第2話 少年駅員と男勝りな少女
僕が歩いて行った先にあったのは、階段やエスカレーターというものではなく、緩やかなスロープだった。端っこには、上り下りのための、動くスロープが設置されている。三人の子どもを連れたお母さんらしき人も、楽そうだったし、おじいさん・おばあさんも、にっこりとその動くスロープに乗っていた。ふむ。バリアフリーが進んでいるな……
僕は、改札のようなところを探そうと、きょろきょろする。きょろきょろしていると、
「切符をお持ちですかー?」
という、若々しい声が聞こえてきた。振り返ると、十五歳かそこらくらいの短めの黒髪で、黄色い詰襟の制服を着た少年が僕のことを見上げていた。僕は、彼に、切符を見せる。少年は、両手で僕の切符を受け取ると、その切符を見下ろし、ん? と目を丸くした。
「お客さん、日本からいらしたんですか……?」
と少年が問う。僕は、何を言っているのだろう? と思いながらも、
「はい、まぁ……」
と返す。
「それはそれは。珍しいお客様が来たものですね」
黄色い詰襟の少年は、顎に手を当てて、クククッと微笑んだ。
「珍しいお客って……ここも日本ですよね?」
彼は幼く見えるが、それでも働いていることもあり、僕は敬語で彼にそう聞いた。少年は、僕の顔を見て、あははは! と快活そうに笑う。
「あはは。ここは、ポンニーですよ」
「ポンニー?」
「えぇ。しかし、ここにこの切符で来られたということは……新幹線の反対側の扉から降りられましたね? ふふふ。おっちょこちょいですねぇ」
年下の少年にそのように言われ、僕は、はぁ、とため息をついた。初対面で「おっちょこちょい」呼ばわりされるとは……な、なかなかに失礼な駅員さんだな……
「もとの目的地に戻るためには、三時間後の“その時”を待たなければなりませんねぇ。それまで、せっかくですし、ポンニーの街を見学していってくださいよ」
「駅員さん」は、そう言うと、「おーい、アイユー」と駅員室の奥に声を掛けた。すると、同じく十五歳前後くらいで、髪をベリーショートにした、白Tシャツとスキニージーンズの男勝りな女の子が出てきた。
「なにー、トロヒ」
その声が、低く、男に媚びていない、さっぱりとしたもので、僕は、おぉ、と少しばかり感心した。
「日本からお客様来たからさー、案内してやってくれない?」
「えー。今シフト終わったところ。私、時間外労働はしないよー。ついでに感情労働もー」
彼女は腕を組みながら僕の瞳をひた、と見た。その顔ににこやかな雰囲気はゼロだ。
「まぁ、確かにねー。時間外に働いてまですることじゃないねー」
と、トロヒと呼ばれた「駅員さん」もはっはっは、と笑う。アイユーと呼ばれた子も、ねー、あっはっはっは、と大きな声で笑った。どうやら、ここでは、風通しの良い職場が実現されているらしい、と僕は感じた。労働者は子どもみたいだけれど。
そんな会話を聞き流していたが、僕は、確かに、せっかくの機会だし、降りたこの街というものを見てみたい、と思うようになった。そして、二人を観察した末出した結論として、
「あ、あの……仕事でやってもらわなくていいんですけど、僕たち、友達になりません? それで……案内してくれないかな?」
と言って、頬を上げた。週二回のコンビニバイトで培った営業スマイルよ。彼らの心を打て。
「え……?」
トロヒとアイユーは、不思議そうに、僕の目を見つめる。
「そ、そんな、初対面で、友達、にでもなれると思っているの?」
アイユーは声を上ずらせて、恐る恐る、といった風に、そう言った。
「あ、えっと……すみません。なれなれしかったです」
とっさに僕が、素直にペコッとお辞儀すると、二人は、あはははは! と笑った。我慢というのを知らず、本音でよく笑う子たちだな、と僕は思った。
「あなた、面白い! 気に入った! 案内する! 行くよ!」
アイユーはそう言うと、僕の手を引いた。どうやら、トロヒに切符を見せればそれでよく、この駅に改札なるものはないようだ。駅特有の機械的なところをすっ飛ばして、僕とアイユーは赤色の非常口のマークの下をくぐって街へと飛び出した。
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