『72』
遠くから近付いて来るのは三人編成の勇者パーティーだ。男が三人、嫌な奴等を思い出す最悪の編成。
髭を生やした大男は大盾を、細長くヌゥッとした風貌の男は鉄製のボーガン、背の低い小太りな男は杖と魔導書らしきものをそれぞれ装備している。
盾で攻撃を防ぎながら、後方からチクチクと嬲り殺しにするスタイルだ。
「見るからに悪そうな顔だね……」
麗音は小声で顔面を評価する。しかし、ここは無駄な争いを避けたいところだ。彼等が去るのを息を潜めて待つ事にした。
そんな時だ。ボーガン男が前方を指差して声をあげる。それと同時に男達は戦闘モードに入った。
すると、男達の周囲に魔獣が現れ、瞬く間に取り囲んでしまった。
「あ、あの魔獣達……」
角の特徴や、何処かキモめな表情を見間違える訳はない。あの魔獣達はシルクを舐め回したエロ魔獣達だ。しかし、エロ魔獣達は残念そうに項垂れた。
相手が男でしかも汚らしいからだろうか?
それはさておき、勇者達は嬉々として狩りを開始した。魔獣達も縄張りを荒らされたとなれば黙ってないのは当然だ。
ジリジリと距離を詰め、次の瞬間、一斉に大盾使いに飛びかかった。
恐らくヘイト値が高いか、挑発スキルを所持しているのだろう。魔獣達の攻撃は大盾使いに集中していて決定打にならない。
その隙をついて後方から安全に矢と魔法を放つ姑息な攻撃で魔獣達が一網打尽にされていく。
そして遂には一箇所に追い詰められ、トドメの一撃を待つだけとなった。
大盾使いが盾を地面に置いて腰から剣を取り出し、それを振りかぶった時だった。
「や、やめてくださいっ!! この子達はもう戦えませんっ! 何も殺す事はっ……」
気付けば身体が勝手に動いてしまっていた。そう、飛び出したのはシルクだった。短く切った髪とメイドスカートが風でフワリと靡いた。
「んだぁお前? ん? 魔物じゃねぇか〜?」
「ま、魔物ですが何か!? わ、わたくしは
「おい聞いたか〜? これがゴーストだってよ! ギャハハ!」
男達はシルクを指差しゲラゲラと不快な高笑いをあげる。そして、躊躇なくシルクを蹴り飛ばした。
不意打ちに反応出来ず吹き飛んだシルクは、魔獣達に頭をぶつけた。魔獣達はそんなシルクを数回舌で舐めると哀しそうに喉を鳴らした。
「シルク! も〜、アンタ達サイテーだね!」
「でっしゃらっしゅぁー!!」
遅れて飛び出した魔王レオンとメデューサリリアルが尻餅をついたシルクの前に立つ。
しかし男達は腹を抱えて笑っては、更にシルクを馬鹿にした。
「ゴーストって、くはははっ! よりにもよってあの『ゴースト』を語るとはな〜、なぁ嬢ちゃんよ〜、ゴーストってんなら、何かそれらしい事してみろっての!」
「おい、この女共、取っ捕まえて奴隷市に売り飛ばそうぜ? 見ろ、メデューサもいるしよ。メデューサは高く売れるらしいぜ? 何てったって感度がめちゃくちゃいいとか。この歳から調教したらいい品物になるぜ?」
「安心しろや、おれたちゃ幼女趣味はねーからよ! 売り飛ばされた先での保証は出来ねーがな! ギャーッハッハッハッ!」
極めてウザい。
堪忍袋の尾が切れた麗音は縦笛を取り出し巨大ピコピコハンマーを形成した。しかし、
「レオン! ここはわたくし達が!」
シルクが立ち上がり麗音の前に出る。するとリリアルもその横に立ち腰に両手を当てて激しく「でしゅ」った。
「ここまでコケにされて……黙ってられる程、わたくしは弱くありませんからっ……それに、わたくし自身に戦闘能力がなくとも、使い方次第でサポートは出来るんです! リリアル、貴女の力をかしてください! ゴニョゴニョ」
シルクに耳打ちされ、頭の白蛇で返事をしたリリアルは力を解放しメデューサ本来の姿に。二本しかなかった蛇の頭は無数の群れとなり男達を睨み付けた。
「でっしゅー!」
リリアルが攻撃態勢に入ると白蛇達が一斉に男達へ迫る。しかし、瞬時に大盾使いがそれをガードし弾き飛ばす。
諦めずに何度も攻撃を仕掛けるが、白蛇の攻撃が全て盾に吸い込まれてしまう。
やはり、あの盾の男は厄介なスキルを持っているようだ。単体攻撃は全て吸われる仕組みか。
「ガッハッハ! 無駄な事を!」
「やはり単体攻撃では吸われますね……では、これならどうですか?」
シルクは無数の人魂を展開し、男達を完全に取り囲む。巨大な人魂の檻に閉じ込められた男達は目を丸くしてキョロキョロと視線を巡らせた。
その間にシルクがもう一つ人魂を呼び出し、リリアルの前に配置した。
「リリアル、その人魂に白蛇達をぶち込んじゃって下さい! この人魂はあの檻になった人魂一つ一つにランダムで転送されます! 全方位からの範囲攻撃は流石に避けられません!」
「おぉ〜、いくでしゅーー!」
リリアルは白蛇達をまとめて目の前の人魂に打ち込んだ。すると、
——なんという事でしょう!
