音だけで人間をいじる

 1週間バンドに付き合えなかったカナエが連休明けにBorn FighterのスタジオでAエイ-KIREIキレイの音源を聴いてぶっ飛んだ。


「文字だけで人間を慟哭させるような小説を一度だけ読んだことがあるわ。でも、あなたたちが今録ったこのデモ音源はそれを遥かに超えてる。わたしの感情と意思とココロを完全にコントロールしている」


 カナエはパイプ椅子に座るそのヒールを履いたつま先を、タンタンと床に繰り返し打ちつける動作をやめることができなかった。そしてこう叫んだ。


「カラダまでも!」


 カナエは立ち上がりつま先でリズムを取りながら、頭を髪ごと前後にゆすった。

 両拳を胸のあたりでぐっと握りしめずにはいられなかった。


 決して高揚する疾走感溢れる曲と演奏ばかりではなかった。深い湖の底へと沈み込むような沈痛の曲もあった。

 だが、それでもなおクールで重厚な人格であるカナエをしてこういう衝動を起こさせる破壊力を持っていた。


「何かせずにはいられない!」


 そしてカナエが考えたプロモーションの言葉は韻を踏んでいた。


『音楽で、トかしてあげる、キミの敵』


 それだけでなく更に現代の常識に抗う戦略を取った。


『動画配信なし』

『音源もストリーミング配信なし』


 ダイレクトな音だけで相手に判断してもらう。

 オーディエンスが入手できるのはラジオからの『音』のみ。


 後はライブ会場で観られるのみ。


 そもそもMVを作らなかった。


 カナエはこんなことを話した。


「ある女子だけのバンドがね、大手のレーベルにデモ音源を『持ち込み』したのよ。そしたらね、そこの部長さんにファッションショーみたいなことやらされて、ルックスでの審査を通ったメンバーだけ拾い上げようとされたのね。そしたらリーダーのギターの女の子がね、『わたしはエレファントカシマシのファイティングマンをラジオで聴いた時、音だけで衝撃でした。部長さんの言っていることって音楽に携わる人間としておかしくないですか』って。わたしもその子の言う通りだと思う。音だけで衝撃を与えられるバンドなのよ、あなたたちは!」


 土砂降りの中、母娘が車で病院からの道をドラッグストアを経由して自宅への帰路に着いていた。運転席に座りワイパーのピッチを上げる母親の隣で助手席からカーナビのFMラジオをタッチする娘。ちょうど女性パーソナリティーが曲紹介をするところだった。


『ここで一曲。A-KIREIの新曲です。「つんざけ」』


「あ。紫華シハナだ」


 娘は小6。

 いじめという自覚や認識を本人も周囲も今のところ持っていないが、教室で常にひとりぼっちで過ごしている彼女はステージで万度の照明を浴びながらなお孤独の暖かさを醸し出す紫華に惹かれていた。ただ、今この瞬間にカーラジオから流れてくるそれは、今までのA-KIREIの想い出をすべて上書きして彼女の人生を決定づけるものとなった。


 ガー・ガッ・ガガガガガガガー、

 ガー・ガッ・ガガガガガガガー、

 ガー・ガッ・ガガガガガガガー、

 ガー・ガッ・ガガガガガガガー、

 ドドドドドドドドゥッドロ、

 ドドドドドドドドゥッドロ、

 ブルブッ・ブルブブブブブブルブッ、

 ブルブッ・ブルブブブブブブルブッ、

 ズガガガッ、ドゥロズガガガガガガッ、

 ズガガガッ、ドゥロズガガガガガガッ!


 このわたしは

 今まで生きてきてくだらなく悟った

 このわたしは

 生まれ出た時から結末を知ってた


 ヘイ!




「うっ」


 母親が思わずブレーキを踏む。

 そのままコンビニの駐車場に車を入れた。


「カノ。消して」

「やだ」

「じゃあ、ヴォリューム下げて!」

「やだっ!」


 少女は覚悟していた。

 聴かずにはいられない。

 だが、うつ病の母親にとって紫華のヴォーカルは歌詞の鋭さだけでなく音圧でココロをかき回すように感じられた。





 このわたしは

 隠れることもなくさらけ出し続けた

 このわたしは

 逃れる場所さえあなたにふさがれてた


 ジャキジャーキン、ジャガジャックギャギンガーンジュンジョー・ギャ・ガ・ギャ・ガ・ガ・ガ、


 Ah,

 わたしたちはいつでも、

 垂れる滴


 Ah,

 この世はどこまでも

 くだらぬ虚仮


 Ah,

 どんな時もわたしは

 醜い花


 Ah,

 醜くとも、花でないクソのあなたより、マシだったウォアアアイエアア!


 デューン・デュン、

 デューン・デュン、

 デューン・デュン、

 デューン・デュン、

 デューン・デュン、

 デューン・デュン、

 デューン・デュン、

 デューン・デュン、


 ガー・ガッ・ガガガガガガガー、

 ガー・ガッ・ガガガガガガガー、

 ガー・ガッ・ガガガガガガガー、

 ガー・ガッ・ガガガガガガガー、


 Woo, Uh!

 Woo, Uh!

 Woo, Uh!

 Woo, Uh!


 ガー・ガッ・ガガガガガガガー、

 ガー・ガッ・ガガガガガガガー、

 ガー・ガッ・ガガガガガガガー、

 ガー・ガッ・ガガガガガガガー、

 ドドドドドドドドゥッドロ、

 ドドドドドドドドゥッドロ、

 ブルブッ・ブルブブブブブブルブッ、

 ブルブッ・ブルブブブブブブルブッ、

 ズガガガッ、ドゥロズガガガガガガッ、

 ズガガガッ、ドゥロズガガガガガガッ!




 ひっかかるような歪みと轟音を併せ持つギター・リフ。

 バスドラの打撃に合わせて上下動を繰り返すフロアマット。

 ベースのスラップでビシビシと振動するフロントグラス。


 腹から響き、頭頂部へと突き抜ける怒号のようなヴォーカル。


 少女の人格の深層部が急浮上した。


「お母さん。わたし、ぶっつぶすよ」

「え?」

「ぼっちだろうが、無視されようが、勝つのはわたし。最後に勝つのは、わたし」


 母親に少女は繰り返した。


「このバンドはわたしのもの。最後に勝つのは、わたし」


 同じ時刻、土砂降りの中、列島を北へと貫くこの国道で車を止めて爆音に身を委ねるひとたちが、無数に居た。


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