シーズ・ザ・ロックンロール・バンド
naka-motoo
ZERO・結成前夜
紫華:シハナ (Vo)
「お願いです。どうかわたしを
「何故に行くのだ」
「もう一度救いたいのです」
「そなたは救ったではないか」
「ですが『救われようとしない』人間は救えませんでした」
「それはそなたの
「それでも、聴かせたいのでございます」
「ふむう・・・ならば分かった。してどのような身分に生まれたい」
「世界で一番不幸な家庭に」
「なんと・・・それでよいのか」
「はい。そうでないとすべての立場の人々を区別なく救うことはできません」
「ほほ・・・そなたの『戦略』じゃな」
「むしろ、『宣言』でございます」
彼女は52段
・・・・・・・・・・・・・・
Disaster娘、と彼女の誕生した日に叔父が死んだ時はまだ冗談を言う余裕のある親戚もいた。
しかし1歳の誕生日に祖父が工事現場で重機を操作ミスして下敷きになって死亡。
2歳の誕生日に祖母が脳梗塞を起こして父が病院へ連れて行く途中、危険運転車に煽られてトラックに追突され2人とも即死。
3歳の誕生日に半年間ずっと抗がん治療を続けていた母親が力尽きて死亡。
彼女を引き取ったのは彼女が娑婆に転生したその日に夫に死なれた叔母だった。
「あなたは悪くない。そんなの分かってる。でも、憎い」
そういう気持ちをココロの奥底に秘めながらも彼女のある種浮世離れした愛らしい容姿と受け応えとに子供を持たぬ叔母は癒される自分をも感じるのだった。
だが幼稚園に上がった瞬間から世間は傍若無人に彼女を容赦なく打ち据えた。
「不幸の子」
どう考えても大人が指南したとしか思えない呼び名を幼稚園児に教え込んで彼女をそう呼ばせる父兄がいた。
結果、彼女は同年からも若年からも年長からも常に仲間外れにされ、いつもひとりぼっちだった。
小学校に入ると更に踏み込んだ渾名になる。
「アンジル」
「そのまんまじゃ伏せ字だからさあ!」
これが小学校一年生女子の言葉である。裏で下世話で下衆な父兄が糸を引いているのは明確だった。
学年が上がるごとに彼女へのいじめは暴力性を絶望的なほどに加速させ、更に年齢と彼女の体の成長が進むと性的なそれが加算された。
女子による、決して誰にも言うことのできない、性的な、いじめ。
だが彼女の精神力の屈強さは異常なぐらいだった。
「ウチらがいじめっ子なんじゃない。オマエがいじめられっ子なんだよ! オマエにいじめられる原因があんだよ!」
と言われても決して「わたしのせいだ」とは思わなかった。
むしろこう言い返し続けた。
「卑怯者」
と。
そして中学生となったある朝、量産の軽四ワゴンに乗った使者がやってきた。
彼女が教室で戦っているその最中に。
「アンジル、早く死ねよ」
「いやだ」
「てめえ! アンジルのくせに!」
「わたしのくせにとかどうでもいい。アナタの方こそ近いうちに死ぬから」
「な、なんだと!?」
「アナタは天寿を全うできない。来週ぐらいにお風呂で椅子から立ち上がろうとした時に転倒して死ぬ」
「この、ビッチが!」
「うっ、うっ」
顔面を殴られた後、4人から腹を蹴られているその時。
使者が教室の引き戸を、磨りガラスが割れんばかりに引き開けた。
ピシャアッ! という音で一瞬、教室が無音になる。
「アナタが首謀者ね」
立って取り囲み彼女のお腹を蹴っていた4人の女子の1人を判別してそう決めつけた女は首謀者の前に歩み寄った。
無言で左の頰を、右拳で、殴った。
「行きましょう」
リップを塗ったように唇に血が浮かんでいる彼女の手を取って起こしながらそのまま廊下へと女は出た。顔を殴られて泣き出している首謀者どもはその場に置き去って。
女は長身。
彼女は中学2年としても小さな部類で並び歩く2人が見下ろし見上げる角度がちょうど45°ぐらいになった。
