第7話

──何だ?何がどうなってる?俺は確かに勝った筈だ、だったら何故寝そべってこんな目にあってる?


ポツポツと鼻の先に水滴が垂れる。


──ここは……『外界』?


手も足も動かない、これはさっきの戦闘での疲労によるものだ。


記憶の昏倒、ゾラという男との決闘、最後に立っていたのはヴォルフであった筈だ。


糸を辿るように過去の出来事を思い出す。



曖昧で不完全な記憶、ただその中でたった一つだけ色濃く脳裏に焼き付いた記憶。それはゾラという男が死に際に見せた笑みだった。


~ ~ ~ ~ ~ ~


遡る事、ほんの数時間前、空間が断裂しかけるほどの激しき闘いはヴォルフに軍配が上がる。



「は……はは……はっはっはっは!俺の……俺の……俺の勝ちだぁ!!!」


圧倒的な静寂と土煙の中、勝負の余韻に浸りながら甲高く勝利を叫ぶ。


ヴォルフの炎はゾラを呑み込み焼き尽くした。男の一撃を受けた右肩は粉砕骨折を起こしだらし無く垂れる。


先程まで雑魚とまで蔑み侮蔑していた男との血肉湧き踊る死闘に久しく感じぬ満足感を得ていた。



「───どうだ、見たか、見たか!!俺がイチバンッ……」


乱れる呼吸、高鳴る鼓動、浮き彫りになる血管、全てが気持ち良かった──そんな時だ。


───おい、オマエ何やってんだ


勝利に浸る歓喜の中、不意打ちの様にそんな声が上がった。それは突然も突然、言い表すのなら突然降り出した#強雨__スコール__#のようなそれ程までに意表をついた様なタイミングで。


ヴォルフは知覚する。


その声の主とゾロゾロと集まる不形歪曲な集団達を。

階層主達だ、一ヶ月に一度開かれる定例会議の為に集まった階層の主達だ。


ヴォルフは高揚と激動の中から我に返る。


───何だ?何かがおかしい。 


ヴォルフはその異様な光景に疑問を持つ。


───タイミングだ、タイミングが良過ぎる。


普段全くと言って統率の取れない階層主達、今日に限って全員が同じ時間に現れた。


しかもこんな時間にだ、まだ会議まで半刻以上も時間がある。


「おいおい、グレムリン先輩に言われて来てみればこりゃ一体どうなってんだ」。


──グレムリン?グレムリンっていやぁ、あのクソアンデッドが良くつるんでた奴じゃねぇか。


「なぁなぁ、グレムリンさん、ここで一体何があったってんだ?」。


含みのある笑み、狡猾な相でズルそうに笑う。そして


「ヤバイィ、ヤバイィ、アイツ、ゾラの事殺しやがったァ!!」


───叫んだ 


演技地味た、台本の暗唱をしている様な圧倒的な棒読みで。


これは嘘だ、最後の攻撃の際、自分を合わせた二人分の気配しか感じなかった。アイツが#仲間__グル__#だとして、こんな事をするメリットってなんだ?


「ちょ、グレムリンさん、ゾラってあの新人のですか?アンデッドの…」。


「ン?あぁ、いや、うん、そう」。


挙動不審なグレムリン。



───一体何が目的だ?捨て身の攻撃にまで出て何が………



「──あっれぇ、どしたの、今日みんな早いね」。



『───ブフゥッ!!』


そこにいたのは大陸全土に『暴皇』の名を轟かせるフェクトその人であった。



死に際の笑み、グレムリンの猿芝居、無謀な挑戦全ての点が繋がった。


刹那、ヴォルフはブルーハワイを掛けられたかき氷の様に青ざめる。


基本的に無法地帯なこの泥沼の迷宮にも一つだけルールと呼ばれるものが存在した。それは─


──『みんな仲良くしましょう』 by ふぇくと


そう、ゾラはここまでのシナリオを全て読み切っていた。


自らの実力の無さを肯定し、その弱さを和えて利用しフェクトの同情を誘う。

頭は残念な『暴皇』だが仲間思いなのは確かだった。迷宮の『仲間』であるゾラの殺生を感化することは決して無い。


「お、おい、ちょっと待て!!」。


「あー、フェクト様、見て下さいヴォルフのヤツがゾラを、はい」。


──あンの野郎!!ハメやがった!


ヒシヒシと伝わる実力の差。抗う気等失せる程の圧倒的なまでのオーラ、戦闘狂であるヴォルフが戦意喪失するほどの気を背丈百程の小さな肢体から放っていた。


「あ、あのフェクト様、違います、違うんです、あ、アイツが──」。



「悪い子の言う事は聞きません!!」


弾丸の如く振り上げられた拳、ヴォルフの体を捉えたその拳は唸るような速度で、岩石をミキサーに詰め込んだ様な轟音で───虚数階の屋根ごとヴォルフを殴り飛ばした。


階層主達は不意の出来事に驚き呆れて、呆然として見ていた。


そして戦慄し固唾を飲む。『絶対にフェクト様を怒らせてはならない』──と、心にそっと刻み込んだのだった。


砕け散った天井を見てフェクトはため息を一つ


「───せっかく彼のお給料多めにしておいたのになぁ」。


密かに呟くのであった。




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