。


「友達と仲が良いのは良いけど、睡眠時間ぐらいちゃんと取らないと体に悪いんだから」


「わかってる。昨日はたまたま盛り上がっただけだよ」


 龍二が母の心配を軽くあしらうと、両手を合わせる。それを見た両親も両手を合わせ、三人同時にいただきますと挨拶を忘れない。そっと味噌汁の入ったお椀を持ち上げると味噌の香りが鼻を通り、食欲を刺激する。具は豆腐とワカメの二種類でこれが青木家の定番だった。


「まぁ、お前に友達が居るってんなら良いんだよ。ほら、前も化け物関連に巻き込まれたとき女の子来ただろ。 あの子彼女か? それともまだそこまでいってねぇか?」


 龍二の父が白米を豪快にかっこみ、飲み込んだと思えば、一時二人で行方不明になっていた愛の事で龍二をからかおうとしてくる。両親には愛との関係性を詳しく説明してはいないが、それでも親しくしているのはバレバレだった。


「やめろよ、そういう話を親にイジられるのが一番辛い」


「ハッハッハ! そうかそうか! 親かぁ、そうだよなぁ。俺、親だもんなぁ」


 当たり前だが親に色恋の事を詮索されるのは思春期少年にとって相当不快な事だ。龍二とてそれは例外ではなく、露骨に嫌な顔をしていたが、それを見ても父は意外にも豪快に笑ってのけた。


「何当たり前のこと言ってんの、もしかしてまだあの時のことを気にしてるのかい?」


「あんときゃ龍二に色々言われたからなぁ……」


 あの時とやらを思い出す夫婦二人。そのあの時とは龍二が中学一年生の時、養子だという事を告げられた時の事だった。多感な時期になった龍二にとって、実の親では無い事を告げられた衝撃は途轍もない事で、その時既にベルゼリアンと訳の分からぬまま戦わざるを得ない運命だった龍二に壮大なストレスを与えた。その結果、両親に酷い暴言を投げかけて家出してしまった事があったのだ。


「そりゃあの時は色々してしまったけどさ……今はもう思い悩んでない。血が繋がっていなくたって、二人が育ててくれた時間が俺と父さんと母さんを本物の親子にしてくれた。そう思ってる」


「おお、良い事言ってくれるねぇ。ほんと、いい子に育ってくれて俺は嬉しいよ」


「感動的な所悪いけど、遅く起きたんだから早く食べないと遅刻するよ」


 遅刻と聞いて壁に掛けられた時計を確認する龍二。時刻は普段の朝食の時間よりかなり遅くなっており、急がねばと朝食を食べる手を進めたのであった。




「おはよ! 今日は遅刻ギリギリだねぇ龍二君!」


「龍二とこの時間に会うなんて珍しいね、おはよう」


 豊金高校の昇降口、結局遅刻ギリギリに家を出ることになってしまった龍二はもうほとんどの生徒は登校していて人気の少なくなった下駄箱の前で、愛と里美と遭遇する。二人が家が近いため一緒に登校していることは知っていたが、この時間に遭遇するのは今日が始めてだ。


「誰かさんのせいで夜更かしさせられたからな」


「あはは……語ると止まらなくなっちゃうから」


「何、惚気? 二人の時にやってよ……」


 愛と話していたせいで起きるのが遅れたと、目にクマを作りながら話す龍二。愛は流石にやりすぎたと反省をするが、そんな二人の様子は里美にとって二人が惚気ているように見えていた。勘弁してくれと言った様子の里美を見て、そそくさと靴を履き替える二人だが、ふと愛が気になっていたことを龍二に聞いてきた。


「そうだ、虎白ちゃんの件、何か知らない?」


「虎白の……? 何かあったのか」


 虎白の件と言われてもピンとくることが無かった龍二。昨日体調不良らしい事は聞いていたが、何かあったのかと不安に思い聞き返す。


「いや、昨日から家帰ってないらしいんだよね……朝携帯に連絡したけど見てない?」


「今朝は急いでいたからな、残念だが俺は何も知らん」


 今朝は急いで着替えた後にカバンに必要なものをとりあえず詰め込み、ダッシュで家を出た龍二。スマホの電源を付けて通知を見る暇もなく、愛からの連絡は気づいていなかった。


「そっか……ナナちゃんとかすっごい心配しちゃってさ、すぐ帰ってきてくれれば良いんだけど……」


「七恵は友達思いだから、愛達の時も相当悲しんでたしね。あの時みたいにベルゼリアン絡みだと厄介だと思う」


 ベルゼリアンに襲われ愛と龍二が無人島に飛ばされてしまった事件を思い出す三人。虎白に家出するような気配も見えず、白虎になれることから普通の人間相手の犯罪に巻き込まれる可能性も低いと考えれば、残る線は一つだ。


「その線はあり得るな、放課後は街を回って何か気配を察知できないか探ってみる。悪いが今日は集まれんぞ」


「了解! 頑張れよ、私のヒーロー!」


 ベルゼリアン絡みとなればただ待っている事はできない。龍二は可能性が低くても虱潰しに辺りを回ってベルゼリアンの気配を探ることにした。戦いを共にする後輩とその友人たちの為に一肌脱ごう、もちろんそんな気持ちもあったが、龍二の胸の内にこの件に何か嫌な予感がするのも事実だった。


 そんな龍二の不安も余所に、愛は頑張れよと背中を叩いて激励を入れる。龍二はヒーローと言われるのは未だに慣れたものではなかったが、『私の』と愛に言われるのは嫌な気がしなかった。愛のおかげでやる気に満ちた龍二だが、そこに既に先に教室に向かっていた里美から声をかけられる。


「虎白の事は気になるけど、今は自分の事心配した方が良いんじゃない? 喋ってると遅刻するよ」


「やっば! 急ご、二人とも! ギリでも遅刻はしないのが私の流儀だよ!」


 話し込んでしまったと急いで廊下を駆けだす愛。廊下を走るなと龍二は注意をしようとするも、結局手を引かれてしまい、龍二は速足で教室に向かっていく。


 数奇な運命と戦う宿命を受けた少年。それでも本業は高校生。周りには共に笑う友人がいて、家に帰れば家族が暖かく迎えてくれる。そして、時に恋もする。そんな青木 龍二の学生生活は続く、これから起こる戦いをまったく予感させないように。




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