七月 その一

 天高く昇る太陽が眩しい。気温も日に日に上昇していき、暑さで頭がおかしくなりそうだ。そんな季節に良いタイミングでプールの授業がある。

「やっと女子の水着姿を拝めるのか!」

 そんなことを言う徹を、朋樹がプールに突き落とす。

「オイコラッ! 準備体操もしないで何をやっている!」

 体育の二戸健太先生が怒る。当然、朋樹も説教の対象だ。

 やがてプールサイドに女子もやって来る。

「どうして徹だけ、びしょ濡れなんだ?」

 純心の疑問に瑠瀬が答える。

「ある意味天罰みたいなものだよ。与えた朋も悪いっちゃ悪いけど」

「何をしたの?」

 亜呼が聞く。

「まだ何もしてないんだけど、知らない方がいいよ…」

 流石に瑠瀬も、徹の思惑を口にはできなかった。言えば自分もスケベだと思われる気がした。

 準備体操を済ませると、泳ぎ始める。今日は平泳ぎ。

「俺は、クロールの方がいいぜ」

「じゃああっちでやって来い…」

「何だと勇刀!」

 和哉がバシャバシャと水を勇刀にかける。少し興奮しているのか、周りの人などお構いなしだ。対する勇刀は水の中に潜り、潜水で危険地帯を脱出している。

「和哉! 暴れるのは武道場だけにしておけ!」

 先生のお叱りが飛んで来る。

「だって勇刀が…。っていねえ?」

 横で由香が笑った。

「本当にバカね。さ、私たちは真面目に泳ぎましょう」

「言われるまでもない。行くぞ」

 恵美は強がったが、どちらかというと泳ぐのは下手だ。手足を動かしているのに、沈んでいく。

「ちょっと…。少しぐらい、浮いてよね」

 由香がプールの底から、恵美を引き上げながら言った。とても綺麗なフォームで泳ぎ、しかも速い由香には、プールでは敵わない。

「…すまん」

 プールサイドに上がっている生徒もいる。

「オリンピックでは、誰が優勝するのかなぁ?」

 亜呼が言う。今月末には、競泳は始まる。

「やっぱり小鳥遊じゃないかな? 最近いい記録を出してるし」

 朋樹が言った。

「小鳥遊はないよ。だって伊丹にいつも、黒星つけられてるじゃないか」

 徹が言う。確かに二人が同じ大会に出ると、大概の場合伊丹が勝つ。でも小鳥遊も、決して実力がないわけではない。

「ドイツの先鋭、ウェゲナー選手も見過ごせませんわ」

 麻林がさらに選手名を挙げた。

「何も三人だけの戦いじゃないさ。ダークホースが潜んでるかもしれないよ?」

 瑠瀬はそう思ったが、それになり得そうな選手名が思いつかなかった。

「羨ましいなあ。二人は間近でその決戦が観れるんだろう?」

 純心がプールから上がると同時に言う。

「でも、テレビでだって観れるじゃない?」

 濃子がそう答えると、

「感動が違うよ、感動が! 表彰台に日本人選手が上がって、その首には金色に輝くメダル…」

 と言われた。

「でもさ…。決勝に上がれなかったら感動もクソもないだろう?」

 徹がそう水を差すと、純心は彼をプールに突き落とした。

「バカは放っておいて、話を続けましょう!」

 一応大宙がブクブクと沈む徹を引き上げた。

「酷いやみんな。俺のことをなんだと思っているんだか…」

「落ち込まないで。扱いが雑かもしれないけど、それぐらい徹は彼らと仲が良い証拠だよ」

 そんなことを言われるが、あまりフォローになっていないような気がする。


 七月には、一学期末試験もある。体育の時間が終わると、更衣室で制服に着替えて教室にすぐに戻る。授業で話される一字一句を、頭に叩き込む。

「…であるので、分離の法則に則って…」

 四時間目は理科だ。北上先生が遺伝について解説している。瑠瀬は黙々とノートに板書を書き写す。

 東京オリンピック…テロの日まであと一カ月を切っているにも関わらず集中できるのは、決心したからに他ならない。

「必ず濃子を守ってみせる」

 当日、平祁が現れる可能性もある。テロに紛れて濃子を狙ってくるかもしれない。平祁からすればオリンピックは最後のチャンスだ。出て来ない理由がない。

 そこで濃子の命を奪おうものなら、瑠瀬が体を張って守るだけだ。平祁は瑠瀬には手を出せない。それをすれば平祁の存在が消える。これを逆に利用すれば、いざという時にはワザと自分を刺させて、濃子を逃がすことができるはずだ。

 残されたわずかな時間を濃子と過ごすためにも、誰にも邪魔をさせるつもりはない。あの日以降源治と会っていないが、源治も自分たちのピンチには駆けつけてくれるはずだ。

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