『80』
遂に開戦したサンドライト荒野でのレジスタンスと勇者協会の全面戦争は、正に討ちつ討たれつの死戦となっていた。一度大敗を味わい新たに勇者の増員、育成を完了した勇者協会は数では劣っているものの、一個人の強さで魔物達と対等、いや、それ以上の強さを見せつけている。
しかし、レジスタンスが遅れをとる中、電光石火の如く荒野を走り抜け、勇者達をことごとく斬り裂いていく影が一つ。
無双。
正にその言葉がピッタリな戦いっぷりには無駄がなく、迅速、かつ確実に勇者達を無力化していく。
「くそっ、クリムゾンだ! 囲んで仕留めろ!」
「甘いにゃ!」
クリムゾンキャット。
その異名の通り返り血を浴びて真っ赤に染まった猫耳少女は俊敏な動きには不向きな豊満な胸をこれでもかと揺らしながら踊る様に勇者を仕留めていく。
「ちぃ、しかしこの俺のチート能力、俊足を使えば!」
「遅いにゃ!」
チート能力も威力はピンキリだ。チートと言われているだけで、実際は少しばかり協力なエキストラスキルがいいところだ。
中には当たりチートを持つ勇者もいるが、大抵の勇者はその類であり、
「肉球スタンプ、にゃぁっ!!」
その俊足よりも更に速い彼女は瞬時に勇者の懐に入り掌底打ちを炸裂させる。たまらず吹き飛び地面を舐めた勇者が何かを思う前に、その息の根は止まった。それもまた一瞬の出来事で、先程までついていた首が身体と分離しては無残に転がった。
(コイツらは……皆んなの仇にゃ……誰一人として許さにゃい……!)
「ロザリニャさん! ここは我々が! ロザリニャさんは敵の本陣へ!」
仲間が叫ぶ。その声にロザリニャは「おっけい、死ぬにゃよ!」とだけ残し進軍する。
先へ進むに連れてチート持ち勇者の質も上がりはじめ、ホワイトビーチで出会した行動封じ等の厄介なスキルも見え始める。
こうなると一撃当たるだけで命取りになりかねない。つまりは、流石のロザリニャでも慎重に行動をせざるを得ない訳だ。
無限に矢を放てる者や、分身を使う者、更には変身能力のある者まで様々な敵がひしめいている。
そんな強者達を蹴散らした先でロザリニャを待ち受けていたのは、
「ぐっひひ、子猫ちゃんが迷い込んだぁ〜」
大将ゴーストの次に厄介な存在、勇者協会の幹部クラス『鉄壁』だ。
その異名の通り、屈強な身体の彼にはダメージが入らないのだ。つまり、無敵。
これぞ、チートスキルである。
「お前……鉄壁だにゃ……?」
「ご名答〜、ぐひ、そういう子猫ちゃんはクリムゾンキャットだなぁ〜」
「その名前は嫌いにゃ……まぁ、お前の血もたっぷりと浴びてやるから覚悟しろにゃ?」
とはいえ、ロザリニャ自身も鉄壁とは何度もやり合っていて、そのチートの厄介さも知り得ている。
しかし、
「それでも……お前達は許せにゃいから! んにゃぁっ!!」
ロザリニャは目にも留まらぬ速さで鉄壁の懐に入ると、その瞬間そこに残像を残し奴の後方へ回る。華麗な跳躍で背後へ回った猫耳少女は空中で逆さまになった状態で鉄壁の首元に爪を立てた。
「お前達に無惨に殺された仲間の為にっ負けられにゃいにゃーー!!」
確かな手ごたえ、しかし、爪は皮膚をなぞるだけでその身を抉る事は出来なかった。すると、ゆっくりと振り返った鉄壁が片腕を振りかぶった。
ロザリニャはソレが振り下ろされるより速く奴の腹部へ掌底を打ち込む。直撃。しかし、
「知ってるか〜? 勇者になった者はよ、どんな怪我をしてもHPがゼロにならなけりゃ死なないんだぜ〜、ぐふ、ぐひひっ、つまり、ダメージが通らない俺は死なないって事だよ」
振りかぶった拳に力を込める。そして、
「それがチートだぁっ!!」
ロザリニャの身体を巨大な拳が打ち抜いた。細い身体は意図せず宙を浮き、内臓が圧迫された事で嘔吐、やがて地面に膝をついたロザリニャは金色の瞳で鉄壁を睨みあげる。
「あの方がご立腹なんだよ〜、そろそろ南を終わらせないとね、俺達が酷い目に遭う。だから〜、子猫ちゃんは〜ここで死ね」
再び振り上げられた拳を見上げるも、身動きが取れないロザリニャは目を閉じ死を覚悟した。結局、本物のチートを持つ勇者には歯が立たなかった。
