『86』


「れおんちゃんのバカちん!」


「さくらちゃんのう○こ!」


「う○こって言うのやめて! このう○ち!」


 ミニマムな二人が睨み合い火花を散らす中、オーディエンスと化した仲間達は息を呑んだ。

 そして戦いはケルヴェロスの遠吠えを合図に始まってしまうのだった。



 ほぼ同時に地を蹴った魔王と勇者の得物が正面からぶつかり弾き合うと二人の片足が浮いた。戦闘経験豊富なレオンは必死に踏ん張り、そのままハンマーを横向きに振った。

 一方、サクラの細い脚では踏ん張りが効かず体勢を維持出来ない。ハンマーが迫る中、持っていた可愛らしい剣でソレを何とか弾き返し、その衝撃で後方へ押し返される。


 勇者サクラは頬を膨らませ怒りを露わにした。


「さくらちゃんじゃ、わたしに勝てないよ! わたしの方が体育の点数いいんだから!」


「む……体力バカのれおんちゃんと違って、桜は頭がいいんだもん! この前の算数の点数、知ってるんだからね! 62点!」


「えぇ〜っ、誰にも言ってないのに!?」


「すきやきーー!!」


 サクラは戸惑うレオンの頭上に待機させていた筆箱ミサイルを雨のように降らせた。完全に隙をつかれた体力バカはまともにミサイルを頭から喰らい、ご自慢のお団子が解けてしまう。

 髪が肩の辺りまで垂れたレオンは顔を真っ赤にして激おこ状態に。


 シルクは居てもたってもおれず、思わず小声でツッコミを入れた。「隙あり、ですよサクラちゃん」と。


 レオンは恥ずかしさのあまり半泣きになるが、意地を張り腰に手を当てる。


「い、痛くないもん!」


「桜だって、まだ本気じゃないんだからね? 先生のお嫁さんになるんだから、邪魔しないで!」


 サクラは間髪入れず追撃に出た。


 サクラのめちゃくちゃな剣捌きがレオンを無駄に翻弄する。数回クリティカルを喰らったレオンの頭に三段のお団子が完成した。


 もはや笑いを堪えるのに必死な皆は、痛そうだなと表情を歪めた。


 レオンは反撃とばかりにハンマーでサクラを地面に叩きつける。すると、サクラの教科書が発光しレオンを後方から粒子砲で撃つ。


「うわわっ!?」


 背中に直撃を喰らった魔王少女は衝撃で両膝をついたが、そのまま倒れているサクラを掴むと翼を広げ跳躍、数メートル上がった位置から真下へ投げ付けた。サクラの小さな身体が地面で跳ねる。

 そんな勇者が立ち上がる前に魔王の追撃が襲いかかる。


「クマデビル! 増し増しーー!!」


『ヨッシャ!!』


 空中でクマデビル群を呼び出したレオン。

 呼び出されたクマデビルは容赦無く勇者サクラに向かっていくが、次の瞬間、


「キモいキモい! 来るなぁぁっ!! プリチービーム!!」


 サクラのサークレットが光り、倒れながらもプリチーポージングを決めたサクラの全身からキラキラピンクなレーザーが撃ち出され、


『『『ギャーーーッ!!!!』』』


 クマデビル群の断末魔ハーモニーが鳴り響いた。


『久々ノ出番ガ……無念!』ちーん……


「クマデビルがぁっ!? ひ、ひ、ひどいよさくらちゃん! 許さない! クマデビルかあいいし! キモくないし!」


 レオンの後方で浮いていた赤い教科書が激しく光り出しページがめくれていく。

 レオンが片手をあげると、巨大な火の玉が鍛錬場から見える空を埋め尽くす。


「レオン!? そ、それはやり過ぎです!」


 シルクはその技を知っている。レオンが初陣で信号機ブラザーズに放った大技だ。あんなものを友達に喰らわせてしまうと、それこそ後戻りは出来なくなってしまう。

 しかし、レオンはシルクの声を聞かず、


「こんのぉぉぉぉっ、さくらちゃんのばかぁ!!」


「きゃっ!!」



 ——ドンガラガッシャーーーーン!!



