第六話 榎高校の召喚師
第助の[ディザーブ] その一
「さあて。この学校もマンモス校だからな。まだ召喚師が隠れていてもおかしくない。実際に誰か、いるようだからね」
二手に分かれて行動する。霧生と興介、芽衣と真菰だ。霧生はこのグループ分けに文句を言ったが、覆らなかったので諦めた。
榎高校の校舎は二つあり、西館と東館に分かれている。霧生と興介は西館をしらみつぶしに見て回る。あらかじめ式神を召喚しておき、それに反応したヤツがいれば、召喚師であることがわかり見分けがつく、という作戦だ。
「その竹刀は一々ぶら下げないといけないのか? お前、剣道の大会は出禁をくらっているんだろう?」
「だからといって、武道の心得を忘れる理由にはならない。それに[ハーデン]と組み合わせれば、俺にとっては最大の武器になる。お前の方は手ぶらでいいのか?」
「手ぶら? いいや、俺からすればその辺の物全てが武器さ。最近の[リバース]は調子がすこぶる良くて参っちまうぜ」
数多くの生徒たちとすれ違うが、誰も式神に反応しない。もしかしたら相手は、生徒ではなく先生なのかもしれない。職務室に[リバース]と[ハーデン]を侵入させたが、どうもそうでもないらしく、職務室は静かだった。
「こっちの校舎にいないんじゃないのか?」
「まだ一年生の分しか見てないぜ? 次は二年だ」
移動中、霧生は気になっていたことを興介に聞いた。
「前に、脅されていたって言ったろ? 誰に何だ?」
「それは俺が知りたいくらいだ。相手は人じゃない、式神だった。もちろん人並みに喋れる式神で…」
興介はその時のことを思い出していた。
「その時は俺、酷くハラハラしていた。どうしようもない不安で心が落ち着かないし、呼吸は乱れまくり。おまけに……ゾンビ映画に出てくるようなグロテスクな怪物に囲まれてよ。どうすればいいのかわからない時に、コウモリが一匹俺の目の前に降りてくるんだぜ」
「それが式神か?」
ああ、と言って頷く興介。
「んで、耳元で囁くんだよ。『お前の家族を殺されたくなければ、俺の言うことに従え』ってな」
「抗おうとしなかったのか? お前の[ハーデン]なら、十分に可能だろう?」
「何でかね…。恐怖心が大き過ぎて、それに押し潰されてしまった。だから何も言えなくて、コウモリの問いかけに頷くしかなかった」
どうやら相手の顔を見ているわけではないようだ。おそらく真菰も同じだろう。
「あの海百合もそうなのかね? ハイフーンとかいってた外国人も脅しで従っているのか?」
「う〜む。ちょっと違う気がするぜ。様子がなあ、そんな感じじゃなかった」
あの二人については、よくわからない。特に海百合だ。霧生は彼女については、興介たちを脅していた存在にとって、特別な召喚師ではないかと考えている。彼女は何かが怖いから、何かを恐れて言うことに従うようには見えない。むしろ海百合の方が恐ろしく感じるぐらいだ。
「まあでも黒幕がいるんならよ、叩き潰すまでだ。シンプルに行こう」
「そうだな。で、お前がいるとか言う召喚師はシンプルに見つからないのだが?」
首を傾げて霧生は、
「っかしいな〜。絶対にこの学校にいるはずなんだよ。だって海百合が持ってるなら、使わないのはおかしい話じゃないか」
と言うが、顔は真剣だった。携帯をいじると、メールを送る。相手は隣にいる興介。
「ん? メールだ。もしかして真菰たちが………」
興介は喋るのをやめた。メールの件名には、黙って読め、と書いてあったからだ。
本文にも目を通す。
「俺たちの後をつけている奴がいる。振り返るな。気づいていないフリをしろ」
すぐに興介も返事を送る。ここからはメールでのやり取りだ。
「なぜわかる?」
「[リバース]にホタルを二匹、生み出させておいた。一匹は俺たちの前、もう一匹は後ろ。後ろのホタルが怪しい奴を見つければ光で、前のホタルに知らせる。その信号を前のホタルが光って、俺に教えてくれている。どうやら回り始めた段階で、尾行されていたらしい」
「ならどうやって対処する? こっちが行動に移せば、確実に逃げられるぞ」
「そこのゴミ箱を蹴り飛ばせ」
指示された通りに興介は、ゴミ箱を蹴っ飛ばした。
「それでいい。後は[リバース]に任せよう」
そのまま二人は、どうでもよさそうな会話を続けた。
そして後ろから、
「うおおあぅ?」
と声がした。
「掴んだみたいだな。行くぞ、興介!」
二人は反転する。
「なるほど。ゴミ箱をタコに変えたのか。タコの吸盤はサメすらも絡め取るって聞くし、人間も逃げられないらしいじゃんか」
「待て。アイツは知ってるな……確か同じクラスの鐘堂第助!」
