第147話 『A witty reward』

すべての行程が終わって、会場から来場者がすっかり居なくなると、『form Fireworks徹也の会社』のスタッフが集められ、部長の月城美波から労いの言葉を受けた。


「ユウキくんもありがとうね。もうウチのスタッフ並みに仕事してもらっちゃって! このまま就職してほしいくらいよ! あ、そんなこと言ったら水嶋先輩に怒られるわね。じゃあ、今夜はゆっくりしていって」


そう言って立ち去る美波の言葉に、葉月が首をかしげる。


「ゆっくり? でもユウキ、もうそろそろ帰るんじゃ?」


裕貴は首を振る。

「それがさ、泊まる事になったんだ」


「そうなの?」


「うん。リュウジさんがここに泊まるって。ボクの部屋も取ってもらったんだ。鴻上こうがみさんがリュウジさんに泊まってくれって言ったみたいだよ」


「え! それって……」


裕貴は頷いた。

「まあ、トーマさんが言ってたようにさ、今週末の集会は延期になったけど、近々『エタボ』の事務所に行くことには違いないから、そろそろ鴻上さんが第一段階のアクションを起こすんじゃないかな? ついに今夜か……」


「なんか、ワクワクするね」



その時、エレベーターホールからチンと到着音が聞こえて、二人は同時に視線を向けた。


「おやおやお揃いで。もうすっかり『Ending Ceremony』も食事会も終わっちゃったよね」

皮肉めいた表情を覗かせた長身の男性が肩をすくめていた。


琉佳ルカさん! おかえりなさい! あれからずっと打ち合わせに?」


両手を広げて首を振りながら、琉佳は二人の前に近付いて来た。

「ホントまいったよ。徹也社長さんの代わりにいくつか仕事こなしてきたけど、簡単な案件ばかりじゃないからね。手こずった……」


「それは……ご苦労様でした。食事、取ってないんじゃ?」 


「そう、それ! 『form Fireworks』ブラック企業疑惑!」


三人はどっと笑った。


「何か食べます? ボク達も付き合いますよ。っていうか、どこか店は開いてるんですかね?」


琉佳がハッと思い付いたように手を打った。

「あ、だったらここの最上階のスカイラウンジがいいな! 軽食も出るし、少し飲みたい気分だし!」


「え……スカイラウンジ? そんなのがあるんですか?」


驚く裕貴のとなりで、葉月が溜め息混じりにいつもの言葉をはく。

「っていうか! 何度も言いますけど、ここって葬儀場なんですよね?」


その言葉にまた笑いながら、三人は最上階に行った。



エレベーターから降り立った瞬間、その暗い空間に足を踏み入れるとまるで宙に浮いているかのような感覚に陥る。

ガラス張りのエントランス。

見下ろせば空中庭園、見上げれば都会には見られない星が瞬いていた。

月をも愛でられるガラス張りの席に着き、琉佳が来る皿を平らげていくのを微笑ましげに見つめながら、二人は彼に今日の流れを伝えた。


テーブルに置いた葉月のスマートフォンが振動する。

「あ、鴻上さんだ」


「ああ、さっき言ってた鴻上さんのお母さんの片付けじゃないか? 手伝いに行くの?」


「うん、行ってくる。じゃあ琉佳さん、ごゆっくり!」


そう言ってささっと立ち去る葉月の背中を不思議そうに見つめながら、琉佳は裕貴に尋ねた。 

「なんで白石さんが絢子徹也の母さんの手伝いを?」


裕貴が火葬場での一件も含め順を追って説明すると、琉佳は驚いて喉を詰まらせた。


「ええっ! そんな事が……ってか倒れたのに絢子さん、もう出国したのか!」


琉佳が表情をくるくる変えながら裕貴の話を聞いていると、突然後ろから手が飛んできて、後頭部をパンとはたいた。


「痛てっ! あ、姉ちゃん!」


「なに騒いでんの? 子供じゃないんだから、ちょっとは落ち着きなさいよ」


葉月が居ないのを気にしながら、美波も横に座った。



◆ーー◆ーー◆ーー◆ーー◆



徹也に呼ばれて絢子の部屋に入った葉月は、徹也と共に絢子の荷物 を梱包して、小さな箱にどんどん詰めていく。


二段目の引き出しを開けると、そこには簡易にラッピングされた包みとメッセージが書かれたメモが 残されていた。


 お土産用に機内で買ったもの

 だけど葉月ちゃんに似合う色

 だと思うから、使ってね! 


