第105話 告白

 津賀と西城さん、時に浜屋たち先輩方も含めて、俺は『ハワイアンズ』のプールで思いっきり楽しんで遊び尽くした。


 ウォータースライダーで滑ったり、ビーチボールで遊んだり、とにかくはしゃいで、これが撮影合宿であることを忘れてしまうほどに楽しんだ。


 西城さんも、今抱えていることなど忘れたように元気いっぱいで、ニコニコと笑いながら、先輩からもらったサプライズの時間を楽しんでいた。


 散々遊び尽くして、そろそろ疲労感を身体に覚え始めてきた頃。

 プールから一度上がって、休憩しようとしたところで、ふと津賀に声を掛けられた。


「やおやお、ちょっといいかな?」

「ん? 何だ?」


 津賀は手招きすると、何も言わずに踵を返して歩き出してしまう。

 いいから、ついて来いということらしい。


 仕方がなく津賀の後を追っていくと、先輩たちや西城さんたちがいる方とは真逆の方にあるビーチパラソルなどが置いてあるエリアへ到着した。


「おい……津賀、どこに行くんだよ」


 俺が少し不安になって声を掛けたところで、ようやく津賀が立ち止まった。

 そこは、ビーチパラソルもなく、西に傾いた夕日が差し込んで、オレンジ色に幻想的な風景を演出している場所で、プールサイドでもあまり人気のない場所だった。


 津賀は俺の方を振り返り、ニコっとした笑みを浮かべる。


「この前確かめてって言ったこと、ちゃんと聞いた?」

「確かめてって言われたこと?」


 なんのことか分からず、俺は首を傾げてあまたの上にはてなマークを浮かべる。


「美月ちのことだよ。撮影の時、様子可笑しかったじゃん」

「あぁ……」


 そう言えば、津賀から聞き出しておけって言われてたっけ。

 西城さんが俺にしか多分話さないと思うからとかどうとか言って、俺に頼んでいたような気がする。


「まあ、聞いたけど……」


 だが、西城さんから聞いた家庭内の話を、俺が津賀に軽々しく話していいような内容でないことは、俺だって察しが付く。


 言い淀んでいると、何か察してくれたのか、津賀はそっと手で制した。


「別に言わなくていいよ。多分、私が知ったところで何かしてあげられる事情じゃなさそうだし」

「悪い……助かる」


 俺が感謝の意を述べると、津賀はどこか納得したような表情で呟いた。


「そっか、やおやおにはやっぱり教えられるんだね……」


 津賀は呟きながら腕を後ろに組み、沈んでいく夕日の光を眺め、どこか遠くの方を見る。


 そんな津賀の立ち姿が、とても絵になっていて、俺は思わず見惚れてしまう。


 すると、津賀がチラっとこちらの様子を窺ってから俺の方に向き直る。

 そして、陽の光を浴びた光り輝くような顔で、口を開いた。


「あのさ……やおやお」

「なんだ?」


 津賀の表情はどこか優しさもあり、真剣さもある。いつもと違う雰囲気を感じた。


 中学時代、放課後の夕日が差し込む教室で二人で向かい合っている、そんな感覚に陥る。


 そんな雰囲気を感じながら、俺が一つ息を呑むと、津賀は自らの胸に手を当てて、顔を上げて俺を真っ直ぐに見つめた。


「私、やおやおのこと、好きだよ」


 津賀の口から初めて発された、俺への気持ち。嘘偽りなどなく、純粋な心の底から出た言葉。


 俺たちはずっと、今までお互いの気持ちを言わずに、この微妙な距離感の関係性を続けてきた。友達としてなのか、それともまた別のなにかとしてなのか、踏み込んでしまえば、何かが変わってしまうと分かっていたから今まで踏み込まなかった感情に、今津賀は踏み込んだのだ。


 津賀は、中学の頃からずっと続いてきた俺達の関係性を、終わらせようとしていた。

 そして今、その心に思っている本心を告げた。

 何故この今のタイミングなのか、言われずとも、何となく察しはつく。


 だから、俺は津賀の気持ちに応えるためにも、本心を口にしなければならない。


「俺も、津賀のことが好きだった。中学の入学式の日から、ずっとお前のことが好きだった」

「うん」

「クラスでも仲良くなって、このまま付き合えたらいいのになってずっと思ってた。でも、津賀は菊田と付き合っちゃって……てっきり、俺には眼中にないんだなって、あの時は思った。それからはずっと、仲のいい友達として接してた。大学で再会してからも、津賀は今までと変わらずに接してくれてて、俺は正直嬉しかったんだ。この付かず離れず見たいな関係性を保ってこれたことに、どこか安らぎを覚えて、居心地の良さを覚えて、安心してた」


 でも、今思っていることを……きちんと伝えなければならない。


「だけど……俺は津賀と付き合うことは出来ない。他に、大切な人がいるから」


 はっきりと口にして、俺が頭を下げると、津賀はふふっとなぜか笑う。


「そんな真面目に答えなくてもよかったのに。でも、答えてくれてありがと。これで私も、やっと前に進めると思う」

「ごめん……」

「謝らないでって! 私は湿っぽくしたいわけじゃないんだから! でも……」


 俺が顔を上げると、夕陽の光に照らされて、津賀の目元が光り輝いているように見えた。けれども、彼女は元気いっぱい、輝いた笑顔で笑った。


「今までたくさんの思い出を、ありがとう」


 十月の三連休、文化祭に向けた撮影合宿でのひととき。

 俺は津賀愛奈から告白されて、断った。

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