23話 スマイル 光と闇
「はい、この服で間違いないよね。龍二が買ったことにして渡しちゃっていいから」
愛が落ち込んでいたので集まる事の無かった研究所に、里美の連絡で全員がまた集まる事になった。龍二だけは他の二人より早く呼び出され、里美から代わりとして渡せと、ボロボロになったプレゼントと同じ服を貰っていた。
「そんな……俺は何もできなかったと言うのに、それでは君に悪いだろう」
あのデートの後、その街でもう一度ベルゼリアンが出てこないか警戒して回っていた龍二だったが、結局は他の街に現れ、何も出来ていなかったことを非常に悔しく思っていた。その上にデートの尻拭いまでされては、罪悪感が出てくるのも当然だ。
「いいってば、誰かに買って来てもらいましたじゃカッコ付かないでしょ。……じゃあ、私から買ったって事にしておこうよ」
そう言って龍二にレシートを突き付ける里美。タダで渡そうとしても受け取らないだろうと、とりあえず代金だけは受け取ることにした。高校生の財布事情で自分の着ない高い服を買うのも厳しいので、この条件を飲んでくれるならお互いに悪くはない商談だろう。
「……わかった、恩に着る。代金は必ず支払おう」
「じゃあこれ借金ってことで、あとは面倒見れないから上手く渡してよね」
商談が成立し、服の入った紙袋が龍二の手に渡る。準備は整った、後は愛を待つのみだ。
「やっほー! 久しぶりぃ! 遠藤 愛の完全復活だよ!」
龍二たちが愛達へ伝えた集合時間まで待っていると、その時間の少し前に、今までの落ち込みは何処に行ったのか、渾身のドヤ顔で愛が部屋に入ってくる。
「この前は見苦しい所をお見せしたけど、もう大丈夫だから! 大体寝たら忘れちゃうタイプだし!」
明るく振る舞う愛だったが、それが無理をして作っている物なのは長年一緒に居る里美ならばすぐにわかった。見かねて隣に座っている龍二を弱く小突く。それが合図だと気づいて龍二が立ち上がる。
「愛、これを……受け取ってほしい」
「何これ?……あ、これって」
紙袋を手渡されると、愛は最初は何を渡されたのかわからずキョトンとした。しかし、袋の中を覗いた瞬間に、あの時傷ついてしまった服と全く同じ物がそこにある事に気が付いた。
「嬉しい……貰ったプレゼントをボロボロにしちゃったのは私のせいなのに」
服を見た途端に今までやせ我慢をしていた分、すぐに涙が溢れてくる。代わりに何か買ってもらえるだけで嬉しいと言うのにわざわざ同じ物を探してきたのだから、大変苦労をかけてしまったのだろう。
「愛のせいじゃない。あの緊急時では仕方のない事だ。こうやって新しい服も手に入ったのだがら、もう気に病むな」
「うん、わかった。ありがとう……えへへ、今日は絶対泣かないって決めてたのに、結局泣いちゃった」
龍二に慰められた愛は泣いている場合ではないと、涙がまだ目に溢れているも手で拭って、精一杯の笑顔を作る。その顔を少し離れて眺める里美。あの時は人生のどんな時よりも落ち込んでいて、そして今は見たことがないほどの笑顔を見せている。愛とは長い付き合いだが、一つの出来事でこれだけの感情を動かすとは、全く恋というものが持つパワーは計り知れない。
「ねぇこれ早速着ちゃっていいかな? いやもう着替えてくる! 覗かないでね!」
口早にまくし立て、別の部屋に去っていく愛。少し前までどこかしんみりとした雰囲気だったのに、急にいつもの調子に戻り、真の完全復活を遂げたようだった。
「うーん、我ながらいい仕事したなー」
この笑顔のために苦労したのだと里美が笑う。これを買う最中に起こった事は、仕事と一言では済ませられない気もするが終わりが良ければ全て良しなのだ。龍二が愛には聞えないようにもう一度小さく礼をする。着替えを待っている間に入口の扉がまた開く。七恵がやってきたのだ。
