第4話 練習試合、後半!①

 後半開始直後、結衣ゆいが自陣のペナルティエリア(ゴール前)近くで、パスを出そうとした相手選手の斜め後ろからスライディングをしてしまいファールを取られる。同時に警告イエローカードを受けた。


 あまり与えたくない位置でフリーキック(反則があった場所にボールを置いて、キックで試合を再開する)のチャンスを与えてしまった。


 すると相手の最後尾からゆっくりと、やなぎが上がってくる。



「あいつ、まさか蹴る気か?」



 相手ゴールに近いフリーキックを蹴るゴールキーパーというのは、例がないわけではないが、珍しい。


 もしも蹴ったボールを奪われでもすれば、自陣にゴールキーパーがいない状況となってしまう。リスクが高すぎるんだ。


 しかし柳は当然のように、慣れた様子でボールをセットした。


 三歩ほど下がった位置から助走を開始するとコンパクトに左足を振り抜き、勢いのあるボールがグンッと曲がってゴールに吸い込まれていく。


 そのまま手島和歌の手をかすめて、ゴールネットを揺らした。



「チラベルトかお前は!?」



 ついピッチに向かって大声でツッコんでしまう。


 チラベルトは元パラグアイ代表の名選手レジェンドで、『フリーキックを決めるゴールキーパー』として世界に名を馳せた。その左足は驚異的なシュート精度を誇り、ゴールキーパーなのに一試合三得点ハットトリックを決めたこともある。



「あれだけ蹴れて、なんでキーパーやってんだよ……」



 失点した悔しさを含めて苦々しく口にしたが、純粋な疑問でもあった。


 小学生の時点で飛び級するほど上手かったわけで、技術の高さはフリーキックだけじゃないだろう。


 体格が大きいから、レポロが半強制的にゴールキーパーに指名したとか……?


 でもレポロは、かなり気を配って選手の意思を尊重するクラブチームだと思う。実際、背が低くても本人が志願すれば、ゴールキーパー専門のトレーニングを受けることができる。スタメンになれるかは本人の力次第ではあるけれど。


 第一、俺に色々叩き込みすぎたと後悔する親父が、強制的なポジション変更なんてことをするだろうか。


 とすれば、やはり本人の意思、志願によるものか――。



「……あいつの世代は、所謂いわゆる『谷間の世代』になってしまったんだ」



 俺が頭の中を高速で回転させはじめた瞬間、親父がしっかり聞こえる声で言った。



「出来が悪かったってこと?」


「決して、そういうわけじゃない。しかし一つ上の学年は啓太を中心に据えて全国大会へ行き、そこでも結果を出した。だが今の三年生達は、全国の舞台に辿り着かなかったんだ」


「全国に行くだけが結果じゃないと思うけど」


「そうだ。――しかし一つ下の世代も、瀬崎結衣を中心にして全国へ行ってしまった。そして二つ下は、寺本千智と一枝果林の得点力で……半ば強引にではあったが、全国大会へ出場した。つまり啓太の世代以降四年間で全国に行けなかったのは、今の三年生――柳の世代だけなんだ」



 ――日本に帰ってきてレポロの練習を見て、確実に選手のレベルが上がっていると感じた。


 大会の数はいくつもあるけれど、いずれにせよ四年間で三回の全国経験というのは、地方の小さな少年サッカークラブが残した結果としては格段に秀でているだろう。



「柳は世代の中心だった。体が強く技術も高い、将来有望な選手だ。そしてチームを勝たせたいという気持ちが人一倍強い。…………だが、この世代は守備に課題が多くてな。柳が点を奪っても、持ちこたえられなかったんだ。その傾向はアンダー13の試合で更に強くなり…………あいつは中学一年の終わりに、自らゴールキーパーへの転向を申し出た」


「……全てはチームが勝つため……ってことか」



 あれだけのボールを蹴るには、相当な練習が必要だろう。


 チームの足りないところを補い、得点力という武器も維持する。そのためにフリーキックを極めようとしているのかもしれない。



「――――さて、父親として、監督として、一つ言わせてもらおうか」


「……なに?」


「お前は相手選手より、自分の選手に気をつかうべきだ」



 女子チームのコーチをしてほしいと頼まれてから、初めて、親父が俺の行動に口を挟んだ。


 練習後のミニゲームをやらなかった日にも、何も言わなかったのに。


 ――俺は相棒のソフィへと目を向ける。


 するとソフィは、碧い目でまっすぐピッチの中を見ながら、言った。



「ワカとマナの動きがおかしいよ。二人とも、苦しそう……」



 そしてようやく俺は、攻め込まれている女子チームのゴール前に注目した。


 確かに二人とも、良い表情はしていない。焦っているような、追い詰められているような…………。



「……そうか! 柳の世代が守備崩壊したってことは――っ」


「うん。原因は、あの二人にもあったかもしれない……。そういうことだよね」



 三年生の手島てしま和歌わか守内もりうち真奈まなは、どちらも守備のかなめとりでとなる選手だ。


 もし彼女達が役割を果たしていれば…………。もしかすると柳は、ゴールキーパーに志願していなかったのではないだろうか。


 特に和歌は、小学生の頃からレポロでゴールキーパーをやっていたはずだ。柳がゴールキーパーとなり、一年経った今背番号1を柳に譲っているということは、ゴールキーパーとしてお役御免を言い渡されたようなものであって、そして、小学生から積み重ねた努力や経験を、わずか一年で柳に抜き去られたということにもなる。


 最も体格と強さを要求されるゴールキーパーを、中学三年の混成チームで女子選手が務めるというのは、正直に言って無理があるとは思うが――。


 さっき親父は、ハッキリと、守備に問題があったと言い切った。彼女達は小学生の時点で悔しい思いをして、そこから更に、中学生になっても……。



「あの二人は女子チームの精神的支柱だ。安定した二人が後ろにいるからこそ思い切って攻撃ができる。そこが揺らぐと…………。もう一点差だ。マズいぞ」



 心配しながら見守ると、柳と一緒に後半投入された長身の二年生フォワードへ向けて、ふわりとした浮き球の高いパスが放たれた。


 瞬時、真奈がボールの落下点へ急ぐが――。



「任せて!」



 大きな声を出して心乃美このみが落下点へ急ぐと、持ち前の瞬発力で真奈を追い越した。


 目的の地点へいち早く辿り着き、そのまま勢いを保って飛び、相手より僅かに前へ割り込みながらヘディングでボールを弾き返す。――高さで負けていても、勢いで競り勝った。見事だ。



「……危なかったね」



 ソフィの言うとおり、今のは危なかった。


 心乃美のスピードでギリギリ間に合ったけれど、もし疲労状態の真奈がそのまま行っていたら、競り合うべきタイミングに間に合わなかった可能性が高い。



「心乃美の存在も、大きそうだな」


「うん、頼りになるよ!」



 体格は多少大きくても並の範囲内。しかし総合的な身体能力は女子チーム随一。


 走力はもちろんのこと、走り幅跳びなどをやらせても、同年代の陸上選手とそこそこ戦えるだろう。


 ――全く、誰に似たんだか。俺も親父も、そういうタイプじゃないんだけどな。

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