第108話 片付け

 西城家での撮影を終えて、機材の片づけ作業を進めている途中、俺は西城さんの元へと向かい、声を掛けた。


「西城さん、ちょっとこの後、時間取って欲しいんだけど、いいかな? できれば、他のみんなが観光している間に話したい事があるんだけど……」

「えっ? うん、いいけど……藤野さんはいいの?」


 言いながら、西城さんの視線は自然と藤野の方へと向かう。

 藤野は、隣に座っている浜屋と一緒に、何やら話し込んでいる様子だった。

 俺は、西城さんへ向き直り、意味深な言葉を口にする。


「西城さんにも関係のある話で、藤野にも関係のある話なんだ」

「えっ? どういうこと?」

「まあそれは……後で話すよ」


 冗談めかしたようにニコっと笑って、俺は片付け作業に戻る。


 視線を動かす際、チラリと西城さんの母である月子さんの方へとやる。

 月子さんは、キッチンのシンクで洗いものか何かをしながら、顔を上げて視線を真っ直ぐある一点へと向けていた。


 月子さんの視線の先にいるのは、浜屋と談笑している藤野春海の姿。


 見たところ、月子さんは藤野春海の顔を見知っている様子だ。

 居間に入ってきた時に見せた、あの驚愕めいた表情や、今向けている強張った警戒するような視線が、それを物語っている。


 これから再婚するかもしれない相手の娘だというのに、随分と何かに怯えているように見えた。


 撮影機材を車の中へと運び終えて、片づけを終えた一同は、居間で西城さんの母親へお礼の挨拶をする。


「本日は、お忙しい中ありがとうございます」

「いえいえ、こちらそこ、美月の事これからもよろしくお願いします」


 そうして、ぞろぞろと一同が西城家から出て行く中で、俺はくいっと袖を引かれた。

 振り返ると、藤野が困った様子で俺を見つめていたので、俺はふっと軽く微笑んで見せる。


「どこかゆっくり話せるところに行こう。この後撮影班と別れて、時間は取ってあるから」


 撮影班は、この後市内を敢行してから、夕方頃にこっちを出発して、都内へと戻る予定になっている。

 俺と西城さんは、その観光へは同行せずに、帰る際に連絡を取って何処かで拾ってもらうことになっている。


 玄関へ二人で向かうと、皆を先に見送るようにして、西城さんが待っていた。

 俺は、西城さんにふっと微笑みかけた。


「撮影お疲れ様」

「うん、お疲れさま羽山くん……」


 返事を返してくる西城さんの表情は少し困ったように見えた。


「それで、この後私はどうすればいい?」

「どこか、ゆっくり三人で話せるところに行こう」

「うん、わかった。じゃあ、荷物用意してくるね。先に門の前で待ってて」

「わかった」


 言葉を交わし終えて、西城さんは一度居間の方へと戻って行く。

 そのすれ違いざま、西城さんと藤野は一瞬目を会わせて、会釈を交わした。

 これから告げる事実を知ったら、二人の反応はどう変化するのだろうか?

 ついそんなことを想像してしまう。


 靴を履いて外へと出ると、既に外に出ていた浜屋に声を掛けられた。


「あれ? 美月ちゃんは?」

「あっ、えっと。西城さんのこの後俺と一緒に行動するから、みんなは観光楽しんできていいよ」

「えぇ! せっかく美月ちに色々と地元の名所案内してもらおうと思ったのにー」

「申し訳ない」


 残念がる浜屋に、俺が詫びを入れる。


「まっ、仕方ないか! それじゃ、両手に華をもってイチャイチャデート楽しんでー」


 からかうように捨て台詞を言い残して、浜屋は撮影班の人たちと一緒に車の置いてある駐車場へと戻って行った。


「イ、 イチャイチャデートじゃないんだけどなぁ……」


 藤野が、苦笑いを浮かべながら呟いた。

 ホント、その通りである。今からするのは両手に華のイチャイチャデートではなく、一世一代の大博打のネタバラシ及び作戦会議なのだから。

 下手したら、今回の俺の行動によって、三人の人生が変化してしまうほどの重要な話し合い。


 小さくなっていく撮影班たちの影を見送っていると、西城さんが靴を履いて玄関から出てきた。


「お待たせー」

「おう」


 西城さんが俺と藤野の前に来て、しばし沈黙。


「えっと……どうするの?」


 困り果てた様子で藤野が声を上げた。


「とりあえず込み入った話だから、ゆっくり三人で話が出来るところがいいんだけど、この辺でどこかある?」


 俺が尋ねると、藤野と西城さんは人差し指を顎に当てて、少し上の方を向いてシンクロしたように同じ仕草をしながら考える。


「うーん……」

「この辺だと、幹線道路沿いのファミレスとかしかないかなぁ」

「そうですよねー」


 お互いに顔を見合わせて、苦い笑みを浮かべる二人。

 その表情までもが、そっくりのように見えるから不思議だった。


「それじゃあ、そこでいいから、案内してくれ」


 俺が二人に道案内をお願いすると、どちらからとでもなく、三人同時に歩きだして、目的地へと向かって行った。

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