超人ゾンビ
魚木ゴメス
第1話
「十三歳でセックスしたら何が悪いんですか?」
その瞬間部屋の中の空気が止まった。
記録係は手を止めゆっくり振り向いた。
尋問している刑事は彫像のように固まっていた。
二人は同時に思った。
こいつは何を言っているんだ?
尋問役の刑事が口を開く。
「それ事件と関係あるのか」
「世間話ってやつだよ、刑事さん。あんたらよくやるんだろ? 犯人の口を割らせるためによ」
「ほう。おまえ確か四十七歳って言ったよな。四十七のおっさんがそんなこと気にするのか。てかおまえそれ本気で言ってるのか」
「だから世間話だよ。ドリフのコントとかでよくやってたからよ、実際にやるのかと思ったんだよ。やらないなら別にいいよ。ドリフってわかるよね?」
「そっちじゃねえよ。おまえ本気で自分が四十七歳だって言うのか」
「ああそっちか。そうだよ。俺は正真正銘四十七歳だよ」
「ふざけんな! おまえどう見ても二十歳くらいにしか見えんだろうが!」
そう、二人の間に挟まれているこの男、自白によれば四十七歳のはずなのだが、嘘をついているのか整形したのか、どう見ても二十歳そこそこにしか見えず、しかも恐ろしいまでの美貌の持ち主だった。小顔で手足が長く、身長は百八十センチ以上はある。
この容疑者の男だけが、くつろぐには場違いな取調室の簡素な折りたたみ椅子の背もたれに体重をかけ、両手を股間の前で組みながら
逮捕時に確認済みだがその両手には、どういう手術をしたのかわからないが、超極薄のゴム手袋をしたように指紋も掌紋もなかった。
ここは東京都千代田区霞が関二丁目一ノ一にある警視庁、その中のとある一室だ。
あらゆるデータベースで検索したが、今現在この男の素性は一切明らかになっていない。
どこにもこの男の記録がないのだ。
男は何も所持していなかった──小銭すら。
もしかして外国のエージェントなのか。
言葉に関しては外国なまりは全くない。
完璧な日本語で「T」と名乗った。
名乗ったところでこれではどこの誰だか確認しようがなく、
Tには千人を超す暴力団組員を再起不能にした事件に関する容疑もかかっていたが、はっきり言ってそんな容疑など警察にはどうでもよかった。
このTこそは──たった十八日間で日本の様相を一変させた「歴代Z務事務次官連続殺害事件」の容疑者なのである。
文字通り超凶悪殺人鬼と呼ぶに
そんな男の取り調べ第一声が冒頭の発言だ。部屋の中がおかしな空気になるのも当然と言えた。
「条例違反だろう」
刑事──村西が口をきいた。条例とは、青少年保護育成条例、中でも淫行条例を指すものと思われる。
「条例違反ね」
男──Tは小馬鹿にしたような口調でつぶやくと続けて発言した。
「お互いが望んでいるんだったら問題ないよね」
村西は事件の容疑とは全く関係のないこの話についてどうしたものかと思いながら、自身にも今年十三歳になる一人娘がいることもあって乗ってみることにした。
上からも自由に喋らせろと言われている。
少なくともこいつ──Tは話をする気でいるのだ、きっかけは何でも良い。いずれ本題に持って行けばよかろう。
Tは続ける。
「十三歳でも男子なら精通、女子なら初潮が済んでいれば生物学的には立派な成人じゃねえのか」
さっきから口調が……しかし村西刑事はそれについては何も言わなかった。
「オレはね、刑事さん。小学五年の時に精通が来た。親もそれを知ってた。精液でガピガピになったパンツをそのまま洗濯カゴに出してたからね。親戚にそれを話してるのを聞いたよ。何て親だと思ったね。オレの親父はK産党員でさ、オレが小四のときに盲腸になりかけて腹が痛いから学校休みたいつったら、当時オレがクラスでいじめられてたの知ってて、その上で何も対処しなかったくせに、兎に角世間体気にして学校行けつって、オレを仮病扱いしやがった。てかオレが自殺したらどうしたんだ? 泣き寝入りだろ。母親はノンポリだったけど兎に角とろくさくて近所の口うるさいババアどもに何かと馬鹿にされてた。そのせいか知らんがってそのせいだな、オレに八つ当たりすることが多かった。親父ともセックスに関してはそんなにうまくいってなかったのかな、ある日オレはこの母親から生涯のトラウマになるような、その後の一定の期間オレの人生を狂わせた致命的な一言をぶつけられたんだ。それはこうだ。どういうシチュエーションだったかもう定かではないが、オレは少年ジャンプを読んでいた。気まぐれオレンジロードだったかな、そこへ母親がいきなり来てこういったんだ。『男と女がイチャイチャする漫画なんか読みやがって!』憎々しげに言い放ったその表情、今でも忘れられない。なぁ、普通こんなこと実の親が言うか? 自分の子供に向かって。頭おかしいだろ絶対。あいつら毒親だろどう考えても。そんな親でもオレはやっぱり愛していたんだな、親が嫌がるようなことはすまいと、潜在意識にすり込まれちまった。悲劇の始まりだ。その日からそんなに遠くない将来、まぁ小六から中学の三年間、オレは信じられないくらいの幸運に恵まれたんだが、その間のオレときたら、このときの母親の一言によって全部ぶち壊しにしてしまった。信じられないくらいの美味しい青春を遅れたはずが、全て棒に振っちまった。思い返せばそこがオレの唯一の奇跡的モテ期、というか今までの人生を通した結果わかったことだが最高の美少女と巡り会い、その美少女をオレの好きなようにチョメチョメできたのに彼女に指一本触れることなくあまつさえ徹底的に無視し、彼女を振っちまったんだよ! クソがぁッ!」
怒声とともにTは右拳を振り上げた。
そのとき村西刑事は走馬灯のように今までの人生を思い出したのだった。
鎌倉の地元名家に生まれ、坂の多い街を手下どもを従えながら駆けずり回った少年時代。
中学高校では、厳格な親に逆らい狂ったように暴れまわり、誰ひとりとして知らないものはいない超
高校までにやりたいことは全てやり尽くし、大学からは一転して誰からも好かれる頼れる好青年として、勉強にスポーツに爽やかな恋愛に没頭したこと。
卒業後は父と同じ警官の道へ進んだこと。
特に野心も持たず実直に仕事をこなし今日に至っていること。
それは小学三年生のときに同じクラスに転校してきて、中学時代から付き合って、大学入学とともに学生結婚した最愛の妻・睦美と結婚後三年目に授かった愛娘・千晶の存在があったればこそだ。
こうして見ると、オレの人生は悪くないどころか素敵に素晴らしい最高の
そこまで思ったのは一瞬だった。
Tは結局机を叩くことなくしばらくして腕を静かに下ろし、また股の間に戻して手を組んだのだった。
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