ブルー・ギター

 紫華シハナの15歳の誕生日が1週間後に迫っていた。


「紫華、これやるよ」

「なに?」


 Born Fighter のスタジオで練習を終え、馬頭バズは紫華に美しいラッピングでリボンのかけられた大きな包みを渡した。


「ぬいぐるみ?」

「どんだけの質量だよ。もっと実用的なもんだよ」


 紫華は包みを開けながらつぶやいた。


「わ・・・ギターだ」


 馬頭も一緒になって包装の紙をはずす。

 青い、ギター。


「すごい・・・すごい」

「ブルー・ギターさ」

「馬頭、イアリング外して?」

「それって、パープル・レインのワンシーンだろ? 俺はアポロニアじゃねえぞ」

「わたしもプリンスじゃない」


 抱えてそのまま弦を弾く紫華。


「でも、誕生日は来週だよ?」

「紫華。ギター弾けないまま15歳になるつもりか?」

「えっ?」

「俺が教えてやる! 誕生日は紫華のギターお披露目だ!」

「うわぁ・・・でも、馬頭が? ドラマーなのに?」


 ウコクが紫華に言った。


「馬頭はギターもベースも弾けるからね。基礎もしっかりしてる。40過ぎで弾き始めたわたしの我流よりもコーチとして適任だよ」

「そうなんだ・・・ウコクがそう言うなら」

「ち。俺のこともちょっとは信頼しろよな。で、ウコク。紫華に初めて弾かせるなら何がいいかな。ギター・ヴォーカルとしてやってってもらいたいしね」

「歌いながら弾くなんて絶対無理」


 珍しく紫華は尻込みした。

 だが確かにエレクトリック・ギターが初めての紫華にメイン・ヴォーカルを取りながらリズム・ギターを弾くのはハードルが高い。

 ウコクは提案した。


「ストーンズのこの曲ならどうだろう」

「あ。それいいね」


 紫華も知っている曲、というか多分彼女がストーンズの中で一番好きな曲だった。


 1週間後。


 誕生日のギグはCDショップでのイベントだった。渋谷で、整理券が配られたがビルの吹き抜けの上の方から見下ろすようにして屋上階までオーディエンスでいっぱいになった。ほとんどが中学生か高校生のマナーのいい子たちだったので混乱も起きず、だから主催者側も『覗き見』を黙認した。


 既に発売になっているミニアルバムから2曲演奏した後、ウコクが紫華とフロントのマイクスタンドを入れ替わった。ウコクが実直なMCをする。


「今日は紫華の15歳の誕生日です」


 おめでとう、という声と少女・少年たちの優しい拍手にビルが包まれた。鎮まるのを待ってウコクが続ける。


「最後の曲は紫華に向けたバースデイ・ソングです。僭越ながらわたしがヴォーカルをとらせていただきます」


 いいぞー! と営業の途中に立ち寄ったようなスーツ姿の男性が声をかける。ありがとうございます、と右手をあげながらウコクは紹介する。


「そして、ギタリスト、紫華!」


 ジャーン・ジャーン・ジャーン、と右手をぐるぐる回すようなおどけたストロークでアンプに直結させた青いギターを弾く。


「弾きながらエフェクターなんて踏めない!弾きながらヴォーカルなんてできない!」


 真っ正直なコメントに暖かな笑いと拍手で、かわいー! カッコいー! と声援を受ける紫華。満を持してウコクがタイトルを告げる。


「キース・リチャーズのヴォーカルにミック・ジャガーのコーラス。ラストは、ザ・ローリング・ストーンズ、『Little T&A』!」


 そもそもロックを聴かない子たちをロック・ファンにしたAエイ-KIREIキレイだから会場の少女・少年たちはこの曲を知らないかもしれない。だが、紫華が弦を凝視しながら弾いた最初のギターのフレーズで、とても清涼な空気が溢れた。

 蓮花レンカも馬頭もストーンズの曲の中では屈指の甘酸っぱいメロディーとビートを刻む。


 ウコクはキース・リチャーズのような歌い方はできないが、ワン・ワード、ワンセンテンスごと丁寧に歌う。

 紫華もほんの少しもたつきながらもピッキングを丁寧にはっきりした音でギターを奏でる。


 She’s my little rock and roll

 Oh she’s my little rock and roll, babe

 ・・・The Rolling Stones

『Little T&A』


 ウコクがこの駆け出したくなるような胸がきゅーっ、とするフレーズを歌い、同じフレーズを紫華が今日は少女の声でコーラスする。


 ずっと昔にリリースされたストーンズのこの曲が、まるで今デビューしたばかりの10代の日本のバンドが生み出した新曲のような新鮮さで渋谷のど真ん中に紡ぎ出される。


 カナエも紫華が神妙な顔でギターに必死になっているのを、くすっ、と微笑んで観ている。


 バンドも、オーディエンスも、ロックンロールが青春そのものだとこの瞬間に感じていた。


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