真菰の[ドレイン] その二

 芽衣は今日、自宅に帰ると自室にこもった。机の上に札を置き、[ディグ]を召喚すると、それと友人のように会話をする。

「生きていた時の記憶はないの?」

「うん。一つも覚えてない。何も思い出せない」

 興介が語った式神のルールは一通り頭に入れてあるが、彼の式神は自分のとは違い、話せない。だから興介の知らないことが[ディグ]から聞けるかも、と思ったのだ。

「私が拾う前はどうしてたの?」

「前の主が亡くなってから経った時間は覚えてない。わたしのことを見れる人を探していたら、芽衣にたどり着いた」

「そっかー」

 ここで一つ、疑問が浮かび上がった。

「召喚師が死んだら、従えていた式神はあなたみたいに解放されるの?」

「そういうことは聞いたことがない。けどわたしは主が亡くなる前に、自由にさせられた」

「じゃあ式神を自由にする方法は?」

「わからない。気がついたら札に戻れなくなった」

 わからないことだらけではあったが、式神の話は新鮮だった。

「力になれなくてゴメンナサイ。でもわからないの…」

「気にしないで。私も召喚師としては新米だから。これから色々開拓して行こう!」

 ちょうど言い切ったタイミングで、窓の外で音がした。カーテンをめくって窓を開けると、そこには霧生がいた。

「…な、なんでここに?l

「式神の勉強をしに来たのさ。俺の[リバース]は何も知らないからな」

「やってることはただのストーカーじゃない…。もう、ちょっと待ってて」

 流石に自室に案内するのは恥ずかしい。だから旅館のフロント、売店の横のベンチに案内した。

「今度来る時はちゃんと受付通してよね。温泉に浸かるだけの日帰りでいいから。窓に張り付くなんて不審者以外の何者でもない! 妹だったら通報してるよ」

「へえ、妹がいるのか。それは初耳だな」

 世間話はそれぐらいにしておいて、本題に入る。霧生は長年[リバース]と共に過ごしていたわけだが、式神という概念にたどり着いてなかった。

「そういう方向から見れば、霧生も素人じゃない?」

「だね。でも経験則でわかることもある。そこは玄人なわけだ」

「例えば?」

「そうだな…。[リバース]が何を考えているかとかは手に取るように把握してる」

 この返事に芽衣は満足できなかった。

「それは[リバース]についてだけでしょ? やっぱり一通りを興介に聞いた方がいいと思う」

「そうかい? でも男の話に長時間耳を傾けるのは趣味じゃないな」

「そんなこと言わないの!」

 全くこの人はいつもこうなのだろうか…。そんな疑問が芽衣の頭の中を駆け巡る。

 芽衣は一応霧生に、[ディグ]から聞いたことを一通り教えた。

「………。明日、興介を捕まえなきゃね。芽衣、協力してくれよな?」

 芽衣ももっと知りたいことがあるので、了解した。


 だが次の日、芽衣が興介と会う約束を取り付けたことをメールで知らせたというのに、霧生がそこに来なかった。

「…時間にルーズなヤツだったのか? それとも芽衣、ちゃんと場所を教えなかったとか?」

「いいや……。しっかり送信したんだけど、何で来ないの〜?」

 名ばかりの自習室には、芽衣と興介の二人しかいない。

「どこだかわからないとかは?」

「そうかも…。探してくるね」

 その時だ。自習室の扉が開いた。

「んー。その必要はないわね」

 見たことのある顔の女子生徒だ。だが瞬時に思い出せなかった。

「確か…」

 興介も、記憶にはあるんだけど…という表情だ。

「あらきまもこ!」

「あらいこもも!」

 これらの発言に女子生徒は怒って、

「はー? あらきこもも、でもなければ、あらいまもこでもないわ! あ・ら・ら・ぎ・ま・こ・も!」

 言われてやっと思い出した。彼女のなまえは蘭真菰だ。昨日一方的に自己紹介してきた女子生徒である。

「そうだ。真菰だろう? 全く酷いなあお前たち。女性の名前を間違えるとは…」

 今度は後ろで声がする。振り向くと霧生がそこにいた。

「き、霧生嶺山! お前こそいつからそこにいる?」

 喋っているのは興介だが霧生は真菰の方を向いて、

「君のような容姿の整った人を俺が把握してないわけないだろう?」

 と言う。しかし実は、真菰は初めて霧生に会う。

「そ、それはどうも……。褒め言葉として受け取っておくわ」

 冷たい視線を送りながら真菰は、バッグから札を取り出した。

「それは、まさか! お前も召喚師!」

 驚いた興介はとっさに懐に手を伸ばす。

「興介、あんたに用はないわ。黙って見てなさい。私は今、霧生に用事があるのよ」

「俺か? 君から誘ってもらえるなら嬉しいなあ。どこに行こうか?」

「……一々テンポを乱してくるわね。ここで私と勝負よ!」

 問答無用と言いたげに、真菰は式神を召喚した。

 そこにはそこまで大きくもない、ガガンボが数匹現れた。

「これが式神…? ただの害虫じゃないか?」

「フフー。これが私の[ドレイン]よ。見てなさい、そのチカラを!」

「……………」

 霧生は、いや芽衣も興介もこんな小さな式神にそんな大きなチカラがあるとは思えなかった。だが真菰は自信満々である。そこが不思議なのだ。

(何で真菰はあんなに鋭い瞳と力強く立っていられるの? あの式神のチカラは…?)

 次の瞬間、[ドレイン]が自習室の黒板のチョークに触れた。するとチョークは、アブに変わった。

「な! このチカラは!」

 間違いなかった。それは霧生が一番よく知っている、[リバース]のチカラと似ている……と言うよりも全く同じだった。

「それだけじゃないわよ!」

 アブが霧生に向かって飛んで来た。目の前に現れたその虫を、彼は手で叩いて潰した。そのはずだった。

「いちち…。って、何だと?」

 アブは、霧生の手の中で平然としていた。まるで何も攻撃を受けなかったかのように。

「違う! 硬い! 俺が潰せなかったんじゃない、アブが硬くなっているんだ…。だがこれは!」

「そう! これは興介の[ハーデン]のチカラ。[ドレイン]は既に、アブに触れていたわ。そー、だから押し潰せない程度に硬くできたのよ?」

 ここまでくれば、霧生たちは[ドレイン]のチカラを理解できた。

「他の式神のチカラをコピーできる…。それが[ドレイン]か!」

 パチパチと拍手して真菰は、

「むー、ご名答ね。褒めてあげるわ」

 慌てて霧生は芽衣に顔を合わせた。

「マズイぜこりゃあよ…。昨日見かけた蚊はおそらく、真菰の式神。だとしたら[ディグ]のチカラもコピーされている! 可能性が高い!」

 しかし以外なことに、

「やー。それはまだよ。[ドレイン]は直接触らないと、チカラを発揮できないわ。芽衣はまだ私の目の前で、式神を召喚していない。まあだから、霧生と芽衣が揃うこのタイミングを狙ったんだわ」

 と、霧生の推測を否定した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る