『50』


 現実世界で三日程過ごした麗音だったが、遂に魔界へ降臨する事が出来た訳だ。


 シルクの話によると、麗音はあの後、——つまりは、腹部にナイフを突き刺された後、変身解除と共に現実世界へ帰った。しかし、こちら側、つまり魔界での麗音のダメージは大きかった。


 腹を刺されたのだ。魔王の力がなければ、若干八歳の女子小学生である麗音は生きていられなかったかも知れない。


 麗音が倒れた後、サイは勇者達に飛びかかり抵抗した。しかし三対一では力及ばずだった。

 ケルヴェロスも参戦するも、勇者の強さには敵わず全滅は時間の問題だった。その時、歩ける状態ではなかった筈のロザリニャが立ち上がり、奴等の首を落とす。そうして、あの闘いは終わったようだ。


「そうなんだ……ごめんね、わたしが……」


「いえ、レオンは悪くなんてありません。悪いのはわたくし達でした。何もかもレオンに任せれば大丈夫だと、どこかで慢心していたのです。ですから、レオンはそんな顔しなくていいですよ」


 シルクは申し訳なさそうに俯く麗音に優しく微笑んで、今の状況を説明する。


「現在、サイとケルベロス、そしてスフレが魔界の残党狩りを迎撃中です。警報装置、どうやらそれは勇者側に破壊されてしまったようですので、今の魔界ヘル=ド=ラドのセキュリティは皆無と言っていいでしょう」


「えっ、勇者……大変だよ早く行かないと!」


「いえ、問題ありませんよレオン。わたくし達は強くなりました。サイもあの後、一ヶ月ずっと修業をしていました。レオンに貰った力を最大限に発揮する為の修業です。今の彼はこの前までの優しいだけのサイではありませんよ」


「いっかげつ〜!?」


「あら、まずはそこからでしたか……そろそろ帰って来る頃でしょうか」


 そんな事を話していると、部屋のドアが開く。

 顔を出したのはセイレーヌだった。セイレーヌは覚醒した麗音を見ては途端に表情を崩した。


「レオンさんっ!?」


「おはよ、レーヌ。元気だった?」


 セイレーヌは言葉を最後まで聞かず、ベッドで横になり上体を起こした麗音に飛びついた。麗音はそれを、甘える子供を諭すような優しい眼差しで見ながらシルクに振り返って笑う。

 シルクも安心したように、小さく微笑む。


「セイレーヌ、サイ達が帰って来たのですね?」


「はうっ、はっ、そうなのっ、サイさんとスフレさんが勇者を追い払って帰って来たの。あ、ついでにケルベロスも!」


「はぁ、その『ついでにケルベロス』は言わない方がいいレベルですが、無事に帰って来てくれたみたいですね。レオンも目を覚ましましたし、今の状況を把握してもらう為にも、一度魔王の間で集まりましょうか」



 こうして、麗音は状況がイマイチ掴めないまま、魔王の間へ足を運んだ。

 そこにはひと暴れして帰って来たサイとスフレ、ついでにケルヴェロスがいた。三人、いや、二人と一頭は麗音を見て表情を明るくした。


「やぁレオン、やっと起きてくれたんだね!」


「ふ、ふん。お寝坊さんにも程があるのじゃ……し、心配、したのじゃからな……?って、う、嘘じゃ、うそ! 心配なんぞ……」


 麗音も二人を見て笑顔になる。二人が無事で良かったと心から嬉しくて、少し泣いてしまいそうだったが、最高の魔王的笑顔デススマイルで返事をした。すると、腕に擦り傷のあったサイの怪我が瞬く間に完治した。

