第五話 休息中の災難

実衣の[フィル] その一

 芽衣は特に部活には入っておらず、塾にも通っていない。だから土日は実家の旅館の仕事を手伝っている。この旅館は自分が跡を継ぐのだから、学校の勉強よりも重要なことだとすら感じる。

 今日も親の代わりに受付に立っているのだが、見慣れた顔がやって来た。

「…霧生、どうしたの?」

「怪我の療養さ。噂によればここの温泉は傷に効くらしい。ゆっくりと浸からせてもらうよ」

 そんな上手い話は特にないのだが…。とにかく相手はクラスメイトである前に客だ、芽衣は部屋の鍵を渡した。

「この部屋は少し広めだよ。一人じゃもったいないね」

「じゃあ後で遊びに来れば? 俺はいつでも歓迎だぜ?」

「できません! 私にはやることがあるの!」

 霧生は渋々、客室に向かった。

「今度は一人で泊まりに来るとは…。行動力だけは相変わらずすごい…」


 この楠館では、夕食は客室で食べることもできる。とある客室には二人の男が宿泊しており、夕食がやって来るのを待っていた。

「海百合から電話があってな」

 もう片方の男がその言葉を受けて、

「海百合? あの冷血動物がどうかしたのか? なあ雨宮、アイツらをいつまでも手元に置いておくのはマズイと思うぜ?」

 日比谷ひびやつつみは、雨宮あまみやかなめにそうアドバイスをした。海百合に限った話ではないが、前々から部下であるため別に恐怖で支配したりはしていないが……。どこか制御しきれていない感覚があるのだ。

「俺が言いたいのはそうじゃない。新しく榎高校にやってきた召喚師だ。海百合に撤退を選ばせるとは、相当のやり手のようだな」

「脅そうか、ソイツも? 家族を人質に取られて平気でいられる人間はいない。俺の式神なら簡単だ。今までだってそうやって配下を増やしてきたじゃないか」

「時が来たらそうしよう」

 そんな会話をしていると、部屋のドアがノックされ、従業員が食事を運んできた。まだ高校生ぐらいの少女が、お膳を運び入れる。

「久しぶりだな、楠」

「いえいえ。わざわざここまでいらすとは、ご足労様です」

 彼女は丁寧に返事をした。その関係は客と従業員以上に見える。

「なあ楠、一つ頼まれてくれないか?」

「雨宮さんの言うことなら、何であれ」

「霧生嶺山という人物について、ちょっと調べて欲しい。場合によっては戦う必要があるかもしれないが、君の式神なら勝てないにしても負けることはないだろうな」

 楠は顔色を変えて、

「失礼。私が簡単に負けると思いますか? すぐにでも負かせてみせましょう。丁度霧生はこの旅館に泊まり来ていますし」

 今度は要と堤が表情を変える番だ。

「いるのか! ここに?」

「偶然にしては出来すぎている…。これは!」

「先日、海百合が霧生と一戦交えたようです。結果は引き分けといったところでしょう。悔しがっていましたよ、そりゃあ非常に。ですけれど、霧生に傷をつけることは叶ったようでして。彼は怪我の療養に来ているのです」

 楠は続けて、

「幸いにも、お二人の存在はまだバレてはいません。配下の召喚師は存在すら存じ上げていませんし、海百合が言うはずもないですから」

 と言ったので、二人は落ち着きを取り戻した。


 要と堤には、目的があった。その実現のために二人は召喚師の仲間を増やしているのだ。主に堤が召喚師を見つけては式神を使って脅し、服従させるのだ。

 召喚師に反逆されないためにも二人は、信用している部下にしか顔を見せない。海百合やこの楠がそうだ。

 そしてさっきから二人と話している少女…彼女は芽衣ではない。肉親でさえ見間違えるほどそっくりの双子の妹、実衣みいである。実衣は姉の芽衣とは異なり、もっと幼い時期に召喚師としての才能を開花させた。そしてある時期に二人と出会い、以来頭を下げ続けている。


 食事を口に運びながら二人は作戦を考える。この旅館に霧生がいるのなら、是非とも手を下したい。だが部下は連れてきていない。霧生に顔を見られてしまう。

「ならば私が今、行きましょうか?」

 グラスにワインを注ぎながら実衣が言った。

「できるのか?」

 実衣は頷いて答えた。

「だが、君の式神は霧生の[リバース]って言ったか…それに勝てそうか?」

「作戦があります。それは今しかできないのですよ」

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