男達の周囲に展開された全ての人魂から、無数の白蛇達がお顔を出したではありませんか!
全方位鞭打ちマシーンの完成です!
その後は檻の中で白蛇無双が始まり、フルボッコにされた男達は全身をパンパンに腫らして、最後には白蛇に巻き付かれ拘束された。
「やったでしゅ!」
「きゃー、リリアルのおかげですね! さ、反省したなら大人しく帰る事ですね!」
シルクは拘束を解き、男達を見下すように嘲笑した後、怪我をした魔獣の方へ振り返った。
しかしその瞬間、
「バーカめ! 死ねぇぇっ!」
男の一人がシルクの背後から斬りかかる。そして、
「ぶぎゃらすっ!?」
そして、星になった。
見ていた残りの二人は大口を開けて星を見送っている。
「ほんっと、いい加減にしなよ! なんで皆んなそうなの! もう許さないからね〜、フールー!」
「「ちょ、待っ……!?」」
「スーーイーーング!!!! 帰ったら皆んなに言うんだね! 魔王レオンが皆んなお仕置きしてやるからってぇぇーーーーーー!!!!」
「「ブブァファボべ!!!!」」
容赦無く振り抜かれた巨大なピコピコハンマーが新たな星座を作った事で戦いは終わった。
「わたし達は二度と負けないんだから! べーーーっだ!」
——
【???】
「動き出したか。なら、こちらも動くとしようかな……世界を繋ぐ前に、面白い余興が楽しめそうだよ、ね、君もそう思うだろう?」
男の声が問いかける。
その問いに対するは少女の声。
「貴方の趣味を疑います」
「何とでも言いなよ、僕が面白けりゃそれでいいんだから。いや、でもね、実際僕も驚いているんだよ? 自分の中にこんな人格があるなんてさ!」
「魔がさした、と?」
「人間、力を得ると変わってしまうもんさ。現に勇者協会の連中も好き放題しているだろう? 力はヒトを狂わせるんだよ。僕も例外じゃないさ。それを見ているのは楽しくてたまらん」
「東の魔王は……どうするつもり?」
「計画の邪魔だし、仕方ないけど殺してしまうか。こちら側で殺しても向こう側では突然死で、はいお終い、だから何てことはない。
これから向こう側の時間を動かす事にするよ。向こう側にいる僕に少し働いてもらわないとね」
「貴方が作り出した分身、ですか…」
「東の魔王にピッタリなライバルを呼び出そうと思ってさ」
男は眼前にウィンドウを開き映像を映し出した。そこには麗音と、
————————の、姿が映しだされた。
「ほんと、酷過ぎる……軽蔑します」
少女は眉をしかめる。
「どの道、殺さないといけないが、僕には胸が痛んでそんな事出来ないよ。あんな幼気な少女をこの手で殺すなんて。だから、代わりに、ね?」
「……クズです」
「そうさ。僕は間違っても善人じゃぁない。善人の皮を被った、絶対的な悪、だよ。
それに気付かせてくれた君には感謝だ」
——男はニヤリと歯を見せながら笑うと、鎖で拘束された銀髪の少女に視線を巡らせた。
絶世の美少女という言葉がしっくり来る、そんな少女はありのままの姿で両手首を拘束され、地面に膝をつく体勢で男を睨み付けた。
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