第九話 伝説の式神

伝説との戦い その一

 総合病院のロビーには、ソファーが並んでいる。霧生はそこに座っているが、診察を待っているわけではない。転校前の健康診断でも、どこにも異常はなかった。

「おや! スタリオンじゃないか。久しぶりだなあ」

「霧生…。なぜミドルネームで呼ぶ? 私のことはハイフーンと堂々と呼べばいいだろう?」

 ハイフーンが腕の経過を診てもらうために、この病院に来るという情報を霧生は掴んでいた。

「そもそもなぜ私が、左腕の骨を折ってしまったのか、君にわかるか?」

「さあ?」

 わかるはずもなく、霧生はとぼけた。

「君のせいだ。君が海百合に余計なことを言わなければ、私がこうして通院する必要はなかったのだ。一体、どうしてくれるんだ?」

「そんな舞台裏、一々把握してねえよ。姫百合に治してもらえばいいじゃねえか?」

「私にそんな権利があるとでも? 前にも言ったが私は、最前線の一兵にすぎないのだ」

 どうやら敵は、福利厚生はあまり充実していないらしい。

 しかし言ってしまえば霧生としては、その辺はどうでもいい。

「まあまあ。ハイフーン、ちょっと頼みたいことがあるんだ」

「私にか?」

「前に話していた、伝説の式神……。それを探しに行く。だが俺はその情報を全然持っていない。だから一緒に来い。俺を案内してもらおうか」

 自分だけでは、どこに存在するのかすらわからない。だから霧生は敵であるハイフーンに白羽の矢を立てたのだ。

「私が頷くとでも?」

「意地でも首を縦に振らせる」

 ここからは、引き下がれない勝負だ。

「少し賢くなろうぜ、なあハイフーン? このままだとよ、一生海百合の飼い犬だ」

「言えてはいる」

 自嘲気味にハイフーンは返事した。

「けど、俺に協力するなら、一緒に抗えるぜ? 場合によっては下克上すら可能だ」

「確証がない」

 今度は冷血に切り捨てた。

「いやいやいや? それは賢くない。お前はどんな花を咲かせるか、見てみる前に芽を摘んじゃうのかい?」

「植物が常に利益を出すとは限らない。雑草に投資する必要はないのだ」

「やってみなきゃわからないって言葉、知ってるか?」

「私の辞典には、チャレンジという単語は存在しない」

 霧生はだんだんとイラついてきた。何を言っても屁理屈ばかりハイフーンが返してくるからだ。

「お前…はじめから協力する気ないだろう?」

「当たり前だ。私は君と敵対している。どこから手を貸す理由が出てくる?」

 言えている。ハイフーンからすれば、霧生が伝説の式神を手に入れるということは、敵の戦力の増加を意味する。ここで下手に情報を与えれば、後々になって首を絞めかねないのだ。

 だが霧生も、折れる気はない。

「じゃあここで、もう一本の腕も折るか!」

 脅した。不本意ではあるが、もうそれしか残っていない。

「君が? 私を恐怖で支配できると? 笑わせるな」

 しかし、冗談でもない。[リバース]が既にサソリを、病院内からくすねた注射器から生み出した。

「大きいサソリほど、毒はないと映画で言っていたな。だが注射器に薬が残ってたら、それを毒にしてるかもな」

「いきなり何を言い出す?」

 すると霧生は、そのサソリをなんと、ハイフーンの襟の中に入れた。

「何をする! おい、取り出せ!」

 片腕を動かせないハイフーンは慌てている。だが霧生は冷血にも、

「協力するんなら、サソリをただの注射器に戻してやるって[リバース]が言ってるぜ。なあ?」

「グオン」

 服の中をサソリは、進んで行く。

「う、うお! うおおおおおお! [ダイブ]!」

 ハイフーンは式神の札を取り出そうとした。しかし片腕を動かせず、服の中にサソリまでいるとなると、スムーズにはできない。

「おおっと! これは預からせてもらうぜ!」

 召喚させる前に札を取り上げた。それを[リバース]に与えれば、トカゲに生まれ変わらせる。

「俺も式神の札を破壊するとなると、心が痛むなぁ。協力してくれれば、元に戻すんだがなぁ?」

 ワザとらしく煽ってみる。効果はあったようで、

「わ、わかった! 話は聞こう。だから早くそれを返して、サソリをどうにかしてくれ!」

「今! 自分のことよりも[ダイブ]のことを心配したな? お前もわかる奴じゃないかよ、全く」

 この時ハイフーンが、サソリを先にどうにかしろと言っていたら、霧生は本気で見捨てるつもりであった。だがそんなことを召喚師が選ぶわけがない。

「もう戻してるぜ。[ダイブ]もサソリも」

 それを確認すると、ハイフーンは騒ぐのをやめた。

 二人は病院を出た。


「おさらいだ」

 伝説の式神は、負の感情の集合体のような存在だ。世界中には伝説の類は数多くあれど、長崎と広島は特別な場所。この二ヶ所に共通する事柄が、その式神を伝説にしているのだ。

「場所はおそらく、だな…」

 霧生の広げている地図に、動かせる右手である場所を示す。

「金比羅公園だ。かつて[ダイブ]がここで、強いチカラを感じたことがある。私が思い当たるのはそこしかない」

「だがここ、普通の森みたいだぞ? そんなところに伝説?」

「どこにでも存在するのが伝説というものだ。私の祖国にだって数多くの伝説が残されている」

「ふむ」

 ハイフーンの言葉に霧生は納得した。

「次にチカラについてだが…」

「前にお前、大地を揺さぶるとかなんとか言ってたじゃないか? 違うのか?」

「違わない。だが、何も対策をせずに攻めるのは愚かだ」

「そういう意味か。なら少し考えよう。大地を揺るがす………。真っ先に思いつくのは、地震か?」

「だとすると、森で地震を起こし、木々を倒してくるか。土砂崩れも引き起こせるかもしれない。私の[ダイブ]には戦闘能力はほとんどないが……」

 心配はいらない、と霧生ははっきりと言った。[リバース]のチカラは生き物には使用できない。それが植物であっても、だ。だが人間二人程度なら、背中に乗せて空を自由に飛ぶなんて、わけがないのだ。

「よし。戦闘は全て君に任せよう」

「なあハイフーン? 一人歩きしている式神を、仲間にするにはどうしたらいい?」

 智代は気分次第と言ったが、ハイフーンは、

「己の力を知らしめるのだ。相手は腐っても神だ。人の言うことをそう簡単には飲みやしないだろう。自信は?」

 霧生は胸をグーで叩いて、

「あるぜ!」

 と返事した。

「では移動だ。早い方がいい。藤の名を持つものに行動がバレると大変な目に遭うのでな」

 適当にタクシーを拾うと、目的地まで送ってもらう。運賃は割り勘で払った。

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