「きゃぁぁっ!!」


 勇者サクラは直撃を受け見事に弾かれダウン。レオンは地面に降り立ち、良い感じに丸こげとなり仰向けに倒れた勇者を視界に捉える。


「っ……!? さ、さくらちゃん!? わたし、あ……そんな……つもり、じゃ」


 その場の全員が、勝利を確信した。しかし、その後味は決して良いものではなかった。

 皆が沈黙する中、レオンの変身時間が終わり通常モードに移行した。倒れたサクラも私服に戻り、勝負は決したかに見えたが、その時、大山が倒れた桜に言葉を投げた。


「井上さん、残念だ。これじゃ先生と結婚なんて出来ないよ。先生は弱い勇者は嫌いだからね」


「せっ、んせ……うっ……嫌い……うっ」


「……ほら、使いなさい」


「……え?」


「遊ばれても困る。そこにいる魔王を殺すのが井上さんの役目だろ? 全魔王を殺してからが始まりなんだから、そんな子供の魔王に手間取ってちゃいけないだろう?

 さっさと使いなさい、防犯ブザーを」


「ぼうはん、ぶざぁ……はぁ、はぁ……っこれで……」


 サクラは防犯ブザーに指をかける。その指は震えている。


「れおんちゃんを……こ、ころ、す……ちがう、そこにいるのは偽物、にせものだから、


 ……コロシチャッテイインダ!!!!」



 桜は防犯ブザーの紐を引いた。すると、桜の身体が金色こんじきに輝き、再びJS勇者に変身した。装飾は更に可愛く豪華に、纏うオーラは金色に、まさに伝説の勇者のような変身を遂げたのだ。


「さくらちゃ……っ」


 麗音が全てを言い切る前に勇者サクラは動いた。一瞬、まさに瞬間で麗音の懐に入ったサクラは両手で麗音の小さな身体を跳ね飛ばした。

 通常状態の麗音の身体はその衝撃に耐えられず吹き飛び後方の壁に激突し、ズルリと地面に膝をついた。


「の、のじゃ!? 今のはヤバいのじゃ!」


 スフレが助けに入ろうとすると、


「プリチービーム!!」


「のじゃらっ!?」


 サクラの纏うオーラの中で舞う、桜の花びらから放たれたビームがそれを制した。無数に存在する花びら全てが自動索敵能力を持ち、範囲内の敵を攻撃する仕組みだ。


「こ、これじゃ近付けない……レオン!」


 サイの声に麗音は反応し、何とか立ち上がろうと壁にすがる。脚が震えている。生身でダメージを受けたのが、かなり効いているのだ。


「くっ……さく、らちゃん……もう、やめよ……お願い……」


「ふん、偽物! こんがり焼いておいて、自分が負けそうなったら謝るの? そんなの、ズルい!」


「ち、ちがうっ……さくらちゃん……やっぱりこんなのおかしいよっ……友達なのに、こんなの絶対おかしいよ!」


「うるさいうるさいうるさい! 偽物め、れおんちゃんを返せ! 返せ! 返せっ! お前がいるからっ、本物のれおんちゃんが目を覚ましてくれないって、先生言ってたもん! 桜にしか悪者を倒せないって、先生が言ってるんだもん! れおんちゃんのママ、ずっと泣いてるんだから!」


 勇者サクラがミサイルを乱射しながら声を荒げる。避ける事も出来ずに全てを喰らった生身の麗音は傷だらけで膝をつき、大きな瞳に涙を浮かべる。

 これには周りも黙ってられない。すぐに加勢しようと魔力を解放するが、麗音はそれを制した。


「み、んな……やめて……ともだち、なの……さくらちゃんは皆んなとおなじ、大切なともだち……だから、攻撃しな、いで……」


「レオン……」


 シルクが表情を歪めたが、相手も麗音の友達と聞かされては手が出せない。そんな中、ふらりと立ち上がった麗音は、一歩ずつ、勇者サクラの元へ歩を進める。


「こ、来ないでよっ! ほんとにぶっ飛ばしちゃうよ!?」


 サクラは一歩、後退る。

 麗音はその声を聞く事なく、真っ直ぐ、ふらつきながら前へ進んだ。口はへの字に結び、頬は真っ赤に染め、瞳を波打たせながら前へ進んだ。


 勇者サクラは縦笛を取り出し、それを可愛らしい剣ではなく、麗音お得意の巨大ハンマーの形に変える。色は勿論ピンク色だ。


 サクラはそのハンマーをグッと握り力を込める。それでも止まらず前に進んでくる麗音に怯みながらもハンマーを振りかぶり、打ち上げるように振り抜いた。当然、直撃。


「あゔっ!」


 麗音の小さな身体は見事にぶっ飛び帆を描きながら地面に落下した。

 サクラの腕力がそこまで高くなかったのもあり星にはならずに済んだが、今の一撃で麗音の体力は底をついたかに見えた。

 しかし、


「ま……だ……」


 ボロボロになりながらも立ち上がる麗音。その姿を見たサクラは更に後ろへ下がる。ハンマーを握る手の力が強くなる。


 大山は手こずるサクラに苛立ちをおぼえ眉間に皺を寄せた。


 麗音は願った。

 サクラが桜に戻ってくれる事を。

 仲良しだった、さくらちゃんに戻ってくれる事を。


(……どうすれば……いいの……?)


