二人が目を覚ますと、寝室の壁掛け時計は午後一時を指していた。

「よく寝た」と、綾香が笑う。「もう少し寝ますか?」と、愛が物欲しそうに言う。

「これ以上寝たら、昼夜逆転しちゃいそう」笑いながら綾香は洗面所へ向かい、顔を洗う。携帯を片手に交代で愛が顔を洗う。

 インスタントのカップスープを二つ用意し、軽く昼食を食べて外出の仕度をする。

 愛とデートらしいデートをまだしていないと気にしていた綾香は、ショッピングを兼ねて外出しようと愛に提案した。

 愛は二つ返事で返し、仕度を終えた二人は綾香の家を後にする。

 綾香の家を出ることに寂しさを抱えながら、愛は綾香の黒い普通車に乗る。

 向かう先は、綾香の家を出て西方にある大型のショッピングモール。

「凄い渋滞……」

「ごめんね愛ちゃん。まさかこんなに混むなんて」

 お盆休み初日。二車線の街道には想像を超える量の車両が、先が進むのを首を長くして待っていた。

 そういえば、と綾香は愛を横目で見ると、

「愛ちゃん、お盆は実家に帰らなくていいの?」

 愛は真っ直ぐ目の前の車両を見つめている。

「母と仲が悪くて。帰りたくないんです」

「そっかそっか」

 困ったように微笑んで、綾香は愛に質問を続ける。

「そういえば姉妹はいるの?」

「いないです」

「愛ちゃんしっかりしてるけど、甘えん坊さんだから勝手に長女だと思ってた」

 愛の口が止まる。

「お父さんとも仲悪いの?実家は何処に――」

「話さないとだめですか」

 拒絶するような愛の口調に、綾香は驚き言葉に詰まる。

 車内が重い沈黙に包まれる。

 綾香が急いでその場を収める言葉を探していると、

「ごめんなさい」

 愛は俯きながら、綾香に謝った。

「ううん。私、無神経だったね。ごめん」

 なんとか微笑んで綾香は愛に言う。

 前の車両を見る綾香と、俯く愛。

 綾香は横目で、小さくなってしまった愛を見る。

 初めて愛の自傷の跡を見た時から、普通の子じゃないとは分かっていた。

 無神経な自分に落ち込む、それと同時に自分が如何に恵まれた環境で育ったかを思い知る。

 綾香はゆっくりと左手を伸ばし、愛の手を握る。

 愛は驚いたように顔を上げると、

「嫌いにならないんですか」

 再び俯いて、小さな声で口にした。

「なんで嫌いになるのさ」

「めんどくさい女じゃないですか、私」

「そんなことない」

 綾香は首を横に振り、愛の手を優しく握る。

「綾香さん。見て」

 愛は綾香の手を振りほどき、綾香に自身の手首を見せる。

「リストカット、するような女なんですよ」

 何かを諦めたように愛は微笑む。

 綾香は横目で、白い肌に刻まれた痛々しい自傷の跡を見る。

「知ってるよ、初めて愛ちゃんの家に行った時から」

 愛は目を見開く。

「それなのにどうして……」

「自分を傷つけちゃうくらい嫌なことがあったんでしょ。辛い思いをしてきたんでしょ。愛ちゃんが何を抱えてるか私にはまだわからないけど、受け入れていきたいと思ってるよ」

 ずるい。と愛は思った。今までこんな言葉を掛けてくれた人がいただろうか。

 見ず知らずの、まだ出会って一ヶ月も経っていない素性の知れない私に、どうして彼女はこんなに優しくしてくれるのだろうか。

 綾香の言葉が胸に浸透してゆく。同時に愛は思い知る。そんな言葉を掛けてもらえるほど、自分は“綺麗”ではないと――。

「ありがとう綾香さん」

「ううん。ほら、もう少しで着くよ」

 渋滞の霧が晴れて、気が付けば目の前に目的のショッピングモールが見えていた。

 前の車両に続き、二人を乗せた車は進み始めた。

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