「わたしはカナエ。あなた、名前は?」
「『アンジル』」
「それは他人の語彙しか持たないクソたちがつけたセンスのかけらもない渾名でしょう。あなたの本当の名前は?」
「
「シハナ・・・紫の華、華やかの方の華でいいのね?」
「はい」
「美しい。あなたの本質を端的に表現し尽くしたあなたにこそ相応しい名前だわ。何歳になったの?」
「14歳です」
「そう。校長室はこの先?」
「はい」
2人は目的も確認し合わずに校長室の前に立ち、カナエはさっき女子の頰を殴ったのと同じような力でドアを叩いた。叩いた瞬間に開ける。
「失礼します。アナタが校長先生ですね」
教頭と学年主任の教師を集めたミーティングのようだった。カナエは自分と同じ30歳前後の女を一目で校長と見抜き、一方的に自分の用件を告げた。
「紫華さん、この学校を辞めさせてもいいですよね」
「な、なんなんですかアナタは!? それに、シハナさんって?」
「2年の園田です。例の」
教頭が囁くと校長は、ああ、という軽い頷きを見せた。そのままカナエを応接椅子から見上げる。
「もしかしてマスコミの方? 中学は義務教育ですよ。辞められませんよ」
「校長先生。この学校にいじめってあるんですか」
「あるとは認識しておりません」
「そうですか」
カナエは3歩前に出た。
校長の斜め前に立ち、上から右拳を振り下ろした。
「む、むぐっ・・・」
校長の鼻を潰した。
呻き、手のひらで押さえた隙間からボトボトボトと粘度のある血がこぼれ落ちるが並んで座る教師どもは無能な置物のように言動を判断できずただ黙っている。
「じゃあ紫華さんが受けているこういう暴力もいじめじゃないんですね? 校長先生」
そう言い置いてカナエは紫華を連れ、ドアを閉めた。
軽四ワゴンの駐めてある駐車場まで歩きながら、カナエと紫華は互いの人生の岐路であろうと思われるそういう話を、した。
「紫華さん」
「さん付けじゃなくていいです」
「じゃあ紫華」
「はい」
「歌って歌える?」
「歌ったことないです。音楽の授業以外」
「じゃあ、叫べる?」
「・・・ココロの中でなら」
「充分よ」
「あの・・・カナエさんって何なんですか?」
カナエは無造作に名刺を渡す。
極めてシンプルな肩書きだった。
『株式会社GUN & ME
プロデューサー
「プロデューサー?」
「ウチの社長の業務命令を受けたの。『世界一のロックバンドを作れ』って」
「ロックバンド・・・」
「紫華。あなたロックどころか音楽をそもそも聴かないでしょう?」
「はい。どうして分かるんですか」
「だって音楽に支配される必要なんかないから。自己が確立されてるから」
「支配って・・・音楽って人を支配するものなんですか」
「そういう音楽がほとんどになってきてるってことよ。すべての曲が『美談』とセットでご丁寧にストーリー付きじゃないと聴かれなくなってる」
「すみません。ちょっと難しいです」
「ごめん。つまり人格の汚れたアーティストでも素晴らしい曲を書けるのにそれを否定されてるってことよ。主にSNSの支配力によってね」
「それとわたしがどういう関係が」
「紫華。バンドに入って。ヴォーカルとして」
「・・・叔母に訊かないと」
叔母に訊く、と紫華は言ったが、実際にはそれは紫華から叔母への一方的な『宣言』だった。
「叔母さん。わたしバンドに入って働く。この人と一緒に行く」
「紫華ちゃん・・・」
叔母は泣いた。
そしてこう言った。
「愛してるのよ、紫華ちゃん」
「・・・お盆とお正月は必ず帰ります」
そう告げて紫華はカナエの軽四ワゴンの助手席に乗った。
ドアウインドウを下ろす。
カナエがアクセルを踏んだ時、紫華は叔母に言った。
「わたしも、愛してる」
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