袋を開けてみると、ランコムのマスカラとコーラル系の色目のシャネルの口紅が入っていて、葉月は飛び上がるように喜んだ。


そんな彼女を横目に、徹也が呟く。

「これは、策略を企てた重大な証拠品だ。しかも本人直筆の」


首をかしげるも嬉しそうな表情の葉月を見ながら、徹也も微笑む。


「ありがとうな。それに今日1日は色々と世話になったよ」


「それって、親族控え室からの脱出劇のことをおっしゃってますか?」


葉月の意地悪そうな顔に、徹也は吹き出す。

「あはは! あれは大いに貢献してくれたよな。ただし……君は俺で遊びすぎだ」


葉月は、立てた指を左右に振った。

「私は復讐のチャンスを逃さなかっただけですから」


「はぁ? 復讐はひどいな。俺が君をからかうのは、愛情だから」


「またぁ……都合のいいこと言いますね?」


葉月の上目遣いにまた笑いながら、徹也は頭の後ろで手を組んだ。

「本心なんだけどなぁ。それより、せっかく仕事が終わったのにわざわざ呼びつけて悪かったな」


葉月は首を横に振る。

「いえ、おかげでこんな素敵なプレゼントも貰っちゃったし……」


「そりゃ良かった。いいギャラになったみたいで」


テーブルの上に置いていた徹也のスマホが振動を始め、二人して目をやる。


「ああ、ルカからだ。帰ってきてんだな? ん、なになに? 今ユウキと美波と三人でスカイラウンジにいるって?」


「ああ、私もさっきそこにいたんです。スカイラウンジ! 凄いですよねぇ……私、今日は何回、同じこと訊ねたか分かりませんよ! ここって、葬儀場ですよね?って……」


徹也が笑いながら頷く。

「あはは、全く。そうか、葉月ちゃんも飲んでたんだな?」


「いえ、私はノンアルコールのフルーツカクテルをもらったので。そうだ、今から鴻上さんも、皆さんと合流しますか?」


「そうだな……」

徹也はしばし宙を見つめた。

「いや……ここで飲むのはどう?」


「この部屋で、ですか?」


徹也はおもむろに立ち上がって、部屋の隅にある扉をガラッと開けた。


「うわ……」 

葉月は驚いて立ち上がる。 


「この通り! 室内のバーコーナーも充実してるんだ」


葉月はすかさず言った。

「だから! 本当に、ここって葬儀場ですよね?」  


「あはは」


葉月も笑いながらバーコーナーに近づいてその品揃えを眺めた。


あらゆるカクテルが小さなボトルにつめられたもの、そしてあらゆる銘柄のウィスキー、ブランデー、バーボンのミニチュアボトルでその壁面は埋め尽くされ、まるでミニチュアのアート作品のようだった。

左右に模された青色の蛍光ネオンのライトが『Blue Stone』をイメージさせる。


「うわぁ、素敵ですね! えっと……グラスもあるし。じゃあ私、氷取ってきましょうか?」


「そう? じゃあ頼むよ。場所わかる?」


「ええ、エレベーターホールからこちらに曲がった所にある自動販売機がいっぱい並んでる……図書館みたいに」


「あはは、そうそう」


「通って来るときに、氷って表示もあったのが見えたので」


「じゃあ頼んだ」


葉月はすっかり慣れた手順でドアをくぐり、廊下に出た。



昼間は静まり返り閑散とした空間だったその廊下も、誰も通ってはいないが、それぞれの部屋の扉の前を通れば、なんとなく人の気配を感じられる。


すぐに自動販売機がそびえ立つ大きな部屋が見えてきて、立ち並んだ販売機の入り組んだ奥の方にちらりと氷の看板があったなぁと思い出しながら、そのコーナーに入ろうとすると、その寸前に視野の端に人影が見えた。


「リュウジ……さん?」



第147『A witty reward』- 終 -

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