『13』


 陽向麗音、彼女が『大きく息を吸い込んだ!』


 黒髪三つ編みメイドのシルク、一つ目のサイクロプスのサイ、マッチョ魔獣のケルヴェロスが一斉に耳を塞ぎ目を閉じる。


「すぅ〜……」


 そんな幼女に一瞬怯むような動きを見せた野生の魔獣達だったが、それも束の間、すぐに麗音に狙いを定める。


「はぁ〜、よし。皆んな聞いて! わたしたちね、急いで海に行かないといけないの!」


「……あれ、絶叫じゃないですね……?」


 シルクとサイは顔を見合わせて首を傾げた。麗音がまともな交渉を始めたからだ。

 とはいえ、


『野生の魔獣に言葉なんて通じるものじゃないぞ? このままではレオンが喰われてしまう』


「くっ……僕が囮になるっ……その内にレオンを連れて逃げてくれ!」


 そう言って身を乗り出したサイの手を思わず掴んだシルクは大袈裟に首を横に振る。


「駄目ですっ! そんな事したらサイが死んでしまうじゃないですかっ!」


「だからって……レオンを見殺しになんて出来ないだろ!」


「そ、そうですがっ……はぅ……」


 二人が揉み合っている間も麗音は必死に魔獣達へ語りかける。両手を広げて、少し引きつった笑顔で魔獣を諭すように再び口を開く。


「魔界が勇者に襲われちゃいそうなんだよ? そうなったら魔獣さんたちだって困るでしょ? だから今はここを通してほしいの、お願い!」


 魔獣達は依然、麗音との距離を縮めて行く。


「ほら、皆んな良い子だから、言うこと聞いて?」


 麗音が渾身の笑顔スマイルを見せた。その時、


「レオン! 逃げてぇぇっ!!」


 か細い声を大にしてシルクが叫ぶ。

 麗音に一斉に飛びかかる魔獣達の姿がその瞳に移る。そして無情にも、


「……あ……そ、そんな……」


 無情にも魔獣達は麗音に次々と飛びかかる。小さな獲物を取り合うように犇めき合う。小さな手の平が助けを求めるように伸びる、しかし、麗音の姿は引きずり込まれ見えなくなってしまった。


 目の前で繰り広げられる魔獣達による残酷過ぎる捕食シーンにシルクは目を覆い、サイは言葉を失った。


「レオン……うっ……くそっ、くそっ……脚がっ……動かないっ、動いてくれ……まだ助かるかも知れないんだっ……頼むから動いてくれよっ……」


 恐怖心がサイの動きを封じる。今すぐにでも助けないと、そんな気持ちを恐怖が凌駕して脚が動かないのだ。しかし無理もない事だ。彼を誰が責められるだろうか。


 絶望が辺りを埋め尽くした。


 逃げる?


 助ける?


 逃げる?


 たすける?


 ————そんな思考が巡る中、


 竜巻でも起きたかのような突風が場の空気を一変させるのだった。



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