霧生と[リバース] その三
約束の放課後になった。霧生は一人で行くと言ったが芽衣は心配であり付いて行くことにした。
「来たか。霧生!」
わかりやすい丸坊主の男子生徒が腰に竹刀をかけ、そこに立っていた。
「知ってるぞ、お前。確か名は、
「ほう…。俺を知っているとは驚きだ。だがこれは知らないだろう?」
興介がポケットから取り出したもの…それは霧生と同じ和紙だった。
「そ、それは?」
霧生は慌てて自分の制服に手を突っ込む。ポケットにはちゃんと和紙がある。ということは興介が持っているそれは、彼自身の物であるということ。
「焦らなくても順を追って説明してやるよ。霧生! 俺が持っているのは式神の札だ!」
「シキガミ………? 何だそれは?」
「おいおいトボけるなよ? お前も持っているのは調査済みだ。出してみろよ、なあ霧生?」
霧生は自分の和紙を取り出した。
「これを札と言うのか…」
興介はさらに説明を進める。
「念じれば、式神を召喚できる。当たり前だよな?」
(式神…か。[リバース]はそういう存在なのか。そして興介も持っているのか)
霧生が札を出し、念じると[リバース]が現れた。
「前情報通りだ。霧生嶺山! やはり召喚師!」
(なるほど。式神を操る人間のことを召喚師と言うわけか。札から出す行為は召喚…。そのまんまだな)
同じく興介も念じたのか、彼の目の前に緋色の羊が現れる。
「それが興介、お前の式神か! どんなチカラを持っているんだ?」
「慌てんなよ。すぐに教えてやるぜ。俺の式神、[ハーデン]のチカラをよぉ!」
[ハーデン]というのが興介の式神の名前であった。それは興介の竹刀を少し舐めると、後ろに下がった。
「興介、式神を出したのにそれに戦わせないのか。よほど式神に自信がないんだな」
竹刀を掲げて興介は自信満々に、
「そう思うんなら、迷わず向かってこいよ。霧生!」
霧生は前進した。勝算があるからだ。
(あの竹刀を[リバース]のチカラで生き物に変えてしまえば、興介は攻撃手段を失う。そうすればこちらの攻撃を防ぐ手段もない)
[リバース]が息を吸い、大きく吐き出した。この息を吹きかけられた物体は、真実の姿に生まれ変わる。
そのはずだった。
「何ぃ! その竹刀、姿が変わらないだと?」
霧生は[リバース]のチカラを良く理解している。だからこんなことは起きるはずがないのだ。しかし竹刀はその形を保ったままであった。
「何だ? お前の式神は、息を吹きかけたものに何かするのか? だったら物理的な刺激には弱いかもな!」
竹刀を[リバース]目掛けて振り下ろした。ガードするのが一瞬遅れ、[リバース]はその一撃を受けてしまった。
「なんだ…?」
札が少し、ボロボロになった。なにも力を加えて握ったわけでも、変に乱暴に扱ったわけでもないにもかかわらず。
「どうやら霧生、お前は式神のイロハを知らないようだな?」
「……仕方ない。教えてもらえると助かるんだが?」
「フン。何も知らないのも残念だな。いいだろう、教えてやるぜ。式神はよう〜、札に納めるよなあ。その札が破壊されると式神も破壊される。逆もあり得るんだぜ。だから今、[リバース]って言ったっけ? お前の式神の札はボロっちくなった!」
「なるほど。じゃあ[リバース]のチカラが通じないのにも理由があるんだな?」
コクンと頷く興介。
「特別に俺の[ハーデン]のチカラを教えてやろう。[ハーデン]のチカラは! 触った物を硬くできるのさ! その形を保たせたまま、硬直させることもできる。だからお前の式神のチカラを受けても、何も問題はない!」
「くそ! これは苦戦するな……」
ただでさえ新しいことが頭に入ってくる中での戦闘。圧倒的に興介が有利。
「だがそんなことはどうでもいいね」
「な、何!」
霧生のポケットから、大きなトンボが飛んできた。そのトンボは興介の耳に齧りついた。
「なんだこれは! いつの間に出した? 何でトンボが俺にぃ!」
「俺のボールペンを生まれ変わらせたんだぜ」
霧生は距離を取った。どうやら興介には飛び道具がないらしい。竹刀さえ気を付ければ問題ではない。そう確信する。