 麗音の笑顔には癒しの効果があるようだ。

 スフレの汚れた服も綺麗になる。


「でっしゅーー、れおんしゃま〜、会いたかったでしゅ〜!!!!」


「まおうさま〜!」「れおんさまーー」


 我慢出来ず麗音に飛びつき始める子供達。麗音は屈むようにして子供達に優しく微笑んであげた。

 そして視線をあげ言った。


「サイとスフレが勇者をやっつけたの?」


『我を忘れておる』


「レオン、僕は君に授けてもらった新たな力を使いこなせるようになってきたのさ。何度も練習した。そして手に入れたのが、ふんっ!!」


 サイが全身に力を込めると、見る見るうちにその身体は巨大化、否、マッチョ化していく。顔だけはいつものサイで、身体がマッチョに。

 正直、かなりシュールな絵だ。

 だが、その力は侮れない。一ヶ月前は勇者にフルボッコにされていた少年が、その勇者達を蹴散らし帰って来た訳だ。恐らくかなりパワーアップしているのだろう。


「うおおっマッチョ、キターーーー!!」


 麗音は瞳をギラギラと輝かせた。


「僕は思ったんだ。レオンにだけ嫌な思いをさせたくない。レオンは優しい魔王だから、勇者を殺せなかった。でも、僕は、いや、僕達はそんなレオンだから心を許したんだ。だから、僕も奴等の命までは取らない。この一ヶ月、必死に守ったよ。レオンが帰ってくるまで、僕が……男の僕が何とかするんだって……不幸中の幸いと言えば、


 攻めて来た勇者に『チート持ち』が居なかった、


 って事かな。ロザリニャが教えてくれたんだけど、勇者には普通の勇者とチート持ち勇者がいるらしい。どうやら、魔界を滅ぼした奴等はチート持ちだろうって……」


「凄いねサイ。そ、それでね、ちょっと言いにくいんだけど……えっと、だからパンツ一丁だったんだねっ」


「はっ!?」


 サイは顔を真っ赤にして萎み、いつものサイズに戻る。シルクはそんな彼に羽織を手渡した。

 最初から手渡してあげれば良いものを。何せ、ずっとパンツ一丁で語っていた訳だから。


「わ、儂も頑張ったのじゃ!」ドヤァ!


 スフレもこの上ないドヤ顔で小さな胸を張る。スフレの能力は以前と変わらず、熱風を操る力だ。その力のレベルは格段に上がっていて、後方からの遠距離攻撃でサイを援護していたようだ。


 元々、スフレは亜種だけあり、戦闘能力は高かった。それが、体力のマイナスポイントもなくなり自由に扱えるようになったのはかなりの強みだ。


 力を得た皆の中でも、戦闘に特化した能力を持つのはこの二人だった訳だ。

 セイレーヌは魔歌の効果範囲と効果の増強。

 彼女の歌は、味方のパワーアップに軽い回復効果、更に敵に対して状態異常をもたらすオマケ付きだ。効果範囲が広い為、基本、城から歌う事で二人を援護出来る優れた能力だ。


「レーヌもすっごーい!」


「えへへ〜ありがとうなの〜」


 そしてシルクだが、こちらの能力は貴重だ。

 シルクの持つ人魂。無限にとはいかないが、かなりの数を出せるのだが、その人魂が転送ポータルの役割を果たしている。

 つまり、各地に人魂を配置する事で、城の人魂から瞬時に移動が可能となったのだ。

 正直、これはめちゃくちゃ便利な能力だ。


『そして我の出番が少な……』


「シルクも変態だけどすごいね!」


「へ、変態は余計ですっ!」


 シルクは口を尖らせては麗音の周りをクルクルと飛び回る。皆もそれを見てクスクスと笑う。

 シルクはそんな皆に振り返ると舌を出し頬を染めた。


 あと、子供達の能力はまだ覚醒していないらしい。


『おほん、満を持して我の能力だが……』


「あ、そう言えばロザリニャは?」


 麗音は思い出したかのように手を叩く。

 それにはサイが答える。


「彼女なら、あの後怪我が治りきる前に帰ってしまって。でも、正直助かったよ。ロザリニャが居なければ、この一ヶ月……特に最初の方は乗り切る事が出来なかったと思うし。僕の力が覚醒したのを見て、安心したように去って行ったよ。ちょっと顔が引きつっていたのが気になるけど……

 確か、ご主人に報告しないと、とか。彼女には彼女のやるべき事があるんだと思う。だから、引き止めはしなかったんだ」


「そっか〜、ざんねん〜」


『で、我の能力だが』


「あ、ベロちゃん。なんだっけ?」


『我の能力の話だ』


「ベロちゃんはどんな力?」


『防御力が爆上がりしたのだ!』


「そっか、なら盾にちょうど良いね!」


 麗音はとびきりの笑顔で言った。


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