ダメージが通らないのだから倒せる訳がない。そんなバケモノの他に、攻撃が当たらない男まで存在する勇者協会に対して、レジスタンスの勝ち目などそもそも無かったのかも知れない。
その時だ。振り上げられた丸太のような剛腕に飛びかかり爪を立てる少女が現れる。
ロザリニャの妹、マチルニャだ。しかし、彼女は後方支援に回していた筈だ。そんな彼女が最前線に突撃してきた理由は一つ、
「や、やめろにゃんっ! これ以上家族を死なせるにゃんてマチルニャが許さにゃいから!」
しかし、そんな猫パンチが通用する訳もなく、呆気なく振り倒されたマチルニャは激しく尻もちをついた。同時に金色のツインテールが跳ねる。
鉄壁はそのツインテールを乱暴に掴みマチルニャを持ち上げると放心状態のロザリニャに見えるように振り返る。
「……や……め、ろにゃ……」
絞り出した声が聞こえたのか、鉄壁は不適に笑って見せては次の瞬間マチルニャの細い腕を砕いて見せた。当然、悲鳴が上がる。
骨の砕ける音がロザリニャの猫耳に流れ込む。
無様に空気を蹴る両脚。壊れた人形のようにぶら下がる左腕、残された右手で抵抗する少女は痛みに絶叫しながら鉄壁の胸板を叩いた。
その右腕を折る。パキッと軽快な音が乾いた空気に小さく響いた。
今度は声も出ない。身体は痙攣し、武器である両腕は壊れ、先程まで元気だった脚はブラリと揺れる。
「ぐっひひ〜、子猫ちゃんの腕を折るのは容易いな〜、パキッ、だってさ、ぐふふ。そうだ、いい事教えてやるよ〜、お前達の故郷を襲った部隊は俺の部隊だ〜、その時に殺した猫の中に金髪で金の瞳をした綺麗な猫がいたな〜?」
「……あゔっ、お母……さ……?」
「どうしたと思う? コイツと同じように腕を潰して、その後は脚も潰した。そして低級勇者の前に放り投げてやったんだ〜、すると、どうなったと思う〜? ぐひひひ、思い出しただけで興奮するぜ〜、あの顔は忘れられないわ〜!」
鉄壁はマチルニャを地面に叩きつけ、脚を潰す為、もう一度、拳を振りかぶった。
——
一方、ご主人ことオッサンは逆サイドから勇者を切り崩しながら最前線へと突っ切っていく。
武器は持たず、肉弾戦と魔法攻撃を駆使した戦闘スタイルで雑魚を大方片付けた彼の前に、勇者協会幹部、ゴーストが立ちはだかる。
「やはりお前か。
黒いフード付きのローブの男、ゴースト。
ありとあらゆるすべての攻撃を回避する事が出来るチート能力、【絶対回避】を持つ勇者協会の最強幹部。近接攻撃を得意とするが、遠距離からの魔法攻撃も申し分なく隙のないスタイルだ。
「君にはそろそろ退場願いたいのだが。オッサンの用があるのは、君達の親玉だけだからね。そして本当のところ、勇者なんぞに興味はないのさ、オッサンの目的はただ一つだからね」
「あの方か。あの方は表には出て来ないさ。何故なら、臆病者だからね。今もこうして駒を使ってしか行動しない。正直、感謝はしても尊敬など出来ないな。しかし、あの方の言う向こう側への扉には興味がある……それを見る為に敢えて駒になるのも一興だろう?」
「……向こう側、だと? 魔王を全て倒し世界の均衡を破壊……そんな事を……ま、まさか、女神を!? そうか……そういう事か……」
「知らんよ女神なんぞ。で、どうする気だ? 攻撃の当たらない相手に君のチートは無価値だろう? 完全なミスマッチだと思うが?」
「君を相手にしてミスマッチにならない者なんていないだろう?」
彼は瞬時に地を蹴りゴーストに鋭いストレートをお見舞いする。ゴーストはいとも簡単にそれを躱し距離を取ると両手から闇属性の魔法攻撃を放つ。鋭い矢のようなソレが地面を抉る中、人間離れした速度で踊るように躱すオッサン。
「だが、君からしてもこのオッサンは戦い辛いだろたう? 君は遠距離攻撃があまり得意ではないからね! もし、オッサンに触れようものなら、その時は、君の終わる時だ!」
執拗に距離を詰めていくオッサンと距離を取り直接触れようとしないゴーストの攻防は一進一退の極みに達しつつある。
確かに、これでは長年勝負もつかない訳だ。