「どうした興介? 早くどうにかしないと耳たぶが千切れちまうぞ?」
だが今度は、霧生が驚く番であった。
[ハーデン]が興介の耳を触ると、トンボのアゴが通じてなくなった。
「硬くしたのか! 自分の体ですら硬くできるのか…なんてヤツだ」
「トンボはもう怖くはねえな!」
竹刀を一振り。それだけでトンボは、叩き落とされた。
「近づいて一気にカタをつける! 行くぞ、霧生!」
「来るか…!」
霧生も構える。[リバース]をこれ以上傷つけるわけにはいかない。だが、
「グルル!」
霧生は驚いた。[リバース]はやる気なのだ。
ならば式神の意思に任せるだけ。
「やっちまえ、[リバース]!」
次の瞬間、[リバース]は雄叫びを上げながら興介に突っ込んだ。
「うぐわぁっ!」
素早い一撃。興介は反応に遅れた。彼の[ハーデン]も、ガードが間に合わなかった。
「良し! 速さなら[リバース]の方が上だ…」
このまま[リバース]に任せても良かったが、体を硬くされては歯が立たないかもしれない。すぐに[リバース]を手元に呼び戻した。
「コイツ…やってくれるじゃねえかよ!」
興介は怒鳴りながら立ち上がる。声には怒りがこもっていた。そして勢いよく走り出し、霧生の懐に潜り込むと、竹刀を振るう。
「あぐゎ!」
鉄よりも硬い何かで殴られた感覚がした。これを何度も食らえば死ねる。そう確信させるほど、竹刀には威力があった。
「やはり竹刀をどうにかしなければ! だが[リバース]のチカラは通じない。どうすれば?」
もちろん[リバース]に竹刀を掴ませるというのも一手ではある。だがさっき興介が言っていた、式神の破壊…それが霧生にその一手を選ばせなかった。
霧生の後ろで芽衣は、この戦いを見ていた。
「どうしよう…。私が何をしても、二人とも耳を貸さないだろうし…」
「なたわたしをつかって」
ポケットの中から声がする。昼休みに拾ったあのケラが、這い出てきたのだ。
「わたしを霧生に投げてくれれば、チカラを使える。やってよ、芽衣」
「あなたは何ができるの?」
「二人を止められるから」
芽衣はケラの言うことを信じることにした。霧生目掛けてケラを投げた。するとケラは見事に彼の背中にくっついた。
二人の戦いは、興介が優勢だった。
「そろそろ終わらせるぜ。この突きで、一撃でな!」
既にボロボロの霧生には、それをかわす余裕がない。
「くそ! 受けるしかない!」
だがくらって、立っていられるかはわからない。
「終わりだぁ、霧生!」
素早い突きであった。霧生はかわせるかどうかと言っていたが、確実に避けられない勢いである。
「………?」
おかしい。まともにくらったはずなのに、何も感じないのだ。
「おいお前! 何だその穴は? いつから開いている?」
「こ、これは!」
霧生の胸に、穴が開いているのだ。その穴は体を貫通しており、そこにすっぽりと竹刀が収まっている。
「心臓があるべきところに穴が…! だが痛みは感じないし、血も流れていない。俺の心拍数も変に乱れてすらない!」
気がつくと、ケラが一匹霧生の背中に乗っていた。
「これがわたしのチカラ…。穴を何にでも開けられる。でもその対象は平気でいられる」
「な、コイツ! 他にも式神を!」
興介は状況を立て直そうと竹刀を引っ張った。だがそれよりも穴が先に閉じようとした。竹刀は霧生の体から抜けなくなったのだ。
「今がチャンスだな、行け! [リバース]!」
「ギャオオオオオオオオオン!」
[リバース]の速さには、興介の[ハーデン]もついて行けなかった。興介は思い切り吹っ飛ばされて、屋上のフェンスに激突した。
「うぐ……」
そのまま気を失ってしまったようだ。[ハーデン]は興介に寄り添うが、目を開かない。そして[ハーデン]は興介の懐に仕舞ってある札に戻っていった。
「ふう、なんとかなったね。コイツを保健室に運ぼう。芽衣、案内してくれ。目を覚ましたら色々聞き出そう」
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