夜宵の[アブゾーブ] その二

「それをすると思ったよ」

 一見すると攻撃する手段がない防御法だが、霧生はそれを待っていた。

 丘の上から飛んだ霧生は、戻って来た[リバース]の背中に着地する。そしてクラゲのドームの周囲を回ってよく観察する。隙間なくクラゲが敷き詰められているのがわかった。

「[クエイク]! やることはわかっているな?」

「霧生よ、その考えは手に取るようにわかる」

「オーケー。[リバース]、ここだ、ここで待機だ」

 霧生が地面に降り立った。そして待機。

(俺の作戦通りなら、ここから夜宵はやって来る!)

 そして狙い通りだった。霧生が睨んだその一点から、クラゲを破って夜宵が現れた。

「溶岩…熱エネルギーは吸収できないことはわかっていた!」

 霧生の作戦。それは、クラゲドームの中で溶岩を噴き出させることだった。熱さに耐えきれなくなれば、必ず夜宵は中から出てくる。

「ガガオオオオオ!」

「うぎゃああっ!」

[リバース]が、現れた夜宵に噛みついた。ついに捉えた。

「[クエイク]に気を取られる過ぎたな? [リバース]がまだ空中にいたことを忘れていただろう?」

 もらった。そう確信する一歩手前で、夜宵の表情に違和感を抱いた。

 悲鳴こそあげているものの、顔が痛がっていないのだ。

「これは……しまった! [リバース]、逃げろ!」

[リバース]が夜宵を解放した。

「何、もういいの? そっちからギブアップだなんて…」

「服の下に[アブソーブ]を隠しているな? ドームの中でそれをしていても俺には見えない……。牙はクラゲに刺さって、君の体に届いていない。しかも[リバース]の顎の力を吸収して、いつでも爆発できるようにしておくとは…」

 困ったことになった。真っ赤になった[アブソーブ]が数匹。一匹の爆発なら[リバース]たちでも耐えきれないことはないが…。いや、自分の式神にはこれ以上くらわせない。

(あのチカラにも、弱点があるはずだ。きっと単純なことなんだろうが、何かあるはずだ)

「行くよ、霧生!」

 夜宵が[アブソーブ]を連れてこっちに来る。

「いいや、ここは引かない!」

 霧生も前に出る。

「んな! 爆発をくらいたいの?」

「どうだ? こんなに君自身が[アブソーブ]と近いと、爆破するわけにもいかないみたいだな。巻き込まれるからか?」

 今にも爆発しそうな赤い色の[アブソーブ]が、もう手を伸ばせば届く距離にいる。だが同時に、夜宵も射程距離内に入った。

「でも何か忘れてない? 爆発できる[アブソーブ]は十分に揃った。一匹なら逃げられるだろうけど、こっちは爆弾を手元に残しながら君を追うことができる!」

(わかっているさ、それは! だがあの式神は全く速くない。[クエイク]なら、難しいことではない!)

 だがそこが高度な行為だ。[アブソーブ]を引きつけつつ、溶岩で飲み込んでしまえば…。

「[リバース]! 行くぞ!」

[リバース]の腕に捕まり、猛スピードで移動する。[アブソーブ]が追ってくるが、速さは全然足りていないので、逃げ切れる。

「こっちのアノマロカリス…。[クエイク]って言ったっけ? 見捨てるのぅ?」

 夜宵は手の届かない霧生をひとまず無視して、[クエイク]を攻撃するつもりだ。

「かわいそ! でも、恨まないで!」

 ゴーサインを出された[アブソーブ]は、[クエイク]に自爆特攻をしかけた。凄まじい爆音が駐車場に響き渡る。

「仕留め………ん?」

 そこにまた、溶岩が湧き出ている。

「で、でも! [クエイク]の姿がない! 倒したことには変わりない!」

「それは偽りの認識だね。残念ながら[クエイク]は、溶岩の中に逃げた。それができる式神ってのは、事前に把握済みだぜ」

「そんなのアリ? でも、霧生! いつまでも[アブソーブ]から逃げられる?」

 霧生は、もう逃げるつもりはない。[アブソーブ]もただ単に追ってくるのではなく、何と拡散した。三次元的に霧生を追い詰めるつもりである。

「残りは四匹。これに全てを賭けるか! だがな、俺の勝ちだ」

 堂々と勝利を宣言したその時、夜宵の足元が動いた。なんと地面ごと、間欠泉に押されて上にあがる。

「な、今度は一体?」

 これは溶岩の中に入って地下に隠れた[クエイク]が行ってくれたことだ。

 そして浮き上がった夜宵の体を、[リバース]が鷲掴みにした。

「また服の中に[アブソーブ]を仕込んでいるかもしれない。だがな! クラゲが溶岩に耐えられないことはわかっている。下を見な!」

「下?」

 真っ赤な海ができていた。既に溶岩が広がっているのだ。しかもその中を[クエイク]が泳いでいる。

「[リバース]が手を離せば、落ちるだろうね、溶岩のど真ん中に。[アブソーブ]に。君を支える力があれば話は別だけど、ないみたいだしな?」

「きいいいいぃいい!」

[リバース]の手をバンバンと叩くと、夜宵は諦めたのか、四匹の[アブソーブ]を適当な距離で自爆させ、残りを札に戻した。

「賢い選択だ。俺も[クエイク]に、溶岩を引っ込めさせよう」

 夜宵が、ふうとため息を吐いた時、

「ただし、まだ全部じゃないよね?」

「い? こ、この…」

 日霊の[シール]の背中にいる[アブソーブ]。まだ奴らがショッピングモールから出て来ていない。

「ああっと! [リバース]の手が滑っちまったかぁ?」

 一瞬だけ、[リバース]が手の力を緩めた。その瞬きよりも短い時間で、手の中の夜宵が落ちる。首筋をつまんで何とか落とさずにしてある。

「わ、わかったってば! 全部戻す! だからお願い、見捨てないで!」

「良し! じゃあ許してあげよう。ついでに言っておくが、この俺は女性を見捨てるという選択は、絶対にしないぜ!」

[クエイク]に溶岩を引っ込めさせてから拾い、屋上の駐車場に降りる。ちょうど同じタイミングで、ショッピングモール内の[アブソーブ]が戻って来た。

「後は、厄介な防御壁のない[シール]が相手…」

「霧生よ、我に任せぬか?」

[クエイク]の発言に[リバース]が、

「ゲロロロン!」

 と異議を唱えた。

「いや、[クエイク]は札に戻って休んでいてくれ。どうやら[リバース]が決着をつけたいらしいぜ……!」

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