「うおおぉぉっ!!」
「当たらぬよ、何度やってもな!」
無数の闇弾頭を空中から放ったゴーストに対し、降り注ぐソレを打ち消しながら進むオッサン。
「これでは話にならないね!」
「そろそろ黙れよ、老人がぁっ!!」
「オッサンはね、まだ死ねないのさ! 君の方こそ、お引き取り願おうか!」
——
その頃、
サンドライト荒野の外れ、そこで空を駆けていたケルヴェロスと白銀の飛竜が顔を合わせ、プルプルと震えていた。
「レーヌ!!」
「はわわわ、レ、レオンさぁ〜ん!!」
セイレーヌを連れてレジスタンスの戦いに参加しようとしていたグレンと、麗音達を乗せたケルヴェロスが行く道中でバッタリ鉢合わせになった訳だ。
セイレーヌは嬉しさのあまり空中でケルヴェロスの獣車に飛び移り皆んなに揉みくちゃにされた。
グレンは口元を緩め胸を撫で下ろした。
「君が、東の魔王か」
『我はケルヴェロスだ。魔王は後ろに乗ってるお団子頭のレオンだ』
「な、なんと……」
お互いの経緯を説明し合い目的も同じと知った一行は開戦中のサンドライト荒野を見据える。
見えたのは鉄壁に敗北寸前の猫姉妹、そして、激しい攻防を繰り広げるハットにスーツ姿の男と、ゴーストの姿だった。
「ロザリニャ達が危ないですっ! レオン、わたくし、あちらへ加勢して来ます! レオンはあの忌まわしき黒フードを!」
シルクが人魂を燃やす。それに賛同したのはスフレとリリアル、ケルヴェロスだ。
麗音とセイレーヌはシリウスに飛び乗りグレンと共にゴーストの元へ向かう事に決まった。シリウスは更に一人増えた事で半ギレ状態だが、何とかグレンが宥める事に成功する。
セイレーヌはシリウスの背中で両手を胸に当て、最大魔力を込めた魔歌を歌い出す。
麗音をはじめとする仲間全てに強烈なステータスアップが付与され、更に
それにより勇者協会でまともに動けるのは鉄壁とゴーストのみとなる。
『
ケルヴェロスは全速力で駆け抜けると、拳を振り上げ、今にも振り下ろさんとする巨漢にそのまま体当たりをぶちかました。
たまらず数メートル吹き飛ばされた鉄壁の隙をついてロザリニャとマチルニャを獣車に回収しケルヴェロスは空中へ。
スフレは赤い風を纏い、シルクは鉄壁の周囲に人魂を大量に配置、リリアルも力を解放し白蛇達をうねらせる。
「ぐひ、なんだお前ら……死にたいのか〜?」
一方で麗音は、
「とうっ!」
「えっ!?」
シリウスの背中から飛び降り縦笛を空に掲げては回転させ、小さな身体を光で包み込んだ。
「クマデビル! 空飛ぶ魔王少女でいくよ!」
『ヨッシャァ!! 魔王少女flying editionダゼーーー!!!!』
ランドセルが形を変え真っ赤な翼を形成、黒いワンピースの上に小さな黒いマント、手に持った縦笛は巨大なピコピコハンマーに。
教科書や筆箱、消しゴムは真っ赤な瘴気と共に魔王少女レオンを取り巻くように浮いている。
「いっけぇぇーー!!」
変身完了のレオンは一目散にゴーストへ突撃する。しかし攻撃の当たらないゴーストはいつの間にか後方へ回避、レオンはそのまま地面にめり込みながらハットをかぶった髭男の前まで滑る。
「えへへ……失敗しっぱい……」
レオンはピョンと立ち上がり彼を見上げると、笑顔で挨拶をした。
「わたし、陽向麗音! 魔王だよ! 一緒にあの人を倒そうっ!」
「……ひなた……れおん、? き、君が……東の……魔王のっ……?」
彼は口元に手を当て、心底驚いた表情で麗音を真っ直ぐに見据えた。
「おじさんがロザリニャの言ってたご主人? あ、でも、今はあの人を倒さないと! 話はあとだね、一緒に戦おう、おじさんっ!」
真っ直ぐ向けられる笑顔が眩し過ぎて、彼は一瞬眼を逸らした。
「……あ、あぁ、そうだね! 積もる話は、コイツを倒してからにしようか!」
こうして、
【勇者協会幹部ナンバーワンのゴースト】対、【魔王少女レオン&おじさん+白銀の竜騎士&歌姫セイレーヌ】の決戦が始まった。
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