「みんなおはよう……あれ、愛ちゃんはまだ来てないの? もしかしてまだ落ち込んでるのかな」
「いや、すっごい元気になってたよ。今あっちで着替えてる」
何故着替えているのかは七恵はよくわからなかったが、元気になっているならば良かったと荷物を机に置く。一息つこうと思っていると、勢いよく愛が去って行った扉が開けられる。
「お待たせー! どうどう? 可愛いかな?」
プレゼントの薄いピンク色が鮮やかなワンピースを着た愛が、見せつけるようにクルリと一回転。ひらりと裾が舞い上がる事で、しなやかに伸びる白い足が露わになる。鼓動が高鳴るほどの清純さと美しさを兼ね備えながら、普段の愛からは全く感じ取れない色情を感じさせる脚線美が、龍二の視線を釘付けにして離さない。
「ああ、か……可愛いぞ。やはり愛にはピンクが似合う」
愛は回転を終えると、真っすぐ龍二の方を向いて感想を聞こうとする。視線を隠れてしまった足から愛の顔に戻し、可愛いと言葉にするのを少し恥ずかしがりながらも、龍二が愛を褒める。しかしすぐに顔を背けてしまった。
そんな様子を見て愛も微笑んだ。恥ずかしがっていながらも、褒めてくれるのは素直にとても嬉しいし、あの感情表現に乏しい龍二の顔が赤くなるのはなんだかちょっと可愛いし、少し意地悪すらしたくなってしまう。
里美も含め和やかな様子が辺りに流れていたが、一人だけ和やかどころではない人間が居た。
「可愛い……好き、愛ちゃん最高……これが、尊いって言う事なんだね……ああ、凄い!」
崇めるように両手を合わせながら愛を見ていた七恵は、語彙力の無い言葉を残した後、最後に奇声を上げながら満足げな顔のままぶっ倒れた。
「ちょっと、ナナちゃん!? ナナちゃーん!?」
愛が懸命に揺さぶってみるも、えへへとうわ言しか喋らなくなっていた。愛の姿に心を奪われていたのは、何も龍二だけでは無かったのだ。ともあれ愛達の間にまた楽しい日常が戻ってくる。夏休みも終盤、彼女たちの青春は続く。
「困ったなぁ、勝手な行動は控えてほしかったんだけど。まだ僕らの存在を明かすはずじゃないだろう? ジャック」
「ふん、何もわからずに蹂躙されるのを見るだけではつまらんのだ。支配者を気取る人類に、この世には更に上の存在が居る事を知らしめる。真に恐怖を与えるには伏線と段階が必要なのだよ」
人の言葉を話す他のベルゼリアンとはレベルが違う存在が根城とする、誰も寄り付かない廃工場で以前も居たロングコートの男とジャックと呼ばれた銀髪の男がお互いに睨みを効かせている。
「それにあのシーンのおかげで面白い物を作れた。この舞台は更に観客の心を掴む」
ジャックは手に持ったナイフを指で遊ばせながら、不敵な笑みを浮かべつつ言葉を続けた。ロングコートの男はイラつきをあえて隠さずに威圧する。
「面白い物……?まだなにかするつもりなのかな」
「青龍と朱雀、そして玄武まで表舞台に上がってきたのだ。ならばギャラリーが求める最後のピースは明白だろう?」
ジャックは大きな音を立てながらナイフを木箱に突き立てる。どうやらこれは気に入らなかったらしい。それを意に介さずに男は皮肉を言い放つ。
「まったく、演出家を気取るつもりなら、脚本を作るこちらの苦労も知ってほしい物だけどね、ともかく表立った行動は控えて貰いたい。僕らの仲間はまだ少ないのだから」
そう言って男は窓から夜の闇に飛んでいった。姿こそ今は人間と変わらないが、その跳躍力は彼の本来の姿が異形の化け物である事を表していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます