第十話 式神の試練

尚一と[リセット] その一

「我は人の子なんぞに従わぬ」

「おい、まだそんなことを言ってるのか! お前は自らの意思で俺の用意した札に入った。いい加減認めろ!」

 霧生は式神と喧嘩をしていた。ハイフーンによって[クエイク]と名付けられたこの式神は、この間まで一人歩きしていた。それが原因なのか、なかなか言うことを聞こうとしないのだ。

「あれは我が生き残るために仕方のなかった出来事。別に貴様の配下になりたかったわけではない」

「んだと〜?」

 召喚師に式神が絶対服従をしなければならないというルールはないらしい。興介が言っていた。一方の式神も、召喚師の元から勝手に去ることもできないのだ。

「これじゃあ仲間にした意味が…」

「その通り。我は貴様の仲間ではない」

「………」

 霧生は黙った。自分がしたことは、式神に自分の力を認めさせるというよりは、半ば強引に取り込んだという方が近い。あの時、もう少し時間を与えていたら[クエイク]は瓦礫の下から這い出てきた可能性だってある。

「もう一度、我と勝負だ。今度こそ打ち負かせてみせよう」

「黙れ」

 言うことを無理矢理聞かせるのも、嫌な気分である。仕方なく霧生は、この日も下校する。

(絆が大事なんだが、ハナから言うこと聞かない式神とどうやって育めと? 微積分よりはるかに難易度が高いぞこれは…)

 肝心のハイフーンも、これ以上自分と関わると命に関わるとか言って、連絡先を教えてくれなかった。

「霧生、随分と浮かない顔だね」

「ああ…」

 せっかく芽衣の方から話しかけてくれたというのに、霧生の返事は暗い。

「まるで飼っている犬が言うことを聞いてくれないみたいでな…」

「我はペットではない」

 霧生の一言一言が気に入らないのか、[クエイク]は会話に乱入してくる。

「しっかし、すごい見た目。私の[ディグ]とはえらい違う。[ディグ]はこんなに小さいのに…」

 芽衣の手のひらには、[ディグ]が乗っている。手のひらサイズの[ディグ]と比べるまでもない。[クエイク]は大型トラックのタイヤほどの大きさがある。

「小さき式神よ、なぜ人につく? 貴様も我と同じであったのだろう?」

「わたしは芽衣を選んだ。ただそれだけ」

「そうか。理解できぬ…」

[クエイク]は黙った。

「少しは[ディグ]を見習ったらどうだ、[クエイク]?」

「参考にする理由がない」

 なんて奴だ、と霧生は言った。幸いにも、暴れてチカラを使いまくるようなことはしでかさないため、一応は安全を確保できている。だが制御できているわけではない。

「札に戻れ」

「断る」

「じゃあ優雅に泳いで帰るのか?」

「家まで連れて行け」

「どっちなんだよ、この!」

 さすがの霧生も額に血管が浮き出しそうだった。伝説と言われた存在がまさか、ここまでワガママだったとは…。智代が聞いたら呆れるに決まっている。

仕方なく札に戻して通学路を進む。脱線して楠館にも寄る。

「また来るの?」

「来ちゃ悪い? 温泉にちゃんと金払って浸かるんだぜ? 俺にも権利はあるだろう…」

 また温泉に浸かる。[リバース]にも浸からせるため、召喚する。

「[クエイク]? 体を洗おう。特に変なことはない。温かいお湯に浸かるだけだ」

札にそう、語りかける。返事を聞くために耳に近づけると、

「冷たいお湯はない。それは水だ」

 相変わらずな…、と思ったが、ここでお留守番は不公平だ。召喚して、二体の式神を温泉に連れて行く。

 湯船には、他にお客がいない。[リバース]がザブンと温泉に飛び込んだ。ご満悦の様子だ。

「こんな低俗な。我がチカラを持ってすれば、いくらでも湧き出させることができる」

「とか言いながら、しっかりと浸かってるじゃないか。日々の疲れを落とせよ。今まで薄汚い洞窟にいたんだし」

「何を言う、貴様! 我が聖地が汚れているだと?」

 バシャバシャと子供のようにはしゃいだ。

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