 麗音は涙を零し、歯を喰いしばる。


(ねぇ、わたしはどうすれば…………)





 ——麗音? 貴女の最大の武器は何?




(っ……マ、ママ? ど、どこにいるの?)




 ——貴女の、いいところ、それは何?




(い、いつも……えがお……そう、笑顔……)




 ——そう、なら、ケンカの後は?



(……なかなおりっ……!)




 麗音は我に返り目を見開いた。零れ落ちてくる涙を拭った。大きく深呼吸をした。

 そして、



「さくらちゃんっ! わたし、さくらちゃんのこと、本当に大切で、大好きだよ!」


「……あっ……」


「だからね、なかなおりしよ!」



 麗音はこれまでにないくらいの眩しい笑顔を勇者サクラに炸裂させた。

 サクラは思わずハンマーを落とし、その場にへたり込むと目も眩むような笑顔を見上げ涙を流した。


「ほんとの、れおん、ちゃん……なの?」


「そうだよっ! さくらちゃんっ!」


「うっ……れお、ん、ちゃっ……」


 変身が解除され私服に戻った桜がその場で気を失ってしまう。麗音は慌てて桜を受け止め大事なぬいぐるみを抱くように、優しく、そして強く抱きしめた。そんな麗音の小さな胸の中で、やがて桜が小さな寝息を立てる。


 それを見た仲間達は一斉に麗音の元へ走る。その隙にグレンは王を救出し、ついでに捕らえていた勇者二人をぶちのめした。


 すると、極めて不快な笑い声を上げた大山照男が白い歯を剥き出しにしながらステータスウィンドウを開いた。


「クソがクソがクソがクソがクソが! 笑顔に負けたぁ〜!? ふざけるなっ! この役立たずのガキがっ! 消えろ……消えちまえ! そうだ、せめて消えて詫びろ!」


 大山は桜の管理画面を開き、躊躇う事なく削除を行った。しかし、


「無駄だよ、君はもう、管理者ではないからね」


 そこに現れたのは紺色のハットを深く被ったスーツの男、麗路だった。麗路は衰弱した女神を抱き上げたまま大山を睨み付ける。

 大山はまるで幽霊でも見たかのような反応で目を見開き、消え行くステータスウィンドウに発狂した。


 救出された事で力を取り戻した女神が大山からチート能力を奪った訳だ。どうやら、繋がれていた鎖に力を抑制する効果があったようだ。


「ちっくしょぉぉっ、どいつもこいつもっ、邪魔ばかりしやがってクソがっ!」


 激昂した大山は女神を抱く麗路に殴りかかろうとするも、隣にいたロザリニャの猫パンチをもろに顔面で喰らい悶絶。鼻から真っ赤な血を噴出した。


「お前、クッソダサい奴だにゃ」


「ロザリニャ〜、格好良いにゃん!」


 マチルニャが嬉しそうにロザリニャへ飛び付く。その後ろで女神を地に降ろした麗路はネクタイを緩め指を鳴らし、悶絶中の大山の前に立った。


「仮にも、先生である君が黒幕だったなんてね。いつからこの世は、こんなに何も信じられない世界になったのか……」


 ——打撃音ボゴッ


「娘が世話になった、これはその礼だ」



 強烈なストレート。

 大山の白い歯が赤い血を散らしながら宙を舞った。



 こうして戦いの幕は降りたのだった。




 しかし、大山を麗音の前で殺す訳にもいかない。

 女神は苦渋の判断で世界からの追放、すなわち、現実世界への強制送還を選んだ。

 勿論、何の力もない、一人の人間としてだ。これは神の最後の慈悲だろう。


 一足先に桜も元の世界に戻ってしまった。元々無理矢理連れて来た桜だ。早く現実世界に返してやらないと取り返しがつかなくなる。



 城から眺める綺麗な夜空、


 雲一つない、星空、



 そして、別れの時が来る。





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