第助はタコに苦戦しているが、近づいてくる二人の方を見た。
「クッソー、このタコは! 式神のチカラを既に発揮させていたのか!」
そして自分のチカラで逃れられないと知ると、札を出して式神を召喚した。
それはあの、マンモス型の式神だった。
「やはりお前が召喚師…! 教室を出る段階で後をつけていたのか!」
「[ディザーブ]! このタコを踏み潰してしまえ!」
[ディザーブ]という名のマンモスの式神がタコを踏みつけると、タコはパチンと潰れ、真っ平らなゴミ箱に戻った。
「気をつけろよ霧生! あの式神のチカラは未知数だぜ」
「俺に言うな! チカラは前に教えただろうが!」
「あんな説明で理解できると思うか?」
第助が立ち上がる。手には、たった今ぺちゃんこになったゴミ箱を持っている。
「先に教えてあげるよ。僕の[ディザーブ]のチカラ…それは相手に物を与えることだ」
言い終わると同時に、ゴミ箱を手放した。すると、ゴミ箱は宙を舞い、霧生に向かって飛んでいく。
「これは! あの時のノコギリと同じ現象! 相手に与える、だって? ガードしろ、[リバース]!」
[リバース]がゴミ箱を受け止めた。だがゴミ箱は止まろうとしない。
「無駄だよ。[ディザーブ]のチカラは、相手は拒否できない。一度相手に与えると言ったのなら! 必ず! 相手に与えることができるんだ。それが何であろうとね」
もはや[リバース]の腕力をしても、ゴミ箱の動きは止められなかった。
「ならば!」
霧生は[リバース]に命じ、ゴミ箱を犬に変えた。これなら歩ける。第助に突進させることは簡単だ。
だが犬は足を動かしはするが、前に進めていない。逆に後ろに下がっていくのだ。
「何ぃー!」
そして次の瞬間、勢いよく霧生に飛んでいき、ぶつかった。もしゴミ箱のままだったら、もっとダメージを受けていただろう。犬はバラバラになって、元々のゴミ箱に戻った。
「これは厄介だな。飛び道具を防御できないとは…」
「なら純粋に攻める。それだけだ!」
興介が竹刀を掲げ、前に出る。
「遅いな、その式神…。もらった!」
[ディザーブ]のスピードは見た目通りで、俊敏とは言えない。興介の竹刀は、その頭に振り下ろされた。
「ジュウウウ…」
硬い竹刀を叩きつけられたために、かなり痛いはずだ。だが[ディザーブ]は怯むことなく竹刀を長い鼻で巻きつけ、すごい力で興介から取り上げた。
「何てパワーだ…」
そしてそれを、力任せに霧生に向かって投げる。
「マズい!」
霧生は一瞬で理解していた。あの竹刀は避けても自分にミサイルのように向かって飛んでくる。[リバース]のチカラを使えば生き物に変えられるだろうが、それでも自分の体に当たる。そして興介が[ハーデン]のチカラを保ったままなら、生き物にすら変えられないが、チカラを解除してもあの竹刀を壊す羽目になる。そうなると貴重な攻撃手段を失う。
「ここは……! 興介! [ハーデン]にチカラを解除させろ!」
「もうしている!」
霧生に向かって真っ直ぐ飛ぶ竹刀。
「受け止めるしかない!」
そして腹を突かれた。
「おおおおお……!」
声が出せたのが奇跡と思えるぐらいには痛い。もし左腕で受け止めていたら、傷口が開いていただろう。
「これは…返すぜ、興介…。もう式神は無視して、第助の方を狙え……」
うずくまった霧生は、起き上がることができない。
「仕留めた、霧生を! 悪く思わないでくれよね、僕も家族を失うわけにはいかないんだ」
「まだ終わってないぞ、第助! ここからは俺一人で十分だ」
[ハーデン]とともに第助に迫る興介。竹刀は無事で、少しも曲がってはいない。逆に言えば霧生が、あらゆる防御を取らなかったのだが。
「へえ、君は僕に勝つ気があるのか? 式神のチカラは物を硬くするだけ。でも[ディザーブ]にダメージを与えられやしない」
「勝手に決めるなよ。たかが一発防いだだけで、何もわかっちゃいないくせによ!」
「よく言うね」
第助はその辺に転がっていた鉛筆を拾い上げると、芯が尖っている方を興介に向けた。そして[ディザーブ]のチカラを使い、無理にでも興介に与える。
「はたき落せるか? そんなことは無意味! 確実に君に与えてやるよ!」
だが芯は、興介に突き刺さらなかった。逆に芯と鉛筆の方が折れた。
「なるほど…。人にも使うことができるチカラを持つ式神…か」
第助は[ディザーブ]を札に戻すと、反転して走り出した。
「おい待て! 逃げる気か?」
霧生の復活を待っていては、追いつけない。仕方なく興介は一人で第助を追いかける。
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