ジャズベースで愛を語る

 休めと言われても蓮花レンカの行き着く場所は結局そこだった。


「こんちは」

「お!? 蓮花だよー!」

「おーおー。マディソンの失敗、ド派手だったねー」

「うるさいよ」


 高校在学中から動画を通じて全国のベース弾きに知れ渡っていた蓮花のスラップ。


 そして4本指になってからの更なる『進化』とプロになってからの浮き沈みの速さ、激しさ。

 蓮花は軽々と言ってのけた。


「これがロックさ」


 蓮花はどのライブハウスに行っても隠すことのできない才能と滲み出る人格とで人を惹き寄せる。

 サナもその一人だった。


「蓮花。痩せたね」

「サナは? 痩せてないのか?」

「残念ながら」


 長身の、蓮花と同じくベーシストであるサナはトレードマークである踝までの長いスカートの裾を払いながらカウンターの隣に座り足を組んだ。


「蓮花。彼女できた?」

「そうだな・・・」

紫華シハナって子、可愛いよね」

「おいおい。14歳だぞ」

「他に女っ気は?」

「プロデューサーが美人だな」

「へー。あれ? でもその人って」

「ボスだ。社長だからな」

「はっはー! 叶わぬ恋ばっかり!」

「うるせー」


 蓮花とサナは額をこするようにしてAエイ-KIREIキレイの動画を観る。マディソン・スクエア・ガーデンのライブ映像だった。


「すごいよね」

「演奏はな」

「けど何度見てもシュールね」

「まあ・・・200人だからな。たったの」

「羨ましい」

「そうか? 事務所は大借金だぞ」

「でも、蓮花はプロなんだよ?」

「まあ、な」

「メジャーの、プロの、ベーシストなんだよ」


 サナはバンドの時間を作るために食品メーカーの製パン工場で夜勤のパートタイムで働きながら所属するインディーズバンドの練習に参加し、週末はこのライブハウスを中心に演奏している。


『夢』という言い方をサナは敢えて避けていた。20歳を過ぎたいい大人だからこそ、『本気』でメジャーデビューしたいと会う人間全てに語っていた。大言壮語女と後ろ指差す仲間に対してもその都度『本気』を語った。


「ねえ。メジャーデビューが目下わたしの『現実的な』目標。蓮花の目標は?」

「世界一」

「え。なにそれ」

「世界一のロックンロール・バンド」

「本気だったんだ、それって」

「サナ、あのさ」


 蓮花はA-KIREIに加入し、最近になってよく考えることをサナに話してみようと思った。


「サナ。『世界一』、ってなんだよ」

「え? 蓮花。自分で言っといてその内容をわたしに訊くの?」

「ああ。大体『世界一』って誰が決めるんだ?」

「えと。もしかして『自分で決めるんだ!』ってオチ?」

「ちがうちがう。そこまで都合よく考えてはないよ。じゃあサナは俺のベースが世界で何番目だと思う?」

「え、と。世界一とまでは言い切れないけど世界4〜5位ぐらいかな」

「ほら。やっぱりランキングかよ。浅いなー」

「何言ってんの。蓮花の方こそプロなんだからランキングとか数字とか意識しなきゃダメでしょ」

「違うな」

「なによ」

「大橋って奴がいる」

「誰よ」

「工場で事故起こして俺が庇って小指を潰された、その大橋だ」

「ああ・・・」

「大橋はそもそもロックを聴かない。ゲームオンリーの奴だ。だから大橋にとってベーシストといえば俺しかこの世に存在しない」

「うわ。ひどい。全然ロジカルじゃない」

「ロックだからな。相対じゃないんだ。大橋にとって俺は絶対的な世界一のベーシストでA-KIREIは唯一無二の世界一のロックンロール・バンドなんだ」


 ジャムろうか、と蓮花とサナはベースを抱えた。


「こんなの、どう?」


 サナは即興で隙間のない速弾きを見せる。蓮花がスラップで返す。


「まだまだ。まだ上げるよ」


 サナがブーツの高さもあって蓮花の肩に自分の肩を預けるような態勢で更に指の速度を上げる。


「ならこうだ」


 と蓮花もサナのストレートの髪の香りを嗅ぐぐらいの至近距離に顔を近づけ、2人のベースが、ガキン、と接触する音もアンプが拾う。


 客席が囃し立てる。

 サナが言った。


「ベースで愛を語り合える女なんていないでしょ」

「ああ。絶対いない」


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