良和の[スリップ] その二

「真菰、あの式神は飛ぶ物の動きを自由に変えられるんだ。そうじゃないと説明がつかない。プラズマも釘も、アイツの周りでは自由な軌跡を描けるんだ…」

「鋭いですね。その通り! 俺の[スリップ]、周りで飛ぶものの軌道を自由に変えられるんですよ」

 二人は、身構えた。相性が悪すぎるのだ。[ドレイン]は耐久力に問題があるので飛び道具が主体の戦い方しかできない。[スポイル]は水の中じゃなければ、人よりも遅い。おそらく触る前に逃げられるだろう。

「例えば、このチョーク! 普通なら下に落ちるだけですが、[スリップ]のチカラを使えば!」

 チョークが宙を舞った。真菰の黒い制服に、白い線が書き加えられた。

「これはちょっと苦戦しそうだわ…」

 ネガティブな発言をしたのは、真菰の方だった。だが熾嫩の方は、

「[スポイル]…。飛び道具ぐらい、我慢できそう?」

「任せろ」

[スポイル]はヒレを巧みに使い、前進してみせる。いくら遅いとはいっても、力がないわけではないのだ。しかも熾嫩は、相手の式神が積極的に攻めて来ないので、式神自体にパワーがあるのではないと見切った。

「さあ、我が牙で噛み砕いてくれる!」

「え、ええ…。そんなのありですか、ああ?」

 さっきまでの威勢は何処へやら、良和は一歩後ろに下がった。

「小僧! 我が力はこの程度だ」

[スポイル]は頭突きだけで、掃除ロッカーを大きく凹ませた。これは飛び道具ではないので、[スリップ]ではかわせない。

「ふふふ…。大切なのは、臨機応変に戦うことですよ」

 と言って、背を向けて逃げ出した。

「あ! この! 卑怯だわ!」


 興介と第助は、希美を校舎内に誘い込むために、校舎内に留まっていた。

「どうだい?」

「ダメだ。あの女、ずっと外にいる気だ。通り雨だからもう止んだけど、水たまりが邪魔だ。火傷する温水に足を突っ込みたくはないし、もしかしたらある程度なら温水を操れるのかもしれない…」

 廊下の窓から様子を伺うが、希美はまるで動こうとしない。水鉄砲を構えてウロウロしている。

「何か[ディザーブ]で与えられないのか?」

「じゃあ理科室の薬品を取って来ないとね。ここの箒なんてぶつけても大したダメージにはならないだろう。君の竹刀を使わせてくれるなら話は別だ」

「それは、死んでも断る」

「ならこの戦いはジリ貧…。おっと、誰か来るよ?」

 マナーの悪い生徒が二人、廊下を走っている。

「あ、真菰に、うーんと、熾嫩、だっけか? そんなに急いでどうしたんだ?」

「他校の男子を見なかった? ソイツ、召喚師なのよ。この校舎に忍び込んでいるわ」

「なるほど…。敵は二人いるってことだね?」

「二人?」

 熾嫩が不思議そうに言った。第助は自分たちの事情を説明した。すると、

「じゃあさ、ターゲットを交換しない? あそこの外にいる女子を倒せばいいんでしょう? なら第助たちは、ウチらが追ってる男子をお願い」

「わかったぜ」

 快諾した興介と第助。相手の顔を知っている[ドレイン]を一匹だけ借りると、校舎の中を駆け巡る。

「じゃー、私たちは何食わぬ顔で靴でも履き替えましょう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る